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okujou_no_yurirei-san:3114

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後ろ髪。後ろ神。誰かが心残して歩みをとめる様を、小さなあやかしの形に託して描いたのは誰だったっけ。

石燕? 竜斎閑人? 誰かは今は思い出せないけれど、とにかく。

今の桐の様子、本当にそう、後ろ髪引かれる人の見本みたいな姿ね。

立ち上がって部室の戸口まで行ったものの、それ以上は進めないで、もじもじもじ。

桐は、私のことを、かわいいかわいいと大はしゃぎするこの子は、自分のそういう姿こそ、真に愛らしくあることに気付きもせずに、私の心の中をざわめかせる。

でもその胸のざわめきを私は、近ごろでは甘やかで心地よいものとして、愛おしく想うようになっている。

園生月代

なあに、桐。帰るんじゃなかったの? それともなにか、忘れ物でもあるの?

忘れ物なんかじゃない、やり残したことがあるのでもない、それをわかっていて、私は。

彼女にことさらに優しい、けれどいかにも教師めかした口振りで。

剣峰桐

そういうんじゃないんだけどー。月代ちゃん、わかってて意地悪言うんだから。

剣峰桐

あんなにかわいかった月代ちゃんなのに、ううん今でもオメガかわいいけど、言葉の焦らしプレイみたいなこと、言うようになって。

剣峰桐

あれ、でもなんだか今の、ちょっと気持ちよくなかった? え? これって新しい感覚?私、月代ちゃんになんか開発されてる?

剣峰桐

や、やば、月代ちゃん、これはもう私、帰ってなんかいられない!

身をひるがえして、ぎゅっと抱きしめてくる桐に、今日もつかまってしまうのもいつもと同じ。

背の高い彼女の腕の中に抱きすくめられて、その髪と肌の匂いの中に包まれて、胸に満ちていく気持ちの、疼くような甘さ。

いつもよりちょっとだけ長く、桐の胸の中にいてから、そっと体を押し戻す。

園生月代

でも今日は、どうしても外せないお家の用事、あるんでしょう?

剣峰桐

うー……、そりゃそうなんだけどさ。でも名残り惜しいなぁ。

桐はまだ気持ちを残していたようだったけど、それでも、それはそれ、これはこれ。

学生としての勉強とか、家のこととか。やらなくちゃいけないことはやっておかないと。まだ大人じゃないんだから、自分で都合のつけられないことってどうしてもあるものよ。

園生月代

またここで会えるんだから。今日はもう、帰らないと。

剣峰桐

うん。じゃあ、またここで、ね。

約束のように言い聞かせると、ようやく部室を出ていく桐。

剣峰桐

後でメールするよ、月代ちゃん。

メール。最近続いているメールのやりとり。別にラブレターを交わすようなのじゃない。

今日の体育は大変だった。まだまだ残暑がきついね。部活で使うノートのことなんだけど。他にも色々のこと、お互いに送ったり送られたり。

その日その日にあったこと思ったことを伝え合うだけの、他愛ない、何気ないやりとり。

日中の大半を同じ学校で過ごしているわけだから、当然話題が似通ってしまったりもして、なのに私には桐からのメールは、いつも新鮮に映って、活けたばかりの花のよう。

それは多分、あなたと私という視点のちがいのせい。最初はそう思った。

それも、確かにあるけれど。

きっと二人の視点のちがいって理由だけじゃなく、あなたと私の、恋人同士のやりとりだから。

園生月代

(恋人、か……)

桐を送り出した後で、部室で一人。残った学園祭関係の仕事を片付けて、教師本来の仕事、明日の授業のプリントのチェックしながら、ぼんやりと独り言。

もちろんたとえ一人であっても、声には出さない、そっと口の中でつぶやくだけ。

だって私たちがどう言いつくろおうとも、二人の恋は、この学校に二人一緒にいる限りは、けして人には明かせないもの。

園生月代

(まさか私が、ね)

ぱらぱらとチェックしていくプリントの上を撫でていった溜め息に、桐に悪いなって思ってしまう。

これは、本当なら許されないこと。教え子と恋仲になる教師、だなんて。それも、同性同士でなんだもの。

私が教師であるのなら、これからもあり続けたいのなら、あの子の気持ちに応えるべきではなかったのかも。

最初の告白を受けた時のように、教えて、諭して、言い聞かせて。そのまま、二度目の告白に応えるべきじゃなかった。あの子の未来を考えるなら。

園生月代

(まあ、いいか)

