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okujou_no_yurirei-san:3173

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誰もそんなつもりなかった。たぶん本当に、思いつきだったんだと思う、茉莉さんの。

それは、何気ない一言から始まった。

網島茉莉

ね、せっかく放課後、暇になったんだしさ。

網島茉莉

久しぶりに、学校の中、見て回らない?

そう言った茉莉さんにだって、特に深い理由なんてなかったのかもしれない。そもそも、その時、わたしたちが3人、大座敷にいたのだって偶然だったのだから。

茉莉さんが言うように、確かに、放課後、暇になることが増えた。

それまでずっと、わたしは放課後はなにか、仕事や手伝いをしていたから。茉莉さんと美夕は、もちろん部活。

しかし、10月になって、わたしは整美委員会を、二人は陸上部を引退した。

委員会の三年生の引退は10月、それは当たり前のことなんだけど、陸上部の茉莉さんと美夕はずいぶん、長く残っていた方。

普通、運動部は夏に入る前くらいに、最後の大会が終わって引退する。二人はついこの間まで、国体に出てたから、延びていたのだけど。

これまで毎日、放課後、当たり前のようにやっていたことが、引退しただけでなくなってしまう。それを実感したのは、次の日だった。

授業が終わった後、いつものように聖苗と廊下を歩いていた時。

先生に呼び止められて、いつものように用事を頼まれかけた瞬間、聖苗がすごい勢いで話に割り込んできて。

そして、先生から頼まれた用事を聖苗が引き受けてしまった。そして、ちょっと得意気に。

わたしはもう引退したんだから、用事や仕事は引き受けなくていいんですよって。

そして、これからはわたしがちゃんと先輩のあとを継ぎますからって、頼もしそうに。

その時、ああほんとに引退しちゃったんだなって思った。少し、寂しさだって感じるくらい。

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茉莉さんと美夕はどうだったんだろう。二人とも、時々は陸上部に顔を出すと言っているけど。

今日みたいに、放課後の暇さを感じて、すぐに帰るのも少し慣れなくて、こうして大座敷でおしゃべりするくらいには、寂しさを感じているのかしら。

そう、わたしと二人が大座敷にいたのはそんな理由。用もないのに、すぐに帰ることもできなくて、暇潰しに似た感覚で、ここでおしゃべりをしていた。

わたしが、ちょっとぼーっと座っていたところに、茉莉さんと一緒だった美夕が声をかけてくれて。

それからのおしゃべりの中で、茉莉さんが不意に言い出して。

わたしたちは突然、学園ツアーを始めることになった。

網島茉莉

で、なんでいきなり雲見櫓なわけ?

稲本美夕

最後は大座敷に戻るんでしょ? だったら、遠いところから回った方が効率的じゃない。

網島茉莉

あのさぁ、暇潰しに学校見て回るんだよ? いきなり効率とか言い出しちゃうのって、どうなの、それ。

相原美紀

あ、あの……。

足の向くままって感じだと思ってたら、先頭を歩いていた美夕はそんなこと、考えていたなんて。美夕らしいとは思うけど、茉莉さんは不満みたいで。

稲本美夕

茉莉の文句は気にしなくていいわよ、美紀。

相原美紀

そ、そうなの? でも……。

網島茉莉

ああ、うん、気にしないで。美夕とはいつもこんな感じだから。

相原美紀

そ、そう……。

よかった、不満なのではないみたい。

でも、二人のやりとりはちょっと羨ましい。簡単な不満は受け流せるところも、それが出たくらいで変わらないとわかっているところも。

ずっと陸上部の部長と副部長だったからかしら。そう言えば、この学校に来る前から、仲が良かったって聞いてるし。

わたしはまだ、聖苗のこと、どうしても気になってしまうから。もちろん、聖苗はそう簡単に不満を口に出す子ではないけど。

わたしは、美夕みたいに受け流したりできるかしら。どうしても気にしてしまうんじゃないかしら。そんなことを、二人を見てると考えてしまう。

網島茉莉

そう言えば、美紀。今日はせーなちゃんは一緒じゃないの?

相原美紀

え!?

