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okujou_no_yurirei-san:3013

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榎木サチ

(あら、あれは……)

夏休みも終わりが近づいてきた、ある日のこと。

人気のない校舎をふらふらとまわっていた私が見つけたのは、三年生の教室で一人たたずむ、美紀ちゃんの姿だった。

夏休みの間も、夏期講習だけでなく、細々とした用事を片付けるために登校していた美紀ちゃん。

今日も花壇に水遣りする姿を見かけていたから、疲れているのかと不安になった私は、しばらくその姿を見守った。

相原美紀

………………。

美紀ちゃんは、自分の机の上に軽く手を置いて、教室を見渡している。

榎木サチ

(ああ、もうそんな時期ね)

合点がいった。私にとっては、見慣れた色合いの視線だから。

最上級生が、もうすぐ終わりを告げる学園生活を振り返る時の、遠い遠いまなざし。

榎木サチ

この学校で過ごした三年間は、どうだったかしら。美紀ちゃん。

聞こえないのを承知で、問いかけてみる。きっと、彼女自身も今、自分の胸に聞いているはず。

榎木サチ

(私が知っている限りでは、あなたが一番、働き者さんよ)

ええ、それはもう、間違いなく。

私が美紀ちゃんを意識したのは、彼女が入学した年の6月のこと。

整美委員会の一員として、花壇の清掃を担当していた美紀ちゃんの、几帳面な仕事ぶりが気に入ったの。

慣れてきたら手を抜き出す人も多い中で、美紀ちゃんはいつまでも丁寧に世話をし続けてたわ。

榎木サチ

(今日、水遣りをしている時もそう。優しい手つきで、でもてきぱきと)

榎木サチ

(あなたがいなくなったら、きっと花壇の花たちが悲しむわ)

そして、興味を持って見守るうちに、本音を表に出さない彼女の性格に気付いて、ますます興味を持ったのだっけ。

それは、私も同じだったから。

榎木サチ

ねぇ、美紀ちゃん。あなたを見守ることはとても心地よかったけど、時々、とてももどかしい思いをしたわ。

榎木サチ

聖女なんて、いつの間にか言われるようになって。誰かから用事を頼まれることが当たり前になっても、黙って背負いつづけるばかりで……。

本来、引き受けなくてもいいことを頼まれた時は、少しだけ困ったような顔をするけれど。

そのためらいは、結局すぐに消えてしまう。背負う決意と、なにかをこらえる気配だけが漂う、……少しあきらめたような表情。

榎木サチ

見るたびにつらい思いをしていたのよ。本当は断りたいんじゃないのかしらって。そう言い出せないことが、あなたを押しつぶしてしまわないかって。

相原美紀

…………。

榎木サチ

……でも、最近はちょっと安心ね。

私は、張り切って美紀ちゃんを手伝う、牧ちゃんの姿を思い浮かべる。

牧ちゃんが付き従うになってから、美紀ちゃんの表情は明るくなった。夏前に少し、心配なこともあったけど、それが過ぎた後は、よりいっそう、楽しそうで。

今も、教室を眺める美紀ちゃんの口元には、穏やかな微笑みが浮かんでいる。

榎木サチ

……あなたの三年間は、人の仕事を引き受けるガマンだけで終わらないようね。

正直、今年の春までは、あのあきらめの表情のまま、卒業してしまうだろうと思っていたから。

美紀ちゃんがこの教室で穏やかな瞳をしていることが、とてもうれしいわ。

相原美紀

……あ。

榎木サチ

あら。

制服から、「けーたい」を取り出す美紀ちゃん。

話をするわけじゃないってことは、きっと、「めぇる」のほうね。

榎木サチ

(それも、牧ちゃんでしょうね)

けーたいの画面をながめる美紀ちゃんの表情を見るだけで、手紙の送り主がわかる。

ぽちぽちと、「けーたい」をいじって、早速返事をしたためる美紀ちゃんは、本当に幸せそう。

もともと穏やかな顔立ちだけど、もっともっと優しい、愛おしげな目をして。言葉を探して小首をかしげる仕草も、うきうきしているような。

榎木サチ

(いいわねぇ、「めぇる」って)

伝えたいことを、伝えたい瞬間に送れるんですものね。送った後もすぐに返事がきて、それにもすぐに返事ができて……。

あの小さな「けーたい」に、交わした「めぇる」がいくつも入っていて、いつでも読み返せるなんて。

榎木サチ

(もし、私が生きている時に、「けーたい」があって、「めぇる」ができたのなら……)

きっと私も、素直に気持ちを伝えられて……。

榎木サチ

(……いえ、たぶん無理ね)

あのころ、書いては破り捨てた便箋の数を思い出して、私は頭を振った。

榎木サチ

(なにに書くかが違うだけで、結局同じことよね……)

相原美紀

……ふふ。

送った「めぇる」に、また返事が来たみたい。美紀ちゃんが、声を出して笑う。

そのまま、楽しそうに教室を出ていった。弾む足取りが微笑ましい。

榎木サチ

…………。

窓の外の蝉の鳴き声に、ツクツクボウシの音色を聞き分けて、私はそっとため息をつく。

夏が終われば、学園祭が目前。

去年も一昨年も、とても忙しそうだった美紀ちゃんだけど……。

榎木サチ

(今年はなんとかなるかしら)

今は、牧ちゃんがいるものね。もうひとりでがんばらなくてもいいものね。

美紀ちゃんにとってはつらい思い出も少なくはない三年間だったかもしれないけど、終わりよければなんとやらかしら。

榎木サチ

(願わくば、美紀ちゃんにとって、素敵な9月になりますように)

窓の外、校庭に美紀ちゃんの後ろ姿を見つけ、私はそんなことを願ってみる。

そして、一瞬の後、人の幸せを願ってばかりはいられないことを思い出す。

榎木サチ

(……その前に、私のことをきっちりしないと)

悔いなき素晴らしい初体験。

ずっと望みつづけたことがもうすぐ、かなおうとしている。ついに、恵が結ばれた二人を見ることができたのだから。

着実に、その日は近づいているみたい。でも、なんなのかしら。そう思うと落ち着かない気持ち、焦りに似た気持ちが胸に湧き起こる。

榎木サチ

(初体験への知識は、手に入れられる。でも、それを迎える勇気が、私にあるのかしら)

私には、未だ、恵に告げられないことがある。それを告げた時、恵がどんな顔をするか、想像しようとするだけで怖くなるけど……。

榎木サチ

(でも、なにも言わずにいることもできないわね……)

少しずつ、少しずつ、勇気を溜めていかないと。

どうなるかわからないけど、前に進まなくっちゃいけない。そのために、春から、結奈さんに会ってから、がんばってきたのだから。

少しずつ、少しずつ、踏み出す勇気を。美紀ちゃんの、あの横顔からも、もらいたい。

自分を変えていく力を得た、美紀ちゃんのあの笑顔から。

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okujou_no_yurirei-san/3013.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)