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okujou_no_yurirei-san:3154

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学園祭準備の騒がしさも、この奥校舎にまでは届いてこない。

茉莉とのケンカで、ちょっとささくれ立った気持ちを落ち着かせるには、この静けさがありがたかった。

稲本美夕

……ちょうどいいから、ここでやっちゃおうかな。

息抜きも兼ねてトレーニングメニュー用のノートを開く。

息抜きとは言いつつ、そろそろ学園祭明け以降の練習メニューを本格的に組み立てておかないといけない時期だった。

いつもなら部室でやるところだけど。今はちょっと茉莉と距離を置きたかった。

稲本美夕

気温が下がってくると故障する子が出やすいから、アップの時間は充分に取らないとね。

秋季から冬季にかけて競技会の開催数が増えてくる。身体に負担をかけすぎず各選手をベストコンディションに持っていかないと。

メモ帳で陸連の大会日程を調べ、それぞれの参加予定者を確認する。

稲本美夕

大会直前は筋トレを減らして疲労の蓄積を抑えて……。かわりにタイム計測の本数を少し増やして練習の達成感を増して、と。

大会が近づくとどうしても勢い込んで記録を伸ばそうと練習量を増やしたがるものだから、彼女たちが納得できる内容に仕上げないと。

勢い余ってメニュー外の無茶な練習をして怪我でもされたら、練習メニューなんて考える意味がない。

稲本美夕

……大枠はこんなものかしらね。

全体の方針が決まったら競技毎の個別メニューの検討。各人の足りないものを補い、今伸びている部分をもっと伸ばすためには……。

「あら、美夕。まだ残ってたの?」

稲本美夕

えっ……?

メニュー作りに没頭していて教室に誰か入って来ていたことに、声をかけられるまで気付かなかった。

稲本美夕

美紀……いつからいたの?

相原美紀

今来たところ。そんなに真剣な顔でなにしてるの? 勉強……じゃなさそうね。

稲本美夕

あ、うん。ちょっと部活のね。美紀こそどうしたの?

相原美紀

あ、うん。先生方に頼まれて明日ホームルームで使うプリントを各教室に配ってるの。

稲本美夕

また頼まれ事? そんなの断ってもいいのに……。どうせ学園祭の準備だって、あれこれやらされてるんでしょ?

相原美紀

うん……。でも、嫌いじゃないから、そういうの。

稲本美夕

そう? ……なんだか、雰囲気変わったわね。

そんな言葉が思わず口をついて出ていた。

相原美紀

えっ?

稲本美夕

あ……、ごめん。ちょっとそんな気がしただけ。

相原美紀

そう?

美紀は、私が座ってる机の前の席に腰を下ろす。これは……、ちょっと見透かされちゃったかな。こっちがあまり、元気がないところを。

稲本美夕

あなたって、前から人に頼まれたら絶対嫌とは言わなかったけど……。

稲本美夕

前はもっと自分を抑えてるっていうか、誰かの役に立たなきゃ、みたいな必死さっていうのかな? そういうのがあった気がするわ。

稲本美夕

でも……、最近はなんだか、そういうのなくなったわね。

相原美紀

そう……、かな。

稲本美夕

うん、そうね。なんか活き活きしてる感じ。

はっきりとそう感じたのは夏休みが明けてからだろうか。彼女は、そう、一言でいえば元気になった。

今だって、いつも通りの頼まれ事に学園祭の準備と、異常な忙しさのはずなのに、それを軽やかにこなしているようにすら見える。

稲本美夕

それってやっぱり、あの牧って後輩さんのおかげ?

相原美紀

えっと、その……。

美紀は戸惑ったように小首を傾げてから。

相原美紀

そう……、ね。たぶんそうなのかも……。

少し恥ずかしそうにうなずいた。でもその顔にはとても優しい微笑みが浮かんでいて。

稲本美夕

(ああ、やっぱりそうなんだ……)

稲本美夕

(それに引き替え私は……)

茉莉とケンカしてる。それも、比奈を巻き込んで。こんなこと、したくないって思ってるのに、どうしても終わらせることができない。

茉莉があやまってくれるまではって、意地を張って。

胸の奥にズキリと痛みが走る。

相原美紀

美夕……、なにかあったの?

