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okujou_no_yurirei-san:3153

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稲本美夕

やっぱりね……。

合宿二日目の練習を終えて、記録を確認する。私自身と、そして比奈の記録を。

狛野比奈

美夕先輩。そろそろ、夕ご飯、です。

稲本美夕

ああ、比奈。

狛野比奈

ん? なにしてるんですか?

稲本美夕

ちょっと、記録の確認をね。

狛野比奈

そうですか。

稲本美夕

比奈、がんばってるわね。

そう、彼女はがんばっている。人一倍がんばってはいる……、けれど。その結果が必ずしも本人の望んだ形でついてくるとは限らない。

狛野比奈

そんなこと、ないです。

一瞬、照れたような表情を浮かべた比奈の顔が、すぐに、少し不安げなものに変わる。きっと私の表情を見たからだろう。

稲本美夕

少し、話があるの。座ってもらえる?

狛野比奈

ん……。はい。

副部長として、そう遠くない時期に比奈に確認しなければならないことがあった。

比奈が、今、一人で私の前に来たのは、ちょうどいいタイミングなのかもしれない。きっと今それを確認しておくべきだということなのだろう。

比奈もそれを感じとったのかも知れない。神妙な顔で私の言葉を待ち受けている。

稲本美夕

ねぇ、比奈、最近コーチからすすめられてるんでしょう、中長距離への転向。

狛野比奈

……はい。

やっぱり、という顔をして、比奈が小さくうなずく。

稲本美夕

最近の記録を比べて見ると、私でもそう考えざるを得ないわね。比奈、長い距離の方がいい記録が出そうなんだもの。

一方の短距離の方はといえば、正直、頭打ち。本人もそれはわかってるはずだ。

稲本美夕

参考用の800の記録とか、けっこういい数字なのよね。これを見ちゃうと、コーチがもったいないって思う気持ちもわかるの。中長距離に専念したらもっと伸びるかもって。

狛野比奈

んー……。

稲本美夕

どうなの? このまま短距離で続ける? それとも中長距離に移ってもいいと思ってる?

狛野比奈

んー……。

いつも通りと言えば、いつも通りな感じの比奈。イエスともノーともつかない答えで。

稲本美夕

まだ、決められない?

狛野比奈

んー……。はい。

稲本美夕

よかったら理由を聞かせてもらえる?

狛野比奈

んー……、今まで、ずっと短距離でやってきたし。

稲本美夕

そう、ね。

比奈の気持ちはよくわかる。今までずっとやってきた種目を、記録が伸びてないという理由で変更するのには勇気がいることだと思う。

意地とかそういう問題だけでもない。転向しても、もし、そこで結果が出せなかったら?そういう不安だってあるだろう。

稲本美夕

種目が変われば、練習の内容だって変わるものね。もちろん、中距離なら中距離の作戦ってものもあるしね。

稲本美夕

もちろん、短距離のままでも、いろいろ工夫できるところはあると思うわ。フォームを変えたりね。

稲本美夕

比奈の場合、まだこれから、体が大きくなる可能性もあるしね。

話しながらも、比奈の顔をうかがっている自分がいる。あの時の私も、こんな顔をしていたのかな。

中距離への転向を、私も考えたことがある。誰にも相談はできなかったけど。

100mで、茉莉との差をはっきり実感しだしたころ。このままじゃ、どんなに努力しても茉莉には追いつけないかもしれないと考えてしまったころ。

考えて悩んで、結局、中距離に転向はしなかった。

200mはまだ十分にいい記録が出ていたし、100mだって茉莉にはかなわないけど、悪い記録ではなかったし。

やりようによっては、まだ、伸ばせると思ったから。短距離への意地もあったかもしれないけど。

比奈だって、まだ短距離が伸びる可能性はいっぱいある。比奈の場合、同じくらい中長距離にも期待が持てるところが、こっちとしては悩みどころなんだけど。

稲本美夕

まぁ……転向したらしたで、やっぱり壁に突き当たる可能性もあるけどね。

そう苦笑してみせるけど、比奈の気持ちが少しは軽くなるかしら。相変わらず、表情がちょっと読めないんだけど。

狛野比奈

んー……。

まだ、深刻に悩む時期じゃないかもしれない。比奈は一年生なんだし。でも。

稲本美夕

……ねぇ、比奈。

狛野比奈

はい。

稲本美夕

比奈は、陸上やってて楽しい? ずっと競技を続けていきたいと思ってる?

狛野比奈

ん。はい。

稲本美夕

そう……。それじゃ、今は答えが出ないかもしれないけど、やっぱり、早めに結論だした方がいいわね。

狛野比奈

んー……、どうしてですか?

稲本美夕

これから先も競技者として生きていくなら、ある程度の実績がないと厳しいわ。

稲本美夕

あなたの現状を考えると、それにはやっぱり専念する方が近道だと思うから。

狛野比奈

実績……。

稲本美夕

もちろん絶対転向しろなんてこと言わない。短距離に残るのも一つの選択だし、結果としてどちらが正しいか私にもわからないし。

稲本美夕

でも今、私の言ったこと、ちゃんと考えてみてね。

狛野比奈

はい。わかりました。

稲本美夕

夢のない話でごめんね。

あやまる私に、比奈は神妙そうな顔でうなずいた。

狛野比奈

んー。やっぱり、先輩、すごいです。

稲本美夕

すごい? 私が?

狛野比奈

話、とてもわかりやすかったから。

稲本美夕

そ、そう?

狛野比奈

それに、茉莉先輩も美夕先輩も、とても、速いし。走り方、すごいし。

狛野比奈

やっぱり、あたしにとって、二人とも、目標だし。

少ない言葉の中から、比奈の素直な尊敬が伝わってきて、なにかこそばゆい。

狛野比奈

あたし、転向なんて全然、考えたことなかったけど……。ちゃんと、先のことまで考えないと、ダメなんだなって、思った。

そしてあの、まぶしい瞳で私を見つめて。

狛野比奈

やっぱり先輩、スゴイです。

その言葉で救われたような気がしたのは、どうしてだろうか。選手としての私自身の悩みが解決したわけでもないのに。

慕ってくれる、信頼してくれる後輩がいるだけでこんなにも気持ちが楽になるんだろうか。

稲本美夕

……もう。ほんとに比奈はかわいいわね。

思わず比奈の頭をなでる。照れ隠しにちょっと強く。

とその時。下の方からぐぎゅー、と音がもれてきた。若干かわいくない、大きな音で。

狛野比奈

……おなか、空いた。

稲本美夕

みたいね。ごめんなさい、少しのつもりがずいぶん長くなっちゃったね。じゃ、そろそろご飯に行こうか。

狛野比奈

ん。はい!

稲本美夕

よしよし、いい返事ね。かわいい後輩にはおかずを少しわけてあげようかしら。

狛野比奈

やた。先輩、大好き。

稲本美夕

調子のいいこと。さ、行きましょ。

二人してちょっと笑って、部室を後にした。お互いの持つ不安なんて吹き飛ばしてしまえとばかりに。

こんなかわいい後輩が、自分の選ぶ道に後悔することのないように、私は私にできることがないか、もう少し考えてみようと思う。

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okujou_no_yurirei-san/3153.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)