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okujou_no_yurirei-san:2024

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久しぶりの休憩所だった。あの日とちがうのは、天気と気温。梅雨の真っ最中だったあの日とちがって、今日は暑く、日差しも強い。

カーテンが遮っているものは、あの日は雨の音だった。今日は日差し。

変わらないのは、ここにいるわたしたち。牧ちゃんと、わたし。ここは二人だけの場所だから。

相原美紀

ここに来るのも、ずいぶん久しぶりね。

牧聖苗

……はい。

そう、あの日からずっと、ここには来なかった。どちらからも、行こうとは言わなかった。

あの日までと同じように、毎日のように、放課後、一緒にいろいろ仕事をしてきたのに。いろんな用事をわたしが引き受けて、それを牧ちゃんと一緒にしてきたのに。

どちらからも、言い出せなくなった。ここに、行こうって。

牧ちゃんが見つけてくれた、秘密の場所、休憩所。初めてここに連れてきてくれた時は、本当に驚いた。

そして、うれしかった。牧ちゃんががんばって、ここを見つけてくれたことが。それを教えてくれたことが。

そして、楽しかった。ここで過ごす時間が。いつの間にか仕事が舞い込んで積まれていくのを気にすることなく、二人でいろいろ話す時間。

確かに、ゆっくりできる時間が過ごせた。サボりたいわけじゃないけど、疲れたなって時に、ここに来れる、それだけでずいぶん、気持ちが楽になる。

ちゃんと仕事、用事を終わらせた後、ここで過ごすゆっくりとした時間。

一生懸命、いろんな話をしてくれる牧ちゃん。それに相づちを打ちながら、自分からもいろいろ話した。お互いのこととか、関係ないこととか。

そういうおしゃべりを、いつの間にかわたし、忘れていたんだなって、思った。

そんな時間を、場所を。

あの日、壊してしまったんだと思った。

誰が? わたしにキスをした牧ちゃんが?

相原美紀

(ううん、ちがう。きっと、それは……、そうしたのは……、わたしの方)

相原美紀

ね、座りましょう。

牧聖苗

………………。

部屋の奥まで、休憩所まで、入ってきたきり、牧ちゃんはほとんどずっと黙ったまま。立ち尽くしてる。

わたしより背の低い、一年生の女の子。今みたいに少し、うつむかれてしまっては表情をうかがうこともできない。

そんなふうに、してしまったのはわたしなのに。それでも、今は、その顔が見たくて。

わたしは先に、ソファに座った。こうすれば、牧ちゃんの顔が見られる。見える。

ソファに腰掛けて見上げれば、その顔が。固くなった表情、きゅっとつぐんだ唇。

こんな顔、自分でも覚えがある。なにかにおびえて、怖がって、それでもそれを待ち受けるような顔。

あの日以来ずっと、わたしは牧ちゃんにこんな顔をさせてしまっていたんだ……。

相原美紀

ね、牧ちゃん。座って。

牧聖苗

……はい。

小さな声で返事をして、牧ちゃんはわたしの隣に腰を下ろした。そうするとまた、うつむいてしまった顔は見えなくなる。

どうしたら、いいんだろう。

牧ちゃんにこんな顔をさせたかったわけじゃない。

ただ、わたしは……。

わたしは、わかってほしかった。わたしが、こういう人間だってこと。

誰かにわかってほしかった。それは、昨日、遠見さんに言ったことと同じ。

他人からどう思われるのかを気にしているだけだということを。いつも、誰かからの用事を引き受けているのは、善意じゃない。

ただ、よく思われたいだけ。悪く思われたくないだけ。

そういう人間だってことをわかってほしかった。みんなにじゃない。そう。

牧ちゃんにだけには。この子だけには。

素直で、まっすぐな、かわいい後輩。妹みたいな一年生の女の子。わたしのことを、真っ赤になりながら、好きだって言ってくれた子。

だから……。

あの時、あの瞬間、目が覚めた時、目の前に顔があって、唇が触れ合っていたと気付いた瞬間。

あんなにも、ショックを受けたんだ。

牧ちゃんまで、わたしに押しつけてくるんだって。わたしの内心を無視して、ただ、押しつけてくるんだって。そう考えてしまった。

でも。

わたしは、どうだったのかな。

相原美紀

ねぇ、牧ちゃん。

牧聖苗

はい……。

消えてしまいそうな声。うつむいたまま、手をぎゅっと膝の上で握りしめて。

相原美紀

あのね……。

伝えなきゃ。自分の思ってることを。牧ちゃんにわかってほしいことを。

相原美紀

あの日のこと……。牧ちゃんがわたしにキスしてくれた時のことなんだけどね。

牧聖苗

っ……!

