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okujou_no_yurirei-san:3052

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古い木造の、時計塔までついている星館と呼ばれる洋館の、二階。広いホールの半分を占める、畳敷きの大座敷。

初めて見たときは、なんて素敵な建物なんだろうって。

こんな広間が、学校の中にあるなんて、しかも学生に普通に開放されてるなんてって、羨ましくなったり、目標の一つにもなったりしたものだけど。

学校見学で知って、いつかわたしも、こんな建物がある学校に通おう。そしてこの広間で放課後とか、仲のいい友達と過ごすんだ。そんな目標。

だから入学してすぐは、用がなくっても時々ここに来てみたし、そのたびにうれしさと誇らしさ、胸の中をくすぐっていた……、のに。

今は。

今は、もうどうだっていい。そんな気分にまでなっちゃってる、わたし。

あんなにまぶしかった大座敷の広がり、これまでのここで過ごしてきたみんなの手で、つやつやに磨かれた机、学校の由緒を物語るような、アーチ戸の枠飾りとか。

今は目に入ってこない。ドキドキも、ワクワクもしない。

大座敷の隅っこ、机にうつむいて、一人。

牧聖苗

(学校……、もう来たく、ないな……)

ふた月前なら、受かって通えるってだけで、それはもうワクワクして、毎日がときめきの連続で。

なのに今のわたし、なんだろう。あんなにも好きだった学校に、来たくもないって思っちゃうなんて。家どころか、自分の部屋だって出るのも、いやだなんて。

でも、一人でいると、どうしようもなくあの時のこと、思い出してしまう。思い出して、大声で叫びたくなる。後悔で。

牧聖苗

(だけど、だからってこんなとこにいたって。それでどうなるの……?)

大座敷に置かれた机の並びのあちこちでは、部活や委員会の打ち合わせ、他にも放課後の空いた時間を思い思いに過ごす人たちのそれぞれの姿。

真剣そうなのもある、ただ楽しそうなのもある、それでもわたしみたいなのは、いない。

牧聖苗

(いるわけないわよね、わたしみたいなバカは)

一人でいるのはいや。誰かの中にまぎれているのもいや。

どこにいたって、あの時のわたしの、情けなさ、いやしさが身にしみてくるばかり。

牧聖苗

(わたし、なんで、あんな)

どこにいたって、体中が紙やすりに包まれたみたいに、いたたまれなくなる。

それも全部、自分のせいなんだ……!

憧れていたもの。大好きなひと。ぜんぶ。わたしが、ぜんぶ。

めちゃくちゃにしちゃった。わたし、そんなことをしちゃった。

情けなさと悔しさ、そういう感情。ネガティヴな気持ちで胸が詰まる、喉までふくれあがってくる。

どう思われたろう。眠っていた先輩に、あんな風にキスした。それだけじゃない。

先輩が起きたあと、ひたすらあやまった。あやまったのは、許してもらいたかったから。

許してもらいたいって思うのは、それがいけないことだってわかってたんだよね、ほんとは。

いけないことだって知っててやって、それだけじゃない。

土下座、なんてしちゃったし。相原先輩、そんなわたしを見てどう思っただろう。

キスしておいて、あやまってるわたしを見て。

牧聖苗

(もう先輩、わたしのことなんて、顔も見たくないんだろうな、ほんとは)

あの後も、別に避けられてるわけじゃない、けど。昼休みや放課後、先輩のクラスに行けば会ってくれるし、仕事を手伝うって言えば、断られたりもしないけど。

でも、それだけ。埋められない溝があるって感じるのは、わたしの思い込みなんかじゃない、と思う。

もう、一緒にいても、前みたいには、なれない、のかな……。

牧聖苗

(わたし、バカだ。ほんとうに、バカで、いやらしくて、軽はずみで……)

なにがあるっていうの、わたしに? なにか人に自慢できることの、一つでも、あるの?ひとに好いてもらえるよいところの、一つでも?

