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okujou_no_yurirei-san:3053

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相原美紀

牧ちゃん、入江先生からの、中山道の古地図は……。

牧聖苗

はい、ええと入江先生……、ああ二年生の日本史の! だったら二階の資料室、ですよね?

相原美紀

ええ、わかる? なんだったらわたしが……。

牧聖苗

大丈夫、わかります。じゃ、行ってきますね!

美紀さんから、ちょっとかさばる紙挟みを鍵と一緒に受け取って、駆け出す。小走りに、怒られない程度に、でも急いで。

一見しただけじゃ、空き教室と見分けつかないその扉でも、間違ったりしない。ちょっとコツのいる鍵だって、するりと開けられる。

自分でも慣れてきたって思う。先生の名前もずいぶん憶えたし、どの棚に資料を戻せばいいのかだって、迷ったりしない。

牧聖苗

戻してきました。……って、なんですか、そのモップ。うわ、ポッキリ。

戻ってみると美紀さんは、今度はまた別の荷物を抱えてる。

相原美紀

二年の軽音の子が、エアギターって言うの?はしゃぎすぎて折っちゃったらしいの。美術室の石膏の像に叩きつけて、一緒にめちゃくちゃになっちゃって。

牧聖苗

あーもう! 仕事を増やして! そういう人はまず、石膏像の前に、自分の頭に叩きつけるべきですよね! とにかく、モップの替えは……、倉庫からもらうんですよね。

相原美紀

そう、そこ。先生に言って出してもらって、ね? あ、でもわたしが行かないと、説明とか……。

牧聖苗

いいですってば。ちゃんと説明できますから!美紀さんは、きっとその、壊れた石膏像のお掃除、でしょ?

相原美紀

なんかそういうことになっちゃったみたい。

牧聖苗

じゃそっちはお任せします。行ってきまーす!

美紀さんが抱えたモップの成れの果てを受け取って、また駆け出す、小走りに、叱られない程度に。

倉庫はたしかに職員室のある廊下の端っこ近くなんだけど、知らない人にはわかりづらい。でもわたしは、もう慣れてるし。

備品のもらい方もちゃんとわかってる。先生に説明をして、鍵の受け出しと交換の許可を取ることも。

ちょっと前なら、職員室で先生にこういう話をするのにも物怖じしただろうし、そもそも倉庫の場所だってわからなかったのに。慣れたものだって自分でもそう思う。

まぁ、全部、美紀さんに教えてもらったり、見よう見まねなんだけど。

いろんなこと、美紀さんと仕事して憶えたかな。それくらい一緒にいたってこと。……長い夏休みの間も。

もちろん、美紀さんには夏季講習とかの予定が入ってたけど、それでもデートの日を空けてくれた、わたしのために。3回も!

多い少ないとか関係ない。美紀さんがわたしのために、時間をとってくれる。それがなによりうれしくって、幸せだもの。そして一緒にお出かけ! デート!

なにからなにまで憶えてる。初めてのデートは一緒にお昼を食べただけだけど、2回目はショッピング。美紀さんの服、選んであげた!

3回目は夏休みの最後の日。映画の今日までのチケットがあるからって、誘ってもらって、一緒に観に行った。

映画はそこそこのハリウッド話題作で、正直、ちょっと大味で音と映像がすごいだけで疲れちゃったけど。

その後、美紀さんお気に入りの喫茶店に案内してもらって。

「ちょっと秘密のお店ってつもりにしてたの。誰かを誘って一緒に来たのは、牧ちゃんが初めてなのよ」って!

そう言われた時は、ちょっと感動して泣きそうになった。

あんなことがあったのに、美紀さんとまた前みたいに、ううん、前よりもっと仲良くなれるなんて。

あんなふうに、夏休み、好きになった人とデートして過ごす。空想したことはあっても、現実にそんなことができるなんて思わなかった。

デート。うん、確かにデートだよね、美紀さんもそう言ってくれたし。女の子同士でも、好きになった誰かと待ち合わせして、お茶したりご飯食べたり、買い物したり。

もちろん、人前でべたべたなんてできないけど、それでもわたしと美紀さんは、もう恋人っていうものなんだって思う、思いたい。

少なくともわたしはそう思ってる、いつそうなってもいいって、思ってる。だからこんなにも体が、軽い。

好きな人と一緒の仕事ができている。そう思うと、自分だけじゃできなかったことまで、こなせてしまいそう。なんだってできちゃいそう。

倉庫に入って、新しいモップを引っぱり出して、ビニールの包みを剥がして。あとはそう、壊れたのをゴミに出さないと。

有遊愛来

それは、焼却炉まで持っていくのかな?それなら、私が持っていこうか?

牧聖苗

え?

倉庫の入り口からこっちをのぞきこんでいたのは、すっと背筋に芯が通ったみたいな、きれいでかっこいい立ち姿の。

すっと、中に入ってきて、わたしから壊れた方のモップを取りあげる手の動きも、すごいなめらかで、あっという間で。

わたしは、自分の手からモップがなくなってから、ようやく我に返った。

牧聖苗

あ、あの、わたし、自分で持っていきます!

