User Tools

Site Tools


okujou_no_yurirei-san:2622

Place translations on the >s

時計を見る。うん、まだ5分近く余裕がある。

ちょうど、最前列の席が空いていてよかった。ステージのプログラムを見ると、陽香の出番は、演劇部とブラスバンド部に挟まれている。

となると、大きな演目の間で、観客の入れ替えに当たったのか。

私の見つけた席は、ステージのほとんど真正面。音響的にはいい場所ではないかもしれないが、ステージの上の陽香を見るにはいちばんいいところじゃないだろうか。

講堂に並べられたパイプ椅子。そこに腰を下ろした。ここなら陽香の姿が間近で見られる。

そして、どんな言葉も聞き逃さないですむだろう。

ついさっき、演劇部の公演が終わったのだろう。舞台の上では、慌ただしく、書き割りの背景などが片付けられている。

そして、陽香のための準備だろうか。大きなスピーカーが運び込まれている。

周囲では、席を立つ人、その席を見つけて座る人と、観客の入れ替わる様がうかがえる。

できれば、たくさんの人に見てもらいたい。陽香の晴れ姿を。でも。

同時に、私は知っている。これから始まるのは、陽香が私だけのために見せてくれるステージであることを。

その認識は自惚れなのかもしれないけれど。でも、確かに陽香は私にそう言った。

たった一人に向けた愛の歌、私に向けた最高の歌を聞かせてくれると。サイコーのステージを見せてやると。

夏休みの補習最後の日に、そして昨日も、そう言っていた。サプライズであることを忘れているのか、意識もしていないのか。

それでも、本気で私を驚かそうとしているのだろう。それだけは伝わってくる。だから、私もあえてそれ以上聞かず、今日を待っていた。

いつの間にか、ステージの幕が下りていた。

腕時計を確かめる。ああ、もう1分を切っている。

自分の時間を計る感覚には自信があったのに。ステージや周囲の様子を見ているつもりで。

いつの間にか、陽香のことだけを考えていたみたいだ。ステージの変化にも気付かないほどに。

ああ、こんなに、私は。

興奮しているんだ。自分でも気付かぬほどに。そして、緊張しているみたいだ。

これから始まる陽香のステージを、一瞬たりとも見逃さぬようにと身構えながら。

一言たりとも聞き逃さぬようにと。陽香の歌を、言葉を。

さぁ、もうすぐ幕が開く。……はずなのだが。

しかし、幕はなかなか、開く気配を見せない。

なにか、トラブルでも起こっているのだろうか。ステージの進行に余裕はないと思う。好きで遅らせているわけではないのだろうけど。

ああ、こんな時でも、陽香は遅刻してしまうのか。9月になってから、朝はしないようになっていたというのに。

それも陽香らしい。もしかして、まだ、飛び出す勇気が持てないでいるのか。

陽香、がんばれ。見たいんだ、ここから、陽香を。

そう願いながら、ステージを見つめていると。

ああ、なにか幕の向こうで騒ぐ気配がある。動き出している。ようやく、かな。

私が、安堵の息をつくのと同時に。

客席側の照明が落ちて。

ステージの幕がゆっくりと上がり始めた。

有遊愛来

(お……、やっと幕が開くか)

無事に、陽香のステージは始められるみたいだ。それだけで、ほっとしている自分がいる。

幕の上がったステージの中央に、陽香が出てくる。その後ろに、もう二人くらい? 暗くてよく見えないが。

さぁ、なにをしてくれるんだろう。歌を歌うのだろう。陽香が? うまいのだろうか。聴いたことはないから、わからない。

陽香の参加しているバンドのCDは、ゴクヒだそうで、貸してもらえなかった。

有遊愛来

(お楽しみの一環だぜって、言ってたっけ)

それだけ、このステージに気合いが入っているんだろう。でも……。

少し、不安もある。陽香はかなり陽気に振る舞う方だが、あれは自分に勢いをつけるためにしているところもあると思う。

夏休みの間、合宿以外でも何度か会った。少なくない時間、陽香を見てきて、時折、臆病さ、慎重にすぎるところを見せていた。

土壇場で、腰がひける、そんなところが、陽香にはあるように思える。普段の陽気さは、それを突き破ろうとしている、陽香なりの努力ではないだろうか。

その陽香の弱い部分。それがこのステージの上で、出ないといいけど。

有遊愛来

(陽気さも、臆病も、どちらも陽香のおもしろいところだから、それはいい)

有遊愛来

(ただ、せっかくのステージだから。弱気が出て、失敗してほしくないな)

でも。

grpo_bu2

古場陽香

あ、あ、あ……、あの……、えっと、あー……、その、コ、ココ、コバ、ヨーカ……、だ、で、です……。

古場陽香

え、えっと、い、いつもは、その、ス、ストレンジ・マグネットってバンドで、やってて……、えっと、時々、新町とかで、ラ、ライブとか……。

有遊愛来

(ダメみたいだな……)

ああ、ガチガチに緊張しているじゃないか。

古場陽香

キョキョ、今日は、オ、オオ、オリジナルの曲をヨーイしてきていて……。

これでは、まともに歌えそうもない。

grpo_bu1

そのステージ上の陽香の様子を見て、私の周囲、客席から笑い声が漏れる。

……ちょっと、不愉快、だな。陽香はいつでも精一杯やっている。今はそれが伝わらないのが、残念だ。

有遊愛来

(がんばれ、陽香)

有遊愛来

(最高のステージを見せてくれるって約束だろう?)

