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okujou_no_yurirei-san:3064

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10月も近くなると、暑さはさすがに鳴りをひそめて、放課後の廊下の空気からも、こもるような熱気はなくなってきてる。

けれどわたしは、額ににじんできた汗を、どうやって拭こうかと考えていた。

両手は荷物でふさがっているからハンカチを引っぱり出せない、片手だけで持つにはかさばりすぎてて、それならいったん下ろせば、とも思うけれど。

わたしにはちょっとした重さで、ここまで運ぶのにも苦労してきたから、下ろしてしまうとまた、持ち上げるのが大変そう。我慢して資料室までさっさと運んだ方が早そうね。

少し足を速める、と。

廊下の少し先の扉、開いて。

園生月代

あら。相原さん。いつもお疲れ様。

園生月代

……って。またなにか用事を受けてるの?

出てきた園生先生は、荷物運びしていたのがわたし、と認めると、ちょっと咎めるような顔つきになる。

相原美紀

え、あ、はい。でも、いいんですこれは。永井先生の教材で、わたしから言い出したことなので……。

永井先生。公立学校ならとっくに定年を迎えてらっしゃるような高齢の先生で、その先生にこのかさばる荷物、持たせてしまってはと手を差し出したのはわたしの方からだもの。

園生月代

ああ永井先生の。なら仕方ないかな。でも、先生、またあなたが、誰かからお仕事押しつけられているんじゃないかって。

相原美紀

今回はちがいますから……。それに。

相原美紀

もう、なるべく細かい仕事は断るようにしてるんです。

それは、本当。自分の許容範囲を超えてまで、仕事や用事を引き受けることはやめようって思うようになったもの。

相原美紀

実際、わたしにいろいろと頼んでくる人たち、ずいぶん少なくなったんですよ。

相原美紀

あの日以来、ですけど……。

園生月代

あぁ、あの日……。

あの日。聖苗が「大暴れした」あの日。園生先生もそのことを当然知っていて、納得顔でうなずいた。

あの日から、わたしを取り巻く人たちの雰囲気、見る目が微妙に変わったように思う。それが良いか悪いかはともかくとして。

相原美紀

まぁ、学園祭が終わったってこともあると思うんですけど。

園生月代

そうかもね。でも、学園祭前は本当にごめんなさいね? 私も相原さんがそんなに忙しいことになってるなんて、気付かなくて。

相原美紀

いえ、いいんです。ほんとにもう、あまり頼まれること、少なくなってますし。ただ……。

相原美紀

実のところ、やることがなくなってみると、なんて言うんでしょうね、暇っていうのか、手持ち無沙汰っていうのか。

園生月代

あー……、私もなんとなくわかるかしら、その気分。

先生、微妙な連帯意識のこもった声音でちょっと苦笑して。

園生先生も、なにかと生真面目で、色々仕事を抱えこまれるタイプだから。学園祭の前は先生も大変だったみたいだし。そのへんはわたしと共通してるの、かも。

相原美紀

ええ、そんな落ち着かない感じになっちゃって。でも先生、いいところに来てくれました。

相原美紀

すみません、これ、ちょっとだけ持っててくれますか?

園生月代

え? いいわよ。

わたしがそんなこと言い出したのが、そんなに意外だったのかな。先生、ちょっと怪訝そうにして、それでも荷物を預かってくれて。

その隙にと、わたしはハンカチを引っぱり出して、さっきから気になっていた汗を手早く拭う。

相原美紀

すみません、ありがとうございます。

園生月代

………………。

さっぱりしてから改めて荷物を引き取ると、園生先生は、どこか不思議なものでも見るような目をしてから、うん、うんとうなずく。なにかを了解したみたいに。

園生月代

これは、やられちゃったわね。

園生月代

本当に、少し変わったみたいね、相原さん。ちょっと今の、先生、感心しちゃった。すごい、うまいなぁって。

荷物を無事に資料室に運び込んだ後、園生先生からは、そんなことも言われて。

そう、かしら。自分ではまだ、あまり実感がわかなくて。ただ、似たようなことは、あの子も伝えてくれた。

そして、今のわたしの、ちょっとした変化も、もたらしてくれた。

聖苗の顔、声を思い浮かべつつ、ブラウスのポケットに軽く手をあてる。

そこに入ってるものを見抜いたわけでもないでしょうけど、先生は。

園生月代

三日間の謹慎、か。牧さんがいないと寂しいわね、相原さん。

相原美紀

……はい。でもちょっとだけ、ですよ。もう明日には学校に来るわけですし。

さらり、と答えたつもりでも、やっぱり少し照れが出てしまう。頬が残暑とは違う、別の熱を持つのがわかる。

それに、たしかに聖苗とは学校で会えてはいないけれど。

メールでのやりとりは何度となく。暇を持て余しながら、わたしのことを心配してくれる。今日のこの手伝いは、報告した方がいいのかしら。そんなメールを交わしてる。

ただそれでもやっぱり。

あなたの顔をこの目で見たい。声をそばで聞きたい。

あなたにそばに、いて欲しい。

委員会に顔を出してから教室に戻ってみると、陽差しはもう傾いていて。

日暮れが少しずつ早くなっている、長かった夏もさすがにおしまいって感じがする。

それは受験に向かって色々と差し迫ってきた、ということでもあって、こんな時間まで教室に残っているのもわたしくらい。

西日差しこむ教室は、がらんとして、不思議に穏やかで、なんとなく名残惜しかったけれど、わたしもそろそろ帰って勉強しないと。

カバンを手に取って、胸のポケットの上から、また触れる。これを持ち歩くようになったのは、つい4日前からだというのに、すっかり癖になっているみたい。

ポケットの中に、お守りみたいに、いいえ、それよりもっと大切なものとしておさめられているのは。

聖苗からの手紙。まだ出会ったばかりの5月、彼女からもらった。

彼女の素直な想いが一文字一文字、金の細工みたいに輝いて、太陽みたいにまぶしい、あの手紙。

もらったその日の衝撃は、今も褪せることがなくて、こうして身に着けていることを意識すると、肌にじんわりと熱がしみていくみたい。

聖苗。手紙を通じて語りかけるように、そっとつぶやく。

相原美紀

10月になったら、わたしも委員会を引退するのね。

受験、というのもあるけれど、それ以上にわたしの中で一つの区切をつける時期だって、思える。

相原美紀

10月の最初の委員会の会合日だから、たぶん、11日かな。

こうやって、小さくても声にして、手紙の中の聖苗に伝えると、今ひとつ湧いてこなかった実感が、じわじわと込み上げてくる。

いろいろと。そう本当にいろいろとあった。

良いこと、悪いこと、なにもかもひっくるめて。それくらいわたしの学校生活の中で、委員会で長い時間を過ごしたもの。

ただ、ようやく実感をつかんで、それでも思えるわ、聖苗。

相原美紀

終わってみれば、悪くない三年間だったって。ええ、悪くない。いいえ、よかったって、そう言える。

だって……。

最後の年に、あなたと出逢えたのだもの。

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okujou_no_yurirei-san/3064.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)