いきなり、茉莉さんが聖苗の名前を出したから、びっくりしてしまった。考えていたこと、読まれちゃったのかしらって。

相原美紀

え、えっと、聖苗、今日は、委員会の仕事で花壇の世話をしてるの。

相原美紀

手伝うって言ったら、断られちゃったわ。引退したんだから、ゆっくりしてくださいって。

稲本美夕

そうだったの。でも、引退した途端、急にそう言われるのも困るというか、気持ちの切替が難しいわよね。

相原美紀

……そうね。なんだか急にお年寄りになったみたい。

網島茉莉

だよねぇ。あたしと美夕も、部活に顔出すと、そんな感じ。

ああ、やっぱりそうなんだ。二人も、引退して変わってしまった自分のまわりに、ちょっと落ち着かなさを感じていたのね。

網島茉莉

急に放課後、暇になってもいきなり受験勉強とか始めるわけじゃないのにさ。

稲本美夕

他の子は、いきなりじゃなくても、始めているものよ。ね、美紀。

相原美紀

え、そ、そうね。でも、やっぱりすぐには無理かも。

網島茉莉

でしょ?

稲本美夕

美紀は、ちゃんと夏期講習とかに参加してたわよ。部活ばっかりだった私たちとはちがうわよ。

網島茉莉

あ、そっか。そうだよねぇ。

相原美紀

え、えぇと……。

確かに、受験のための勉強は夏休みごろから始めていたけど。

相原美紀

でも、やっぱり、急に毎日、家に帰って勉強なんてできないわ。

稲本美夕

まぁ、そうよね。

そんな会話をしながら、ゆっくりと歩いていく。

まるで、散歩みたいに。ううん、散歩そのものなのかも。三年生になって学校の中を散歩するなんて、考えたこともなかったけど。

園生月代

あら、めずらしい顔ぶれね。

網島茉莉

あ、園生ちゃん。

園生月代

こら、網島さん、ちゃんと先生って呼びなさい。

網島茉莉

はいはい、園生せんせ。

わたしたちに声をかけてきたのは、古文の園生先生だった。体が小さいのにいろんな行事の時には一生懸命がんばってる姿を見せてくれて、人気の高い先生。

学生のことをよく気にかけてくれてる感じがして、わたしも好きな先生。

園生月代

どうしたの? もうみんな、部活や委員会は引退したんでしょう?

網島茉莉

そ。だから、ちょっと放課後、暇になっちゃってさ。学校の中、ちょっと見て回ってるの。学園ツアー中、なんてね。

園生月代

あら、そうだったの。

網島茉莉

そだ、園生ちゃんもよかったら一緒に行かない? 暇でしょ?

園生月代

せ・ん・せ・い。まぁ、いいわよ、ご一緒しても。暇ではないですけどね。

網島茉莉

やった。あ、そう言えば、今日はあのメガネの子、いないの?

園生月代

剣峰さんのこと? 今日は用事があるから、帰っちゃったの。

網島茉莉

あ、そうなんだ。それじゃ、園生ちゃんも寂しいね~。

園生月代

心配してもらわなくても大丈夫よ。

園生先生はそう言って笑って、わたしたちと一緒に歩き始めた。

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稲本美夕

そう言えば、奥校舎のこっち側ってあまり来たことなかったわね。

網島茉莉

だね。文化部だったら、部室長屋があるから来ることも多いんだろうけど。

雲見櫓のまわりを一周してから、今度は奥校舎の前から、その奥へ。

相原美紀

この先は花壇とかがあるから、わたしはよく来てるんだけど。

稲本美夕

あら、そうだったの?

相原美紀

ええ、整美委員会で使うことも多いから。花壇の世話とかも、委員会の仕事だし。

網島茉莉

それじゃ、せーなちゃんとか、今日はそこにいるの?

相原美紀

どうかしら。二の丸庭の方や、学校の外周にも花壇はあるから……。

稲本美夕

そう言えば、美紀ほど学校の中を歩き回ってた人はいないかもね。

相原美紀

そ、そうかしら。

網島茉莉

学校の外周なら、あたしたちはランニングのコースだから、年中回ってたんだけどねぇ。

園生月代

私は、校舎の中にいることが多いから、こうして外を歩き回るの、楽しいわ。

園生月代

この学校って、緑が多くていいとこよね。

網島茉莉

園生ちゃんも、もう年なんだからウォーキングとかでもした方がいいよ? すぐ足腰、なまっちゃうよ?