有遊愛来

(すごい、期待してるんだ。陽香がどんな歌を聴かせてくれるのか)

有遊愛来

(そして、なにを私に伝えてくれるのか、楽しみにしてるんだ、私は)

声をかけることはできない。ただ、陽香を見つめる。期待を込めて。

有遊愛来

(陽香……)

grpo_bu2

grpo_bu1

古場陽香

……!

一瞬、目が合った? 気のせいか?

古場陽香

あ、あ……。

確かめることはできなかった。ライトが点いて、スピーカーから最初に響いてきたのは。

古場陽香

AA愛!

マイクなんて必要ないかと思えるほどの、陽香の声。そして。

響き渡るギターの音。講堂中へと、陽香のピックの動きに合わせて。そして、そこに重なってくる、また、声。

これも、最前列に座ったからだろうか、スピーカーを通してよりも早く、陽香のそのままの声が歌になって、言葉を乗せて、私に届く。

フレーズを一つ、描き終わって。陽香の声が、「いま」と結んだ直後に。

弾けるように、ドラムが飛び出し、ギター、ベース、すべてが織り重なって広がって、そして私の体を叩いてくる。

陽香の声が、そこに重なって、そして、歌になる。歌い上げられる。

それは、愛の歌。歌詞のひとつひとつまで、聞き取れる。どれほどの音の中でも、陽香の声で私に届く。

わかるよ、陽香。

どれだけの想いを、この歌に込めてくれているか。私と話すようになってから、どれほどの時間、陽香がこの想いを抱えていてくれたのか。

この歌となって響くほど。

陽香の歌に包まれながら、私は思い出す。

夏休みに一度だけ、陽香に連れられて、ライブハウスに行った。

初めてでなにもわからなかった私に、陽香はいろいろ教えてくれた。その中でも特に。

印象に残ったのは。

有遊愛来

(いい音、出してたらとにかくノってけ、楽しめ、か)

その時は、いまいち、ピンと来なかった。だけど。

今なら、わかる。

有遊愛来

(いい音、出してるよ、陽香)

立ち上がる。座っていられないから。スピーカーから鳴り響く、ドラムの刻むリズムに、鼓動が早くなる。

自分一人でもいい。かまわない。立ち上がることで。

陽香の声が届いていることを、伝えたい。

今、陽香が歌い上げるこの曲の、最後の一小節まで。

受け止めたい。

これは、陽香が私にくれた歌なのだから。

その声を。

聞き遂げよう。

これは、愛の歌。歌われているのは、陽香の想い。でも、それは私の気持ちと響き合う。

伝わるよ、陽香。叫びだしたいくらい。

歌う言葉の中で積み上げられていった時間、それは。私の中で、陽香の存在がどんどん大きくなっていった時間でもある。

陽香と話す、過ごす、1分ごとに、どんどん興味がわいてくる。その時間がとても楽しい。

話していた時間を価値のあるものに変えてくれる。明日また、会う時を楽しみにさせてくれる時間。

それを、今、陽香が歌ってくれる。

だから、これは、愛の歌。私と陽香のためだけの、歌。

この講堂の中、このステージを見ている者がどれだけいても。

この歌の意味を本当に知ることができるのは、陽香と私だけ。

それは、なんて誇らしいことなんだろう。なんて今は、誇らしい時間なんだろう。

たった数分のステージ。あふれ出す音と陽香の歌に彩られた、わずかな時間。でも。

最高のステージ。私にとって。そして、見事に飛び出して輝く陽香にとって。

最後の声が響き、ギターの音が鳴って、このステージを締めくくろうとしている。ほら、今、最後の音が鳴って。

講堂に、響いていく。吸い込まれるように、消えていく。

その残響をもう一度、陽香の声が、切り裂いて。その、言葉が。

古場陽香

愛来!

届いた。確かに、届いた。私の名前と。

古場陽香

愛してる!

陽香の気持ちが。

まだライトの光があふれてるステージの上から、私に向かって、まっすぐに。

古場陽香

来いよ!

その手が伸びる。

有遊愛来

陽香!

駆け出していた。最前列の真ん中の席から、ほんの数歩。そして、陽香の手を取る。ステージへと、陽香が引き上げてくれる。

どよめきが混じってきた歓声を背中に、あがったステージの上で。

古場陽香

あ、愛来!

息を弾ませている陽香に。

古場陽香

オ、オレ……。あの、愛来のこと……。……!?

私は、抱きつく。そして、間近で、陽香だけに届くように。

有遊愛来

最高だった。

囁く。そして、そのまま。

有遊愛来

ん……!

唇を、重ねる。

ここがステージの上とか、関係ない。学園祭の真っ最中で、講堂に集まっていた全員に見られていることなんて、問題じゃない。

最高の歌を、私にくれた陽香に、ただ、伝えたかった。

有遊愛来

(愛してる……!)

緞帳が下がりきるまで、陽香と、その唇から離れられなかった。

生まれて初めて感じた、気持ちの昂ぶり。

歌、ロック、拍手、歓声、キス、陽香の最高のステージが終わっても。次の準備を始めたい実行委員にステージを追い出されても。

胸の鼓動はいつまでたっても収まらなかった。

grpo

grpo_ef

grpo_bu0

grpo_bu0

grpo_bu0

grpo_bu0

grpo_bu0

grpo_bu2

grpo_bu1

grpo_bu0

grpo_bu2

grpo_bu1

grpo_bu0

grpo_bu2

grpo_bu1

grpo_bu0

grpo_bu2

grpo_bu1

grpo_bu0

grpo_bu2

grpo_bu1

grpo_bu0

grpo_bu2

grpo_bu1

grpo_bu0

okujou_no_yurirei-san/2622.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)