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okujou_no_yurirei-san:2621

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さすがに9月の最初の週は遅刻者が多かったが、それも減ってきた。

遅刻者が多かった理由は、夏休みが明けたばかりで、まだ生活のリズムが戻ってない者が多かったからだろう。

それも学校生活のリズムに戻れば、遅刻者は減ってくる。うん、道理だ。

それに、明日から学園祭が始まる。今週に入ってからは、その準備も佳境に入った。

そのため、朝、早く学校に来る学生が増えた。それで遅刻者も減ったのだろう。

有遊愛来

終わったらまた、増えそうだな……。

遅刻するということを自分に許したくなる気持ちは理解できる。

遅刻をする者もまだ学生だ。特別厳しい罰が科されるわけではない。せいぜい、夏休みなどに補習への出席を義務づけられるくらいだ。

しかし、数分の遅刻で得た時間を、補習への出席で失うことを理解しているのだろうか。それがどれだけの時間の損失になっているのかを。

こう考える自分が、どちらかといえば頭が固い部類に見られるだろうということはわかっている。

しかし、朝の数分を、のちの数時間で支払うという時間の取引は、どう考えても損ではないか?

まぁ、そんなことは言われれば誰だって理解できることだろう。だからといって、遅刻しない生活を実践できるかどうかは、また別の問題と言うのだろう。

有遊愛来

……お。

椿小路の方から、その姿がゆっくりとこちらに向かっているのを確認して、私は腕時計に目を落とす。

表示されている時間は、自分の予想とずれていない。太鼓が鳴るまで、あと、15分はある。

あくびを噛み殺しながら、いかにもまだ眠そうな顔で、のろのろとこっちに歩いてくる。あのペースなら、家を出たのは今から30分ほど前か?

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古場陽香

ふぁぁぁぁ……。

陽香だ。ついに堪えきれずに、大きな口を開けている。

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有遊愛来

少しは、時間の有用さに気付いたのかな?