美紀が顔を曇らせてのぞき込んでくる。私を気遣ってくれているのが表情から伝わってくる。

まわりの子たちから、彼女が「聖女」だなんて言われるのも納得できる気がした。人がいいんだから。

いっそ、なにもかも打ち明けてしまいたかった。そうすればきっと、この胸の痛みも少しは軽くなる気がする。

だけど。

稲本美夕

(ううん、ダメ。茉莉のことも話せないし、ケンカのことだって……)

ぐっと押さえ込む。

稲本美夕

……ごめん、ちょっと、話せることじゃないから。

相原美紀

……うん。

そう言って、美紀はそれ以上、追及してこなかった。かわりに机の上に視線を移して。

相原美紀

これって陸上部のトレーニングメニュー?

稲本美夕

え……? あ、うん。

そうさりげなく話題を変えてくる。さりげない気遣いができるのも、美紀の大人なところだと思う。

相原美紀

こういうのって初めて見るけど、ずいぶん細かいことまで決めるのね。すごいわ。

稲本美夕

そうかしら……。慣れればそれほどでもないけど……。

自分の好きでやってることとはいえ、ケンカの気分転換に始めたことでもあるし。感心されるとこっちが恥ずかしくなってくる。

相原美紀

そうなの? でもこんなに一人一人のことに気を配れるって、すごいことだと思うわ。こんなことをいつもやってるなんて、やっぱりすごいわ。

稲本美夕

そ、そうかしら……。

相原美紀

うん、そう。美夕って、コーチとか向いてるのかもね。

コーチとして陸上に関わっていく。そういう方向を考えたことがないわけじゃなかった。

稲本美夕

……向いてるかしら?

相原美紀

うん。……あ、ごめんなさい。わたし、あまりよく知らないのに、無責任に言ったらダメね。

稲本美夕

ううん、そんなことないわ。ありがとう。

稲本美夕

(やっぱり、美紀、変わったわね……)

そう、しみじみと感じる。追従のように無責任に相手を全肯定するわけでなく、相手の気持ちや立場になって親身に意見してくれる。

前から大人びた子だと思ったけど、本当の意味で大人になったてきたなと思う。正直、羨ましいくらいに。

相原美紀

あ……、ごめんなさい。そろそろ仕事に戻らないと。

美紀がはっとしたように時計を見た。教壇の上には、まだ配り切れていないプリントの山が彼女を待っている。

稲本美夕

私こそごめん。忙しいのに話に付き合ってもらっちゃったみたいで。

相原美紀

ううん。そんなことないわ。その……、元気、出してね?

稲本美夕

……うん、ありがとう。

稲本美夕

(やっぱり、見抜かれてたわね……)

彼女が去った教室に静けさが戻ってくる。私は一人椅子にもたれて天井を仰ぎ見る。

稲本美夕

コーチ、か……。

つぶやいていた。

コーチの道に進みたいと言ったら、茉莉はなんていうだろうか。

コーチとして陸上に関わって行こうとする私を喜んで受け入れてくれるだろうか?

それとも彼女はあくまで、選手として一緒に走れる「私」を必要としているんだろうか?

稲本美夕

(そもそも痴話喧嘩なんかに後輩を巻き込んでいる人間がコーチなんて、ね)

それでも。閉塞感に押し潰されそうだった私には、そういう道筋もあるのだと再確認できただけでも、本当によかったと思う。

さっきまでメニューを書き留めていたノートに向かい、シャーペンを手に取る。

稲本美夕

(今度、美紀になにかお礼でもしなきゃね。なにか、気の利いたこと、してあげられるといいんだけど)

メニュー作りを再び続けながらそんなことを思った。そういう楽しい考えごとが増えるのは嫌じゃなかった。

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okujou_no_yurirei-san/3154.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)