なんにも、ないじゃない……。

なのにわたし、舞い上がってた。きっと相原先輩に好きになってもらえるって、勘違いしてた。

手紙を出して、告白して、はっきりした返事じゃないけど、ノーでもなくって、出す前よりは仲良くなれたって思う。その後もどんどん、仲良くなっていったって思ってた。

でも、それはきっと、先輩と後輩、友達って関係の中ではってことだったんだ。キスしてもいいなんて、それはわたしの……、勘違いでしか、なくって。

牧聖苗

(気持ち、悪かったですよね、先輩……)

ただの後輩の、同じ女の子に、しかも逃げようのない、眠っている間に。

先輩がどれだけ不愉快だったか、気持ち悪かったか、そんなことさえ考えもしないで、わたしは。

もう全部、手遅れ。やってしまった後。

牧聖苗

(どうしたら、許してもらえるのかな。どうしたら、前みたいに戻れるのかな)

牧聖苗

(ううん、ダメだよ。もうどうしようもないんだ)

なにをどうしたって、もう取り返しがつかないって、そうあらためて思い当たったとたんに。

あ、だめ。わたし、きっと泣く。人前で、よく知らない人たちの前で、泣き出しそう。

泣いて、それでどうするの、どうなるの? もし相原先輩に伝わったなら、どう思われるの?

先輩にあんな事をしたのは、わたし。そのわたしが、勝手に悲しくなって、落ちこんで、泣き出して?

それで、どうなるの? 先輩が同情して許してくれると思ってるの? そんなこと、考えてるの、わたし。なんて……、ズルい。

あ、こらえてもだめ、大きく息を吸って、この苦さ、逃がそうってしても、だめ。

牧聖苗

(先輩、ごめんなさい。もうわたし、二度と先輩のところには、行かないから……)

昨日まではがんばって、先輩のところに通った。もしかしたら、許してもらえるかもって思って。でも、もう、今日はダメ。

もう会っちゃいけない、そう考えちゃったら、涙がどうしようもなく目にたまってくる。目の前がぼやけてくる。

そんなぼやけた、うつむいたままのわたしの視界の中、上の方で。あれ? こっちの方に、誰かくる。わたしの方? まっすぐに。小さな体、あれは。

……比奈ちゃん?

見憶えのあるジャージ姿は、ほんとにわたしのところまで。

だめ、来ないで、今、こんな時に。こんなにみっともない泣きそうな顔、誰にも見られたくない、のに。

比奈ちゃんは、わたしの前まで来て。

狛野比奈

聖苗ちゃん。

牧聖苗

あ……。

やっぱり、わたしに声をかけてきてくれた。泣き出す寸前の声を出して、顔をあげたわたしの前に、比奈ちゃんは座って。

狛野比奈

聖苗ちゃん、パンをあげる。食べよ。

牧聖苗

えぅ!?

また、突拍子もないことを言い出した。思わず、変な声が出ちゃうほど。

言った通りに、袋から次々とパンを取り出していく比奈ちゃん。

狛野比奈

………………。

牧聖苗

………………。

いくつもいくつも。全部で10個くらいある?比奈ちゃんがパンを並べている間、わたしも黙ったままでいたけど。

狛野比奈

ん、どれでもいいよ。好きなの食べて。

牧聖苗

なんで……?

そう比奈ちゃんに聞いた声は、できるだけガマンしたんだけど、やっぱりちょっと震えて出てきた。

狛野比奈

んー……。

比奈ちゃんはちょっと、考え込んだ、あと。

狛野比奈

とにかくなにか、食べるといいよ、こういう時って。なんだか、元気なさそうだから。

元気なさそう、か。そうだよね、こんな顔してたんじゃ。

でも比奈ちゃんの言い方は、今は不思議といやじゃなく、それどころか、はちきれる寸前だった、気持ちをふっと緩めてくれた。

牧聖苗

あ、ありがとう……。

うん、気持ちはうれしいんだけど。

牧聖苗

でも、ちょっと今、揚げパン系はキツイかな……。なんだか、胸がいっぱいで入っていかなくて……。

狛野比奈

そう? でも、そういう時って、油モノ、いいんだって。

牧聖苗

……そうなの?