9月に入ってから、陽香は一度も遅刻をしていない。毎日、それは本当に眠そうだが。

ギリギリに駆け込んできたのは二度くらいだったか。それ以外は、だいたいこの時間に正門をくぐっている。

夏休み中の補習授業がこたえたのか。いや、罰の多寡で反省するタイプでもないと、私は思っている。

だとしたら。

補習中に何度も話をする機会があった。いろんな話をした。その中で、私は何度か、自分の時間に対する価値観を述べたことがある。

感心していたようにも見えなかったが、少しはわかってくれたのだろうか。

私の価値観に共感してくれて、こうして遅刻しないようになったのだろうか。

そうだとしたら、うれしい。

自分の考えを陽香に押し付ける気はなかった。話の流れの中で、言ったことだ。

だけど、それがこうして陽香に響いているなら、うれしい。親しみを感じている相手だから。

古場陽香

愛来、おはよ。

有遊愛来

ああ、おはよう、陽香。

眠そうに、だらっとした歩調で、陽香は正門をくぐり、私の隣を通り過ぎていく。さすがに、仕事中だから話もできない。

こうして、挨拶を交わすだけ。

有遊愛来

ふふ。

たぶん、まだのろのろとした歩みで玄関ホールへと向かっているんだろう。私の目は正門の外に向かっているからわからないが、想像はつく。

しゃきっとしろとは言わないし、思わない。遅刻をしないための行動に費やした時間をどう使うかは、陽香の自由だからだ。

もうすぐ、玄関ホールに入るころだろうか。きっと、眠い目をまだこすってる。また、あくびしているかもしれない。

そんな姿を想像するだけで、楽しくなる。本当に興味深い友人だ。

陽香。夏休みの補習の最終日。

どういうつもりか知らないが、言ったことは憶えている。学園祭のステージから告白してくれるんだろう? とびきりのサプライズに。

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もう、明日か。

なにがあっても、聞きに行こう。最前列で、陽香からの歌と言葉を待っていよう。

どんなステージを見せてくれるのか、それは想像がつかない。でも、そのことを考えると、明日がとても楽しみになってくる。

陽香はいったい、私になんて言ってくれるんだろうな。そのステージの上から。

昼休み。最近は当たり前のように、陽香と一緒に、学食で昼食をとるようになっている。

私に仕事がある場合は別として、廊下などで適当に待ち合わせして、学食に向かう。

陽香は学食や購買で昼食を買うことが多く、私はお弁当と登校途中で買ってくる場合が半々。

そのまま、学食で席を見つけて、昼食を取り、午後の授業が始まるまで、会話を楽しむ。

話題は、その日によって様々で。お互いの音楽の趣味や、好きな食べ物。

私はアイスが好物だと伝えてあるから、その関連の話題、陽香は炭酸飲料とフライドチキンが好きだと言ってた。

昨日見たテレビの話題、お互いの得意科目とか。陽香は英語のヒアリングは好きだと言っていた。私は物理。変な顔をしていたので、きっと陽香は苦手なんだろう。

好きなアクセサリーとか、ファッションとか。いろんなことを話し、お互いの趣味、趣向を確かめる。

とにかく、陽香がいろんな話題を振ってきてくれる。会話が途切れるのがまだ怖いと思っているようだ。

それとも、無言の時間を、私が無駄だと感じていると思っているのだろうか。安心していいのに。陽香と話す時間は無駄ではない。

古場陽香

そんでさ。あー、なんだっけ?

有遊愛来

陽香のバンドの仲間の話だろう? 帰りの電車でどうなったって?

古場陽香

そうそう、ひどいザマだったんだってさ。駅に着くたびに、トイレに駆け込んだって。

有遊愛来

気の毒だと思うが、同情まではできないな。

古場陽香

オレは単純に笑ったぜ。急行に乗ってたら絶対にぶっ倒れてたって言ってるしさ!

なるほど、陽香の周囲には、彼女にふさわしいというか、おもしろい人間が集まっているらしい。

陽香が参加しているバンドのメンバーは、陽香以外は学生ではなく、年上らしい。破天荒な言動をする人もいるらしく、少なからず影響を受けているみたいだ。

そんな話もしながら。ここ数日、気になっていることもある。

有遊愛来

陽香。

古場陽香

ん?

有遊愛来

もうすぐ、昼休みも終わるぞ。また残すのか?

古場陽香

あ、ああ……。んー、なんか、ここんとこ、食欲がなくってさ……。

陽香の前には、まだチキンカツカレーが4分の1ほど残っている。

言う通り、食が進まないようだ。今週に入ってからずっとそうだ。

古場陽香

カレーもチキンも好きだから、今日はイけると思ったんだけどなぁ……。

有遊愛来

残すくらいなら、私がもらおうか?

古場陽香

え、ええ!? あ、い、いいけどさ。そ、それじゃ、スプーン、新しいのもらってきて……。

有遊愛来

いや、このままでいいよ。

古場陽香

お、おう……。

スプーンが乗ったままの皿を、陽香の目の前から引き受ける。

スプーンを手にして、カレーの残りをすくって、口に運ぶ。陽香がじっとこっちを見てくるのが、おもしろい。

口を付けたスプーンくらいで、そんなに陽香が緊張することなどないのに。ただ、その反応が見たかったのはある。予想以上に、息を飲んで私を見ている。

有遊愛来

うん、おいしい。学食のカレーは初めて食べるな。

古場陽香

そ、そっか。

有遊愛来

食欲がないみたいだが、体調でも崩したか?

古場陽香

そ、そんなことはないんだけどな。なんかこう、胃のあたりが重くってさ。おっかしーなー。

だいたいはわかる。陽香の食欲不振の原因は、おそらくプレッシャーだろう。聞いてはいないが、夜はちゃんと眠れているのだろうか。

いよいよ、明日は学園祭で、陽香のステージ公演もある。それに、例のサプライズ。プレッシャーを感じていてもおかしくない。

有遊愛来

陽香、つかぬことを聞くが。

古場陽香

ん、なんだ?

有遊愛来

陽香は、遠足の前日とか、よく眠れた方か? ここの入試の前とかはどうだった?