園生月代

し、失礼な! この学校でいちばん若い先生なのに……。

確かに、毎日のように、放課後は学校にいて、いろんなところで用事や仕事をしてた。

大変と思ったことはそんなにないけど、それでも忙しく歩き回っていたんだなって、今になって思う。

こんなふうにゆっくり、学園の中を歩いて回るなんて、久しぶりかもしれない。ただ、おしゃべりをしながらなんて。

今度、聖苗と一緒に、こんなふうに歩いて回ってみようかしら。

でも、聖苗も今は忙しい放課後を送ってるみたいだし、大丈夫かしら。誘っても平気かな?引退した途端、忙しい聖苗を誘おうなんて、勝手だと思われないかしら。

でも、聖苗もずっと、こんなふうに学校をゆっくり回りたいって言っていた気がする。わたしと一緒に、なんて、うれしいことを。

網島茉莉

毎日、校舎で授業受けて、部活で部室に行って、校庭とか走ってるだけだったからなぁ。

稲本美夕

そうね。室内トレの時、星館はよく使ってたけど……。それ以外の場所なんて、ほんとに足を向けなかったものね。

園生月代

せっかくいい学校に入ったんだから、もっといろんなとこ、見て回った方がよかったわね。

網島茉莉

ほんとにね。

そんな会話をしながら、ゆっくりと学校を囲む白壁の内側を歩いて回る。

お城の跡に作られたこの学校を代表するような白壁。わたしにとっては、いくつも思い出を刻んだものでもある。

相原美紀

あ、ここ……。

稲本美夕

どうしたの? あら、ここだけちょっと壁が白くてきれいなのね。

相原美紀

ここの壁、修繕したことがあるの。

網島茉莉

へぇ! 壁の修繕なんてすごいじゃん!

相原美紀

先生方と一緒にね。業者に頼むとお金がかかるから、ちょっとした修繕だったら、そのための道具もあるのよ。

稲本美夕

そうだったの。

園生月代

うわ、私、知らなかった。

もちろん、左官みたいなことをできる先生なんて限られてるんだけど。確か、校務員さんも一緒だったはず。

なんだか、ほんとに懐かしく思えてきた。本当にわたし、学校のいろんなとこをまわっていたんだなって。

網島茉莉

美紀ってさぁ、この学校のほとんどのとこ、行ったことあるんじゃない?

相原美紀

え、そうかしら。……そうかも。

稲本美夕

美紀らしいわね。でも、三年にもなってるんだから、校舎の中だったら、だいたい行ったことあるでしょ? 茉莉だって。

稲本美夕

いくら茉莉でも、図書室に行ったことないってわけじゃないでしょ?

網島茉莉

あるよ。てか、一緒に行ったことあるじゃん。

稲本美夕

そうだったわね。本を返す私にくっついてきただけだけど。

相原美紀

そう言えば、夏合宿には参加したことなかったから、雲見櫓の二階には、あまり行ったことないかも。

網島茉莉

あ、そうだったの?

相原美紀

ええ、園芸部は合宿に参加してなかったし、部室も星館校舎の中にあったから、一階にも、あんまり。文化部の部室長屋もそうね。

網島茉莉

早く言ってよ! それじゃ、雲見櫓をじっくり案内してあげるからさ。

相原美紀

え? で、でも、戻ることになっちゃうし。

稲本美夕

いいわよ、別に。コースが決まってるわけじゃないし。

園生月代

うわ、私も楽しみかも。運動部の部室ってあまり行く機会ないし。

網島茉莉

せっかくだから、行ったことないとこに行ってみようってことだしね!

稲本美夕

あら、それじゃ、茉莉はぜひ、この機会に行かなきゃいけないとこ、あるわね。

網島茉莉

え!?

園生月代

あら、どこ?

網島茉莉

ちょ、ちょっと待って、美夕!

稲本美夕

星館校舎の屋上。茉莉、一度も行ったこと、ないでしょ。

相原美紀

そうなの? なんで?

稲本美夕

茉莉、高所恐怖症なのよ。ここの屋上でも、怖くてダメなの。

網島茉莉

そうなんだよ~。だから、カンベンして。怖いのに無理して行くことないよね?

園生月代

あら、もったいないわよ。ここの屋上、ほんとに見晴らしがよくて、気持ちいいとこなんだから。

園生月代

雲見櫓を見てまわった後、行ってみましょう?

稲本美夕

決まりね。

網島茉莉

ええ!? ちょっと、ほんと、カンベンしてほしいんだけど!

相原美紀

あ、あの、怖がってるのを無理につれてっても……。

稲本美夕

いいのいいの。こっちだって茉莉の思いつきに付き合ってるんだから。

網島茉莉

美~夕~!

