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okujou_no_yurirei-san:3061

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右を見て、左を見て、そして天井を仰いで、最後にうつむいて。

そうしてから……。

相原美紀

(……! ……!?)

喉の奥から突きあげてきた息を、どうにかこうにか、なだめてそっと逃がそうとしたのにうまくいかない。いくはずがない。

だってこれ。こんなの。

めずらしく整美委員会だけの仕事が終わって、ようやく帰れるって戻ってきた教室。カバンの中にあった違和感に、はじめは少し不安を覚えた。

いたずらでもされたのかしら、と。

でも、これ、これは。カバンの中に入っていた物は。

かわいさよりも、質のよさをまず感じさせる、ちょっと地味目の封筒。書かれている宛名はわたしへ。

最初は不審に思ったけど、封筒と揃いの便箋にさっと目を通して、それですぐさま、かっと顔が熱くなる。

2、3行だけでも、書いた人の気持ち、伝わってくるようだったけれど、勘違いじゃないかと二度も繰り返して読んでいく、そのうちに。

心臓がひどく脈打って、どうしようもなく止められなくなってしまう。

相原美紀

(だってこれは、そうたぶん、いいえ、きっと)

文字の一つ一つが、視界の中で踊り出すかのよう。それくらいわたしは、混乱している。

相原美紀

(ラブレターとか、そういう……)

今どきメールなどじゃなく、手書きの手紙がちょっと生真面目で古風だ、とか。それが好ましい、とか。

多少はそんな冷静なところ、残していたのは心の表面だけ。

残りのわたしは、それはひどく、強く強く混乱していた。

相原美紀

(だって……、当然でしょう……?)

相原美紀

(わたし、こんなの)

相原美紀

(もらったの、初めてなんだから……)

差し出した人の名前には、憶えがある。もともと人の顔と名前を覚えるのは得意。けれどこの人は、この子は。

入学して間もないころに、学校の中で迷子になっていた新入生。その時に案内してあげたことは憶えている。その時に、一度、たった一度、会っただけ、話しただけ。

なのにこの子ってば……。

相原美紀

(え、え? どうしよう。どうしたらいいの、こういうの)

他でもないこの学校の新入生。つまり、言うまでもなく相手は女の子で。

つまり、わたしの初めてもらったラブレターは。同性の、後輩からってことに……。本当に?

相原美紀

(お、落ち着かなきゃ……)

もう一度、また顔が赤くなるのを感じながら、手紙を読み返す。

相原美紀

(う、うん……。もう一度、会ってちゃんとお礼が言いたいってことよね。それだけよね?)

手紙の要点をまとめると、そういうことになる。そのお礼が、告白でなければ、これはラブレターとは言えないんじゃないかしら?

そう、頭では理解できるけど……。

またわたしは、右を見る、左を見る、周囲を見まわして、さいわい、もう部活も委員会もほとんど終わってる時間、気にするような人目もない。

だから立ち尽くしたまま、また、何度も何度も手紙を確かめて、手の汗が染みになっちゃうんじゃないかってほど、読み直して……。

園生月代

相原さん? そろそろ下校時刻よ? 委員会も、もう終わったんでしょう?

相原美紀

っ!?

廊下から呼びかけられた時には、心臓が止まってしまうかと思った。

ただでさえ相当に不審に見えたでしょうに、それ以上叫んだりもしないですんだのは、あんまりにもびっくりしすぎたせいで、かえって反応がついていかなかっただけのこと。

園生月代

あんまり遅くならないうちに、早く帰ってね。このひと月くらいで、もうずいぶんと日も長くなってきてるけどね。

相原美紀

は、はい。

園生先生から見えないように、カバンの中に手紙、素早くしまって、教室を飛び出す。早足に、でも駆け出さないように。

園生月代

あ、そんなに急がなくても大丈夫よ?

相原美紀

あ、いえ! その! さ、さようなら!

園生月代

え、ええ。気を付けて帰ってね?

相原美紀

は、はい!

園生月代

相原さん……?

馬鹿みたいにしどろもどろになってしまって、園生先生、それは怪訝そうな顔をしていたのかもしれない。まっすぐ、早足で進んでたから、見えなかったけど。

トイレに駆け込んで、個室に飛びこんで、今度こそほんとうに一人きりになってようやく……。

相原美紀

はぁ……。

何度読み直しても、ショックは引かない、収まらない。

動悸、赤面、そしておしまいには……、泣きそうに。

さっき、教室で読み返した時もそう。もう一度、会いたいと伝えてくる手紙。それだけなのに、でも。

この文章から伝わってくる雰囲気は、伝え聞いた自分の知識の中では、確かに……。

相原美紀

(ラブレター……)

相原美紀

(どうして……、ねえ、どうして?)