古場陽香

あー、さぁな。昔のオレはもう死んでるから、よく憶えてねぇ。

有遊愛来

ふふ、そうか。

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「昔のオレは死んだ」、か。

陽香はよく、この言葉を使う。それだけ、今の陽香とは正反対か、もしくはかけ離れていたんだろうと予想はつく。

中学で一緒だったという結奈に聞けばわかるだろうけど……、やめておこう。いつか、陽香が話してくれるのを楽しみにしておこう。

ロックに出会って、オレは生まれ変わった。そう言うのを何度も聞いている。そうなんだろう。

よほど、ロックが陽香にはあっていたんだろう。おそらく、変わりすぎるほどに、自分を変えることができたんだろう。今の陽香を構成する重要な部分にはまっている。

そのロックの攻撃性が、陽香のこの陽気な行動力の源になっているんだと思う。

そう、陽香には行動力はあると思う。私に友達になろうと言ってきた時のような、思い切った行動の底は、彼女のロックなんだろう。

でも、ロックの力を借りなければ突破できないほど、緊張感やプレッシャーに対して、うまく対処できていないところがあるように思える。

思い切った行動を取る前に、過度にプレッシャーを感じすぎているような。

そんな陽香が。

果たして、明日、ステージの上から私に、告白なんてできるんだろうか。今、陽香が感じているプレッシャーは、彼女にとって並大抵のものではないだろう。

これまでの私の知っている陽香なら、五分五分、かな。

なにもできずに終わってしまうかもしれない。告白とかはできないかもしれない。でも。

うまくやりおおせてしまうかもしれない。本当の土壇場での陽香の行動力を、私はまだ、知らないから。

うん、私は期待している。楽しみにしている。

明日、ステージの上から、陽香が私になんと言ってくれるのか。

そして、私がそれに、なんと応えるのか。感動するんだろうか、思わず笑ってしまうんだろうか。恥ずかしくて逃げ出したりするのだろうか?

わからない。わからないから、とても興味がある。だから、楽しみだ。

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有遊愛来

陽香。

古場陽香

ん? お、おお?

有遊愛来

明日、がんばれよ。

古場陽香

お、おお……。ま、まかせろ……。

有遊愛来

……ふふ。

本当に、すごいプレッシャーを感じているようだ。今の一言で、もう少し、増えたかもしれない。

でも、本当にがんばれ。

見てみたいんだ、明日の陽香を。そして、明日の私を。

古場陽香

よ、愛来! おつかれさん。

有遊愛来

陽香。

ようやく、今日やるべき、明日のための準備も全て終わって、正門を出ようとしたところだった。

そこで待っていた陽香が、私に声をかけてきた。

有遊愛来

どうした、こんな時間まで。

古場陽香

あ、いや、愛来を待っててさ。

有遊愛来

私を?

陽香は部活をしていないはず。私は自分の時計を見て、時間を確認する。もう、6時に近い。

明日の学園祭の準備のため、今日の授業は午前中で終わりだった。それから、5時間近く待っていたのか?

有遊愛来

ずっとここで待っていたのか?

古場陽香

あ、いや。ほら、オレもステージがあるからさ。リハーサル、ずっとやってたから。

有遊愛来

ああ。

古場陽香

オレの持ち時間、5分もないんだぜ。それなのに、ずっと付き合わされてたんだ。いや、タイクツだったぜ。

有遊愛来

そうか。大変だったな。

まぁ、5分の公演時間の申請が通ってしまうというのもどうかと思うが。前後の舞台の入れ替えの時間の方が多そうだ。

しかし、その5分のためでもリハーサルは必要だし、今日、講堂で行われていたのは、二日分のステージの進行の確認だったはず。

自分の順番が来るまで、たいそう待たされたことだろう。

古場陽香

ま、自分の番が終わったら、さっさと抜けてきちまったけどな。

有遊愛来

そうか。それで、ここで待っていたのか?

古場陽香

ああ。そんなに待たなかったぜ?

有遊愛来

ならいいんだが。それで? なにか私に用か?

古場陽香

ああ。ちょっと言いたいことがあってさ。

有遊愛来

ん? なんだ?

古場陽香

お、おう……。

言いたいことがあると言いながら、陽香はそこで、少しの間、押し黙る。

きっとまた、言い出すための力を溜めているんだろう。

さぁ、今はなにを言おうとしてるのかな。

古場陽香

あ、あのさ。

有遊愛来

うん。

古場陽香

オ、オレさ、明日はすげぇキアイ入ってっから!

有遊愛来

……そうか。

私と話している時によくある、陽香の勢い込んだ声。

古場陽香

サイコーのステージにしてみせる、見せてやるぜ!

有遊愛来

ああ。

ああ、これは助走なんだ。陽香なりの。思い切って飛ぶための。

古場陽香

ゼッサンお楽しみにだぜ! 最前列で待ってろよ、愛来!

有遊愛来

ああ。

押し潰されそうなプレッシャーを跳ねのけて、予想もつかない行動へと出る時の。

有遊愛来

楽しみにしてるよ。

だから、私も協力する。今、ほんのちょっとだけ、プレッシャーを加えて。より、陽香がそれを跳ねのけて、高く飛べるように。

そして、それをちゃんと見届けよう。明日は、絶対に時間を作って、最前列で陽香のステージを待っていよう。

古場陽香

おう、心しとけ!

ああ、笑っている。少し、引きつっているけど。そうして、走っていく。私とは反対の方へ。

まだ、あと一日、陽香の本番までは時間がある。きっとこれからもっと、プレッシャーを感じることだろう。

でも、がんばれ。本当に、私は楽しみなんだ。

久しぶりに、いいやもしかして、今まででいちばん、興味を抱いている。

明日の午後、陽香のステージの一瞬に。

その瞬間の、陽香と、私に。

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okujou_no_yurirei-san/2621.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)