そんなこと、初めて聞いた。

わざとなのかな? ううん、きっと比奈ちゃんの場合、これが素なんだと思う。

なにかを聞いてくる時も、こうしてなぐさめてくれる時も、ほんとにストレートで、あまり多くない言葉で。

だから、大切なことだけ、比奈ちゃんの言葉からは伝わってくる感じ。

そんな比奈ちゃんの前で、もう今さら隠すことなんてないよね。鼻を一回、大きく啜りあげる。そうすると、不思議、涙も出てくるのが止まった感じ。

もらったパンの袋を開けて、カレーパンをかじる。口の中に、カレーのちょっとピリッとした辛さが広がっていく。

そうして、少しずつ、カレーパンを食べていると。同じように、わたしの向かいでパンを食べていた比奈ちゃんが、ポツリとした、声で。

狛野比奈

どうしたの?

すごいシンプルで、他になにもない聞き方。でも。

牧聖苗

ど、どうって……。

戸惑っちゃったけど、比奈ちゃんの質問がシンプルすぎて、かえってわたしの中から、言葉は素直に出てきた。

牧聖苗

ちょっとね。大事な……、うん、大切な人のことを……、きっと傷つけてしまったの。

狛野比奈

大切な人? 聖苗ちゃんが?

牧聖苗

うん。だからわたし、どういう顔でその人に会えばいいのか、わからなくなっちゃってるんだ。

狛野比奈

んー……、会いたくないんだ?

牧聖苗

……ううん、そんなことない。会いたい。でも会ったらいけないなって。そう思うと、なんだかもう……。どうしていいかわからなくて……。

狛野比奈

んー……、相手の人はなんて言ってるの?聖苗ちゃんに会いたくないって?

牧聖苗

そんなこと、言ってない……。言ってないけど……、どうなのかな……、よくわかんない。

牧聖苗

わたし……、きっと、ひどいことしちゃったし……。

比奈ちゃんが相手だと、誰にも言えないって思ってたことが、言葉として出てくる。

人によっては、じっとにらみつけてくるって思われそうな比奈ちゃんの目が、わたし、きらいじゃないから、かも。

なにも言わないままでも、ずっとわたしの言葉を促していた比奈ちゃん。わたしがひと通り、話しちゃった後、目の前のパンからまた一つ、押し出してきて。

狛野比奈

ん、次のパン。

これって、ほんとに元気づけようってしてるのかな? だんだん、おかしくなってきちゃう。

牧聖苗

え? あ、えっと、わたし、もうけっこうお腹いっぱいで……。

最初のカレーパンは、なんとか食べ切れたんだけど。

狛野比奈

もう一個だけ、食べてこ。

牧聖苗

う、うん……。

狛野比奈

そしたら、その人のとこ、行った方がいい。

牧聖苗

え……。でも行ったって、話なんてできない……。

だって、もう……。先輩にどんなこと言ってもダメな気がするんだもん。

狛野比奈

別に話とかしなくてもいいよ。でも、近くにいないとダメ。

そう、なのかな?

牧聖苗

……ダメ、かな? もしかしたら、わたしが近くにいると嫌な思いをさせちゃうかもしれないのに?

狛野比奈

わかんないよ、そんなこと。そうかもしれないけど、もしかしたら、許してくれるかもしれないし。

狛野比奈

でも、どっちにしたって、近くにいないと、わからないでしょ。

牧聖苗

それは、そうだけど……。でもそれって、けっこう、つらくって……。

先輩に会いに行って、また、あの透明な、見えない溝のある態度をとられるのは、きつい。

もしかしたら、許してくれて、前のように受け容れてもらえるかも。そんなふうにも考えてた。でも。そう期待を抱き続けるのだって、つらい。

だからもう、先輩のところには行けないって思ってた。でも、比奈ちゃんは。

狛野比奈

それは、ガマンする。

そう、シンプルで、はっきりと。

牧聖苗

ガマンするの? ずっと?