牧ちゃんの体が、一瞬、震えた。やっぱり、そのことだよね、わたしたちの間にひっかかってしまったのは。

相原美紀

本当に、怒ってるわけじゃないの。びっくりした、だけなの。

牧聖苗

で、でも……!

牧聖苗

先輩、な、泣いてて……。それで、わたし……、と、とんでもないこと、しちゃったんだって、思って……。

相原美紀

あのね、牧ちゃん……。

相原美紀

牧ちゃんがキスしたこと、わたし、怒ってるわけじゃないの。ほんとよ。でも、ね……。

相原美紀

なにも言わずに、寝ているうちにいきなり、キスされたら……、やっぱりびっくりしちゃうわ。

牧聖苗

はい……。ご、ごめんなさい……。

相原美紀

でもね、わたしも……、きっと、牧ちゃんに悪いこと、ずっとしてたと思うの。

牧聖苗

え……?

相原美紀

牧ちゃんはいちばん最初に、わたしのこと、好きだって言ってくれたものね。でも、わたしは友達からって言って……。

相原美紀

その後ずっと、牧ちゃんがどうして、わたしを好きだって言ってくれたか、それを考えようとしなかったの。

相原美紀

牧ちゃんの好きって気持ちを、ずっと考えてあげられなかったって思ったの。

相原美紀

それなのに……、キスされたからって、それでびっくりしたからって、牧ちゃんのこと、わからないって思ったらダメよね。

牧聖苗

先輩……。

相原美紀

わたし、もっと、牧ちゃんのこと、知らなくちゃダメよね。ごめんね、勝手な先輩で。

牧聖苗

そ、そんな! そんなことないです!

ああ、やっと。すごい、久しぶりに。

牧ちゃんの顔を、見られた気がする。すぐ隣の、こんなに近い場所で。あの、いつもの明るくて元気のいい笑顔は戻っていないけど。

わたしをまっすぐに見つめてくる目を、見られた。

相原美紀

わたし、もっと牧ちゃんのこと、知りたいわ。今までよりも、もっと。そして。

相原美紀

わたしのことも、牧ちゃんに知ってほしいの。

相原美紀

ねぇ、牧ちゃん。教えてくれる? そして、わたしのこと、もっと聞いてくれる?

相原美紀

わたし、牧ちゃんともっと、そういうこと話したいの。

牧聖苗

せ、先輩ぃ……!

相原美紀

ま、牧ちゃん!?

ぼろぼろと、牧ちゃんの両目から涙があふれてきていた。いつの間にか、わたしの手、握りしめながら。震えた手で、握りしめながら。

牧聖苗

わ、わたし、今日、別れ話されるのかと思ってた……。

相原美紀

ええ? そ、そんなこと……。

牧聖苗

もう、きらいって言われるかと思ってた……。もう、ついてこないでいいって言われるかと……。

相原美紀

そんな……。

牧聖苗

そんなこと、言われたら、どうしようかって……。

相原美紀

そう……。ごめんね、不安にさせちゃって。そんなこと言わないわ。ね、だから泣きやんで。

牧聖苗

うう……、はい、はい……。

牧ちゃんの手を、わたしは自分から握りなおす。わたしより、小さな手。ずっと不安だったんだ。そんな、震える手。できるだけ、やさしく、包むように。

相原美紀

もうすぐ、夏休みよね。

牧聖苗

は、はい……。

相原美紀

わたし、夏期講習とかあるし、牧ちゃんも予定があるかもしれないけど……。

牧聖苗

はい……。

相原美紀

もし、よかったら、どこかに遊びに行かない?一緒にお昼を食べに行くだけでもいいな。ね……?

牧聖苗

それって……、デート、ですか……?

相原美紀

デート? ……うん、そうね。デートしましょうね。

牧聖苗

せ、先輩……。

まだ、涙がいっぱいたまった牧ちゃんの目、不安で泣いていた顔に、少しだけ、笑顔が戻った。その笑顔に、わたしもほっとした感じを覚える。

わたしのこと、好きって伝えてくれた牧ちゃん。わたしも、牧ちゃん、あなたが好き。きっと、妹がいたらこんな感じって思う、大切な後輩で友達。

それが、牧ちゃんがわたしに向けてくれる好きとつながっていくか、まだ、わからない。

今のわたしの好きが、恋なのか、恋になっていくのか、わからない。わたしは、恋をしたこと、なかったから。

だけど……。

少しでも、牧ちゃんの気持ちに、近づいていけたらいいなって、思う。それくらい、牧ちゃんはわたしにとって、大切な人だから。

牧聖苗

先輩……。

相原美紀

美紀、でいいわ。

牧聖苗

美紀、さん……。

誰よりも、わかってあげたくて。誰よりも、わたしのことをわかってほしい。あなたはそんな人だから。

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okujou_no_yurirei-san/2024.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)