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sapphism_no_gensou:1124

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[Narration] 意外にも杏里は厩務員に好かれたようだった。そのまま二人は夕食に招かれ、相伴をあずかった。

[Narration] なんでも、実はわざと一番しつけの悪い馬に鞍を乗せたのに、平然と乗りこなしてみせた、馬の気持ちがわかる、と杏里を誉めちぎった。

[Anri] いやあ、それほどでも。なにしろ、乗馬は今日が初めてだったし。

[Anri] どうして笑うんです? ホントですよ。キネマなんかの見よう見まねで───

[Narration] 杏里のせりふは、ベテランの厩務員たちには冗談としてしか受け止められなかった。

[Narration] 乗馬服のジャケットとキュロットとを見事に着こなし、あれだけ芝居がかった派手な乗りざまを披露した杏里に限っては、それも当然と思われた。

[Narration] ……が、いざ降りようとする段になると、首をひねりだし、結局しまいにはぶざまに馬から振り落とされた杏里を見てしまったソヨンは、席上で一人青い顔をしていた。

[Narration] 席では、ソヨンも幼い頃に父に連れられ、乗馬した経験があると語った。そんなソヨンを杏里は和やかに見つめていた。

[Narration] 厩務員に礼を言いその場を離れたあとも、二人はなかなか部屋に戻る気にならず、逃した時間を少しでも取り戻そうと、肩を寄せて歩いた。

[Narration] 道先を案内するように、ふわり、ふわりと照明が灯っていく。

[Soyeon] 今日は楽しかったな……時間の経つのを忘れてしまいそうです。

[Anri] うん……そうだね。

[Anri] 実際、もうずいぶん遅いけどね。

[Soyeon] えっ? でも、さきほど太陽が沈んだばかりでは───

[Anri] うん。ただ、ここいらは緯度が高いから。日没時刻が遅いんだ。

[Soyeon] あっ……そかっ! た、大変っ!

[Anri] あはは、門限を気にしているんだったら、もう遅いよ?

[Anri] 大丈夫、厩務員さんがうまく取り繕ってくれるさ。なんなら、ボクのせいにしてもいい?

[Soyeon] あ、あの、そうではなくてっ。

[Narration] 妙に慌てるソヨンを、杏里はにこやかな笑顔で引き留める。

[Anri] 慌てることないよ。牧場をぐるっとまわって帰ろ?

[Anri] 窪地になっているから錯覚するけど、見た目ほど大きくは無いんだよ。

[Soyeon] ち、違うんですよう〜っ!

[Anri] ん?

[Soyeon] あ、あたしっ、夜の12時になると、なるとっ

[Anri] 12時か……そうだね。まさにキミは、ボクのシンデレラさ。

[Anri] 3週間という時計の針が、二人を引き裂いてしまっても、きみが常識の束縛という灰にまみれてしまっても……

[Anri] きっとボクが、本当のキミを見つけだしてみせるよ。約束する。

[Soyeon] ああ、杏里さん、ごめんなさいっ、本当に、部屋に、部屋に戻らせてください!

[Anri] そこまで言うなら……

[Soyeon] すみません杏里さん感謝しますこのご恩は一生忘れませんではおやすみなさいっ!

[Anri] あ、ああ……よい夢を、ファン・ソヨン。

[Narration] 杏里もまたつられて敬礼を返す。

[Narration] 手をほどく時間も惜しんで、ソヨンはその場からだっと駆けだした。

[Narration] しかし、十歩も離れないうちに、道の真ん中でぴたりと足を止める。

[Anri] …………

[Anri] …………ソヨン?

[Narration] ぱたん、と腕がチョゴリに落ちる。

[Narration] 杏里が近寄って、肩ごしに少女の顔をのぞいてみると……

[Soyeon] ………………か

[Anri] ……か?

[Soyeon] か………………かー

[Soyeon] …………かー……

[Soyeon] ……かー……

[Narration] ソヨンは小さな寝息を立て、その場に硬直してしまっていた。

[Anri] ……え? まさか、寝てる?

[Anri] ソヨン? ソヨンったら?ねえってば!?

[Narration] 軽く肩をゆすると、ソヨンはそのまま杏里の方へと、ふらーっと倒れてきた。

[Anri] わあっ!!

[Narration] 今度は杏里が慌てる番だった。いくら大声で呼びかけても、体をゆすっても、ソヨンは一向に起きようとはしない。

[Narration] 散歩道の真ん中にしゃがみこみ、熟睡する少女を膝に乗せたまま、杏里は途方に暮れた。

[Anri] ハハハ……そんな……冗談だよね?12時になったら、どこでも眠っちゃうなんて……ファン・ソヨンったら……

[Soyeon] ……かー……

[Soyeon] ……かー……

[Anri] ……よもや病気じゃ……無いよね?

[Anri] しょ、しょうがないや。とにかく部屋までは連れていかなきゃ。

[Narration] ところが、鞍へ持ち上げる時には小鳥のように軽かったソヨンが、今では力が抜けきって、とたんに重く感じられてくる。

[Anri] ふんっ……こう見えてもっ、ボクはっ、腕力には自信がっ……

[Anri] ……あるわけないよ?

[Anri] あーあ、それに乗りすぎた……フトモモがじんじん……

[Narration] 誰か助けを呼んで……と思ったが、この人気のない場所に、一瞬でもソヨンを残して行くことは、とても杏里にはできない相談だった。

[Narration] 杏里は、自分の頬を叩くと、えいっと気を奮い起こし、少女を抱え上げた。

[Narration] そして、ふらふらヨロヨロと、一番手近に見えた厩舎に向かい、しびれる足を進めた。

[Soyeon] ……かー……

[Soyeon] ……かー……

sapphism_no_gensou/1124.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)