ふ、と、今度こぼれたのは、溜め息なんて憂鬱なものじゃない、軽やかな微笑みで、自分でもおかしいくらい。

ええ、そう、そうよ。そんな笑みを漏らしてしまうくらい、私は浮かれている。

道ならぬ恋、表にはできない恋。そんな言葉に非難されても、罪悪感は私の心を上すべりしていくばかり。危機感というのは、自分でもあきれてしまうくらい、薄い。

あの子が私に寄せる想いに応えたかった、そんなどこかで聞いたみたいな建前なんかよりも、なにより私の方だったの。桐、あなたを好きになってたの。

その想いのほうが、大人が、教師が、という立場よりも強かっただけのこと。

園生月代

(なんとかなる、そういうものよ)

無責任、考えなし、大人失格。そう後ろ指さされて当然の言葉、でもそれは、私がこれまで生きてきて、確かな実感としてつかんだ言葉だから。

生まれた時からあまり体が丈夫ではなかった。命がどうこうというものではなかったけど、熱は出やすかったし、それは今もそう。

桐にもいろいろ迷惑をかけたこと、ある。心配させたことも。ああ、今もそうかな。毎日、倒れないでねって言われてる。

私自身も、なるべく体調を整えることには気を遣ってるつもり。そして、手伝ってくれる人、支えてくれる人もいる。

世の中、なんとかなる。ちょっとくらい体が弱くたって、元気に先生やっていられる。みんなのために、がんばれる。

園生月代

(あの先生もそう教えてくれたじゃない、気合いだー!って)

私の恩師、この学校の大先輩。城女で育ったあの人。だとすれば私が教師になろうと志したきっかけは、そもそもこの学校にあったのかもしれない。

その学校で、桐と知り合って。好き合って。たくさんの学生の中から、あなただけ、一人。

桐との関係が、この先大きな危機を招くかもしれない。

でも、きっとなんとかなる。その為の努力は惜しまない。桐、あなたのためなら、私はなんだってできます。

私の。かわいい、あなた。

園生月代

(桐、あなたは自分の名前を、強そうなばっかりで好きじゃないって、いつもそんなふうに言うわね)

園生月代

(けれど)

園生月代

みどりなる 広葉隠れの 花ちりて すずしくかをる 桐の下風。

口にしてみると、それだけでさっと爽やかな涼風を聞いたような、そんな気持ちになれる歌。桐の花を詠った歌。

園生月代

(あなたの名前の桐が、こんなに綺麗に詠まれている歌だってあるのよ)

これから先は、それまで隠れていた花の薫りの気配を、そっと伝えてくれるような涼やかな風ばかりではないかもしれない。大きな波乱だってあるかも。

でも私が守るからね、桐。私が年上なのは、どうしたってかえられない事実。ならせめて、年上の女にそうわがままを言わせて。

ふふ、私、どっちかって言うと、守るより見守られていたいタイプの人間だと思ってたんだけどな。

と。カバンの中で、携帯が振動する。のぞいてみれば、早々に桐からのメールが届いてる。

件名は「早く帰って休んでね」。

本文は「まだ残業してるでしょ? ちゃんと休んでね」。

短いのに、あの子の気遣いが伝わるようなメールに、ついまた笑みがこぼれる。

そうね、あの子はあれで芯はしっかりしてるもの。もし本当に困ったら、守られるのは私の方かも。

桐に見守られてるってわかるから、私、桐のためになんだってがんばれるんだわ。

少し悔しいな。悔しくて、そしてうれしい。

すぐに、返信を送ろう。考える時間は短く、ただ胸の中にある思いの丈をそのまま、文面として打ちこむ。

件名は、「今から帰ります」。

本文、「ありがとう。桐へ。愛しています」。

受け取った時のあの子の顔が、ありありと浮かぶよう。

大きくのびをして、帰り支度を始める。

もうすぐ、学園祭も始まる。これからいよいよラストスパート。準備はいろいろ大変だろうけど、私がいま想うのは。

その時を、彼女とともに過ごせる喜び、そればっかりで。

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okujou_no_yurirei-san/3114.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)