狛野比奈

ん。だって、大切な人なんでしょ? 近くにいるのもガマンできない、人なの?

牧聖苗

あ……。

そう、だ……。わたしが先輩にどう思われても、だからって、わたしが先輩を好きなことには、かわりは、ない。

つらいのは確かにそうだけど。悲しくてみじめな気持ち、また込み上げてくるかもだけど。でもそれでも。

どんな結果になったとしても、このままでいたくない。わたしから離れてしまいたくはない。

なんで比奈ちゃんに言われるまで、わからなかったんだろう。あきらめようとしちゃったんだろう……。

牧聖苗

うん……。そう、だね……。

比奈ちゃんの言う通りだと思う。なんで、比奈ちゃんはそんなに簡単に、わたしのするべきことが、わかったんだろう……。

もしかして比奈ちゃんは。比奈ちゃんも?

牧聖苗

……比奈ちゃんも、そうやってガマンしたこととか、あるの? つらくても、近くにいて、ガマンしたこと……。

狛野比奈

んー……。

また、少しだけ、比奈ちゃんは考え込んで。そして、また、短く。

狛野比奈

内緒。

そう、答えた。ちょっとズルいって思ったけど、言いたくないことだってあるよね。わたしは聞いてもらってよかったと思えたけど。

牧聖苗

内緒、かぁ……。

今は、比奈ちゃんもおんなじ気持ちを知ってるってことがわかっただけでも、いいや。

狛野比奈

ん。はい、もっと食べて。

牧聖苗

え、ええ!? も、もう、さすがに入んないよ。

さっきの2個目だって、まだ残ってるのに。

狛野比奈

そう? それじゃ、お土産にする?

牧聖苗

ええ! い、いいよ、悪いから! 残りは比奈ちゃんが食べて!

狛野比奈

んー、わかった。そうする。

さすがに、こんなにたくさんのパン、お土産にもらっても食べきれない。

比奈ちゃんの普段の食欲だったら、食べられそうだけど、わたしには無理。

比奈ちゃんは、袋にパンを戻して、そして、立ち上がる。

ただ、行ってしまうその前に。

狛野比奈

聖苗ちゃん。

牧聖苗

なに?

狛野比奈

がんばってね。

牧聖苗

……うん。ありがと。

狛野比奈

ん。じゃ、部活行く。これだけ、お土産ね。

三色パンの一つだけ、千切って自分の口に放り込んで、残りをわたしの前に置いていってくれた。

3分の2だけ残った三食パン。比奈ちゃん、これ、なにか意味、あるのかな?

聞こうと思っても、比奈ちゃんはもう、大座敷から下りて、向こうにどんどん歩いていってしまってる。

牧聖苗

(あとは、自分でなんとかしなきゃ)

比奈ちゃんはきっと、わたしを見かけて、大座敷にまで上がりこんできてくれたんだ。泣きそうになってたわたしを見て。

たぶん、はげましてくれるつもりで。パンだって買ってきてくれて。

それがなんだか……、やたらとうれしい。先輩とのことは、まだなにも解決してないけど。でも、どうしたらいいか、教えてもらえたと思う。

牧聖苗

(比奈ちゃん、わたしのこと、友達って、思ってくれてるのかな)

席が隣で、少しずつ話すことが増えていったクラスメイトだったけど。

けっこうちゃんと、わたしたち、仲良くなってたんだ。うん、うれしい。

牧聖苗

(うん。とにかく。比奈ちゃんの言った通りに)

今はとにかく、先輩のところに行ってみよう。それでどうなるかわからないけど、このまま、わたしから逃げても、なにもならないし。

牧聖苗

(けどこれ……、どうしよう)

机の上には、わたしのまだ、食べかけのパンと、比奈ちゃんが置いていった、3分の2の三色パン。

比奈ちゃんからの友達のしるしなんだって思うと、なんだか少しだけ、おかしかった。

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okujou_no_yurirei-san/3052.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)