有遊愛来

いいよ。ついでなんだから。それにこの暑い中、わざわざ外に出ていくのも大変だろう。

牧聖苗

で、でも。

ええとこの人は、この毅然としてて、ちょっと怖そうな感じの二年生の先輩は。たしか何度か、話したこともあって。

牧聖苗

大丈夫です、有遊先輩。たいした手間じゃないですし。

有遊愛来

ああ、私の名前、憶えていたのか。まあ、割と自分は有名人みたいだからな。

それは、確かに。有遊先輩、毎朝、遅刻の取り締まりしてるから。遅刻の多い人には特に煙たがられてると思うし。

それはそれとして、でも、わたしの中ではそれ以上に。

有遊先輩、実は美紀さんと仲がいいらしい、という一点で、他の人とは別格だった。

美紀さんに用事とかをよく頼んでくる人とは、そこが決定的にちがう。

何度か美紀さんへ回りそうになった仕事を、他に割り振ってくれたのを見たことがある。怖い人だけど、この人はたぶん、味方。

有遊愛来

私も、牧さんだってわかって、声を掛けたんだ。ああ、そうだ。いつかの探し物は、見つかった?

探し物って……? あ。

牧聖苗

……ノーコメントで、お願いします。

前にこの人と話をした時、聞いてしまったことがある。その、美紀さんと二人っきりになれるような場所を探してて、人気のない場所はないかって。

だから、ノーコメントと答えたわたしに。

有遊愛来

ふふ、そうか。いいよ、それで。あまり、私がはっきりと聞いてしまわない方がいいみたいだから。

ああ、そうか。見つかったけど言えないっていうのと、同じ意味だ。ノーコメントって。

牧聖苗

す、すいません……。

有遊愛来

いいよ。牧さんなら変な悪さもないだろうし。それにその、私は……。

この毅然とした人が言葉を探すふうなのも意外だったし、なにより次の言葉に、わたし、つい唖然としてしまうしかなく。

有遊愛来

私は、君に、感謝してるから。

牧聖苗

え。

有遊愛来

相原先輩のことだよ。先輩は、夏休み中からこっち、以前よりずっと調子がよさそうに見える。

有遊愛来

きっと君のおかげなんだろう。前よりずっといい状態だ。だから、感謝してる。

牧聖苗

………………。

え。え。なに、なんかこれ、ものすごく……、照れ臭い。

思わず立ち尽くすしかなくなった、わたしの前で、有遊先輩はふっと目をそらし、目元に薄い影をためて。

有遊愛来

相原先輩のことは、正直私も心配してたんだ。夏の前くらいまでは、ちょっと好ましい状態ではないと思ってた。

有遊愛来

相原先輩ほどの人が、このままだと押しつぶされてしまいそうだと思った。だから、私の方でも、いろいろなんとかしてみようと思っていたんだが。

有遊愛来

どうも、私の力が及ぶところじゃなかったみたいでな。相原先輩本人にも問題があるとなると、先輩を変えるほどの影響力は、私にはなかったというわけだ。

悔しいけれど、と、言葉の最後に、そう付け加えた。小さく。聞き間違えじゃないと思う。

本当に悔しそうだったから。自分の手の至らなさに。

牧聖苗

で、でも、それは、わたしだって……。わたしだってただ、美紀さ……相原先輩の、お手伝いしてるだけで……。

有遊愛来

謙遜はいいよ。実際に先輩を見てればわかる。牧さんは、これまで相原先輩のまわりにいた人とは、違うとね。

有遊愛来

私もそう思う。それに、期待もしてる。君なら、あるいは、と。このまま先輩をいい方向に変えてくれるかもしれないって。

有遊愛来

これは私だけの見解ではないよ。他にも、相原先輩のことを心配してた人は、みんなそう言ってる。

牧聖苗

あ、あの……。せっかくのお言葉だと思うんですけど、あの、言っている意味がよく……。

有遊愛来

委員会全体を見ても、期待の新人だってことだ。牧聖苗さんがね。

有遊愛来

だから、なにかあったらなんでも相談してくれ。私でよかったら、できる限り力になろう。

有遊愛来

……ああ、なんだか用事の途中で引き留めてしまったみたいだな。すまない、こうしているうちにも、相原先輩を待たせているかもしれないのに。

牧聖苗

あ、そうだった!

有遊愛来

ふふ、早く戻るといい。このモップは私がゴミに出しておくよ。それじゃ、また。がんばって。

そう言うと、有遊先輩は折れたモップを持って、倉庫から出て行ってしまう。

なんだか強い風に当てられたみたいなやりとりで、ちょっと現実味に欠けるけど……。なくなっていた折れたモップが、今のがほんとだって教えてくれる感じ。

それに、耳の中には、先輩の言葉がまだ残っている。

牧聖苗

(有遊先輩、「好ましくない状態」って言ってた? それって、やっぱり、美紀さんにいろんな仕事がきちゃう今の状態がよくないってことだよね)

牧聖苗

(だったら、わたしとおんなじだ。わたしだけじゃない……、そんなふうに思ってる人)

牧聖苗

(今はまだ、どうすればいいのかわかんないけど……。でも、有遊先輩みたいに、味方もちゃんといるんだ)

牧聖苗

(後はなにか、きっかけとかあれば、きっと)

牧聖苗

……よし!

そのきっかけってどういうものなのか、その時はまだわからなかったけれど、自然と声が出る。自分でも気合いの入った声。

牧聖苗

あれ? 有遊先輩、あとなにか他にも……。

牧聖苗

期待の新人がどうとか……、誰それ。

牧聖苗

それって、わたし……? あははは、やだ、なんか冗談みたい。

そんなこと、思えない。ちょっと笑っちゃうくらい現実味がない感じ。とてもじゃないけど、自分がそんな、期待された人間だ、なんてね。

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okujou_no_yurirei-san/3053.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)