相原美紀

いいのかしら……。

ここまでの2年半の毎日から、少し変わってしまった放課後になって、幾日か。

その変化は、やっぱり少し寂しくて、まだ、慣れなくて。

これから冬に向けて、進路のことを考えたり、そのための勉強をしたりする放課後に変わっていく。

そして、春になったら、卒業。わたしたち三年生は、この学校を去っていく。

今日は、その変わり目の貴重な時間なのかもしれない。これから先を見ていく毎日になる前の。

こうして、今日だけ。

友達と一緒に、今までの放課後を過ごしてきた学校の中を歩き回る。引退して、することのなくなってしまった立場で。

声をあげて美夕にすがりつく茉莉さん、それを見て笑ってる園生先生、一緒に今日を過ごしてる人たちを見ながら、わたしはそんなことを考えていた。

これから、雲見櫓に向かって、それから、屋上へ。

思いつきで始まった校内をまわる散歩を、わたしは今、ちょっと寂しさを感じながらも、楽しんでいた。

稲本美夕

ちょっとつまらなかったわね。せっかく屋上まで行ったのに、怖がる茉莉を見られなかったし。

網島茉莉

え、ちょっとそれ、どうなのよ。趣味悪いなぁ……。

屋上からの帰り道。階段を、話しながら、ゆっくりと降りながら。

園生月代

でも、どうだった? やっぱり、屋上からの景色、きれいだったでしょう?

網島茉莉

あー、まぁ、確かに山はきれいだったかも。でも、街の方はよくわからなかった。視線、下に向けるの怖くって。

稲本美夕

やっぱり怖かったんじゃない。

網島茉莉

思ったほど、怖くなかったってば!

もうすぐ、この素敵な思いつきの学園ツアーもおしまい。大座敷に戻るまで。

相原美紀

こんなにゆっくり学校の中を回るなんて、久しぶりだったわ。

稲本美夕

美紀の場合は特にそうかもね。

網島茉莉

引退すると、急にヒマになった気がするよね。

相原美紀

でも、まだ二人とも、陸上部には顔を出しているんでしょ?

網島茉莉

うん、推薦のセレクションとかあるしね。トレーニングに参加させてもらってるんだ。

稲本美夕

さすがに、毎日じゃなくなったけどね。

園生月代

あなたたちも、もうすぐ卒業なのね。一年生だったころはまだ初々しかったのに、三人とも、貫禄ついちゃったね。

網島茉莉

そうだねぇ、あたしたちと一緒に入学した園生ちゃんも、すっかり先生らしくなったしねぇ……。

園生月代

あのねぇ、一緒に入学したって……。

相原美紀

一年生の時は、三年生の先輩ってすごい大人に見えたけど……、自分がなってみると、そうも思えないものなのね。

網島茉莉

『城女の聖女』サマがなにをおっしゃるやら。

相原美紀

もう……、誰がそれ、言い出したのかしら……。

園生月代

その聖女サマも、最後の最後には、女王様になっちゃったわね。

相原美紀

え、ええ? じょ、女王様って……。

網島茉莉

ああ、あのかわいいナイトね。学園祭前日に大暴れしたっていう。

相原美紀

お、大暴れって……。

網島茉莉

あんな、かわいくて勇ましい恋人がいたら、お姫様にでも女王様にでもなれるよね。

相原美紀

こ、恋人って! そ、その、聖苗は、あの……。

稲本美夕

ちょ、ちょっと茉莉、変なこと言い出さないでよ。

網島茉莉

あれ、美紀、真っ赤だよ?

相原美紀

ま、茉莉さん……!

網島茉莉

恋人って、たとえだよ、たとえ。いつも一緒にいるんだもん。ねー、園生ちゃん。

園生月代

ねー。仲がいいのはいいことね。

稲本美夕

茉莉……、先生も……。意地の悪いからかい方して……。美紀、気にしないでいいわよ。

相原美紀

う、うん……。

なんだろう、この見透かされたような感じ。三人とも、わたしと聖苗のこと、知ってるみたいで。

それでいて、別にそれを気にするわけでもなく、まるで、当たり前みたいに。

園生月代

さ、そろそろ戻りましょう。引退した三年生は、あまり学校に長居しちゃダメよ。

網島茉莉

卒業は来年なんだけどな。まだまだ先でしょ。後期の授業だってまだあるしさ。

園生月代

そうね、もうちょっと、この学校でゆっくりしていってね。

四人でまた、ゆっくりと階段を下りていく。

大座敷に戻って、今日は下校するまで、まだ少し。春になって卒業するまで、まだ、少し。

少しずつ短くなっていく、この学校での時間。でも、まだ、きっと、思い出は作れるはず。

春までに、どれだけ思い出を増やしていけるだろう。それぞれの、大切な人とともに。

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okujou_no_yurirei-san/3173.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)