相原美紀

(たった一度よ、それだけじゃない)

相原美紀

(なのにあなたは……、牧さん……)

その子の名前、胸のうちでそっと呟く。それだけで目頭、熱くなってくる気がするのは、もううれしいとかそんな優しげな気持ちなんかからじゃなく。

責めてしまうにも似た想い。

相原美紀

(こんなにも真摯で、素直で、気持ちのこもった言葉を、どうして書けるの?)

相原美紀

(ちょっと道案内、しただけなのに。荷物だって持ってあげられなかったし、途中で何度も、足止めさせてしまったし)

相原美紀

(「親切にしていただいて、ありがとうございます。とても、うれしかったです」)

相原美紀

(ううん、当たり前のこと、しただけ。わたしにとってはそう。だって……)

相原美紀

(困ってるあなたを見過ごしたら、どんなふうに思われるか。そんなことを考えてしまうから)

相原美紀

(初めて会うあなたにさえ、そんなことを考えてしまうわたしなのに……)

自分の心の中にある、そんな部分が、この手紙で浮き彫りにされてしまったよう。

こんなに素直な気持ちのこもった手紙からさえ、そんなことを考えてしまうんだ、わたしは。

でも、ふと、思う。

他の人からだったら、わたしはここまで動揺しただろうかって。

相原美紀

(牧さん……。元気な子だったな。迷って途方に暮れていたはずなのに、でも溌剌とした子だってすぐわかった)

相原美紀

(少し一緒にいただけで、わたしの気持ちまで明るくなるような)

相原美紀

(そんなあの子の書いた手紙だから、わたし、ここまで揺さぶられているのかしら。こんな、素直でまっすぐな感謝の言葉だから……)

自分の胸のうちの気持ちを、そっと落ち着けて、しまい込んで。

もう一度、手紙を読み直す。

相原美紀

(もう一度、会いたい。今度の、木曜日の放課後、屋上で……)

結びの言葉の近くに書かれていた文章を読み返す。

もし、この呼び出しに応えたら……、あの一年生の子は、わたしになんて言うつもりなんだろう。

これが、ラブレターじゃなかったとしたら、本当にお礼の言葉なんだろう。

もし、ラブレターだったとしたら? 本当にそうだとしたら? 告白……、してくれるのかな?

相原美紀

(どっちにしろ……)

相原美紀

(その時、牧さんの言葉を聞いたら、きっと、わたしは牧さんともっと深い知り合いになれることに、ちがいはないのかしら……)

それは、とても気になる。

あの明るくて素直な表情、言葉で、なにを伝えてくるんだろう。それは、まだ、わからないけど。

どうやって、わたしは答えたらいいか、わからないけど……。

でも、きっと、彼女の言葉は、わたしへの好意の言葉。もっとわたしのことを知りたいために、伝えてくる言葉。そう書いてあるから。

相原美紀

(もっと、わたしを知りたいと思っているんだ……)

どうしよう……。すごく、心が揺さぶられる。もしかすると、ラブレターかもしれないと思った瞬間よりも、もっと。

それは、わたしを知ろうとしてくれる人への憧れと……。

期待。

相原美紀

(わたし……)

相原美紀

(一度会っただけの一年生に、期待してるんだ……)

そう思ってしまうと、それはそれで、自分が情けなく思える。

誰にも伝えたことのない、この胸の中の想いを、会ったばかりの。わたしの親切に感動している一年生に、わかってもらえるかもしれないなんて。

そんな、期待、しているなんて。

相原美紀

(でも……)

わたしはたぶん、いやきっと、木曜日の放課後、屋上に行くと思う。そして、牧さんの言葉を聞こうと思ってる。

どんな言葉だったとしても、それを受け入れてしまうだろう。すべては無理でも、すべてを断ることなんて、できないと思う。

相原美紀

(そんなことしたら、牧さんが気を悪くしてしまうかも……。ああ、また、そんなことを考えてる。でも……)

純粋に、あなたに会いたい……。牧さん、あなたに。そう思ってるのも、確か。

わたしはきっと、あなたの真っ直ぐなところに、憧れてる。そのあなたから告げられる言葉を聞いてみたい。わたしへの、言葉を。

相原美紀

(うん……、そう思ってる……。これ以上、嫌なことは考えたくない……)

そっと、手紙をカバンの中にしまう。

相原美紀

(あとは、牧さんに会ってから。言葉を聞いてから、考えよう。そして、返事を考えて……)

今は必死に、冷静になろう、あの子にとってもわたしにとっても、傷つかない判断をしよう。

でも。今はそう想っていても、そんな決意は、あの子とまたじかに会ったなら、すぐに揺らいでしまうかもって。

陽が落ちかけて、暗くなり始めた窓をながめながら、わたしはぼんやり、そう予感していた。

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okujou_no_yurirei-san/3061.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)