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okujou_no_yurirei-san:2023

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今日は、一人。

いつも隣を、……ほんのちょっと後ろを歩いてついてきてくれた牧ちゃんがいない。

家の仕事の手伝いを急にしなくちゃいけなくなったからと言って、放課後になってすぐに帰ってしまった。何度もあやまってくれながら。

少しだけ……、ほっとした気持ち。そして、さびしい。

あの日からずっと、あまり話しかけてくれなくなった牧ちゃん。ずっと、自分を責め続けているみたい。そんな、らしくない牧ちゃんの姿を見ないですむ。

それが、ほっとした気持ちを感じている理由。勝手だな、わたし。牧ちゃんをそんな気持ちにさせているのは、わたしにも原因があるのに。

そして、それでも牧ちゃんがいないとさびしいなんて思うなんて。

相原美紀

……っと、いけない。

手が止まってた。いくつ、束を組んでいたかも、忘れてしまってる。

相原美紀

………………。

小さな、ため息が出る。気を取り直して、束を数え直し、プリントの組み合わせにミスがないか、確認しようとした時、だった。

「あの、手伝いましょうか?」

相原美紀

え?

声のした方を振り返った。教室の入り口。ポニーテールに髪をまとめた、二年生の女の子の姿。

相原美紀

えっと、あの……。

遠見結奈

あ、二年の遠見、です。佐竹先生に、手伝ってあげてほしいって言われて。

遠見……、さん? 佐竹先生に頼まれた? 確かに、このプリント冊子作りは、佐竹先生に頼まれたことだけど。

どうしよう、そんなふうに悩むこともなかった。いつものように、答えは勝手に出てきていて。

相原美紀

あ、ああ、そうなの。でも、大丈夫よ、これくらいすぐに終わるから。

すぐには……、終わらないけど、このまま一人でできない量じゃない。誰かに無理をお願いしなくても、平気。

だから、そう、答えた。だけど。

遠見結奈

あ、気にしないでください。私も暇でしたから。二人でやった方が早いですよ。

その遠見さんは、そう言って、教室の中に入ってきて。そのまま、わたしがプリントの山を積んでいる机までやってくる。

……ここまで言ってくれるなら、断るのもかえって悪いかな。結局、そう考えてしまう。

相原美紀

そう? ……そうね、それじゃ、ちょっと手伝ってもらえる?

遠見結奈

ええ。

遠見さんは、プリントの山をざっと見回してから。

遠見結奈

まず、先に全部、束を作っちゃいますか?

相原美紀

ええ、その方がよさそうね。

遠見結奈

それじゃ、こっちの机に、1ページ目から順番に並べちゃいましょう。

相原美紀

ええ。

うわ、すごいな、この遠見さんって。あっという間に、作業の段取りを計ってしまったみたい。

わたしも、こういう作業の効率のいいやり方はわかる。遠見さんの言うことに反対はないし、提案してくれたように、プリントの山を並べ直して。

ホッチキスで止めるだけの束を、組んでいく。

遠見結奈

これって……、一年生の授業用ですね。

相原美紀

そうみたいね。

しばらく、お互いに無言で束を作っていて、交わした言葉は少なくて。

遠見結奈

ホッチキス、いくつあるんですか?

相原美紀

え? ああ、一つしか預かっていないの。

遠見結奈

それじゃ、先輩、そろそろ束を止めていってもらえますか? 私が残りの束を作っていきますから。

相原美紀

ええ。

わたしは、組み上がった束を、ホッチキスで止めていく。紙の擦れる音、ホッチキスのパチ、パチという音。

木の建材が多い奥校舎の教室に、響いていく。

少しずつ、プリントの山が低くなっていき、かわりにホッチキスで止めて完成したプリント冊子の山が高くなっていく。

少し、落ち着く気がする。積み上がってた未着手の山が減って、完成したものが増えていく、この感覚。

なんだか……、自分が仕事人間みたいな気がするけど。

相原美紀

これで全部ね。

遠見結奈

ええ。そうみたいですね。

余ったプリントの端数だけが、机の上に残っていた。後は全部、組み上げて止められた冊子。

すごいな……、1時間、かからなかったかしら。

相原美紀

ありがとう、ええと、遠見さんよね? ずいぶん早く終わっちゃったわ。

遠見結奈

いいえ。でも、これ、一人だと大変ですよね。

相原美紀

そうかもしれないわね。だから、助かっちゃった。

本当に助かった。今日は、もう、これしかできないかなって思ってたから。他の仕事は明日にしようかと思ってた。

そして、その手際の良さを見て、思い出した。手伝ってくれた、この二年生、遠見さんのこと。

相原美紀

そう言えば、遠見さんって、前にもこうして、手伝ってくれたこと、なかった?

遠見結奈

あ……、えっと、あります。去年ですけど。私が手伝ってもらったんです、相原先輩に。

相原美紀

そうだった? でも、遠見さん、今日もとても手際がよくて助かったわ。それで、思い出したの。

遠見結奈

そうですか……。

ずっと前のことだけど。ほとんど話もしなかったし、名前を聞いただけだった気もするけど。

遠見結奈

私も、先輩のこと、憶えてましたよ。とても、助かったの、憶えてます。それに……。

遠見結奈

相原先輩、すごい有名ですから。

相原美紀

あら、そう?

有名……。確かに、そうなのかな。この子もわたしのこと、知ってるくらいに。

遠見結奈

ええ。いつも、放課後とか、こういうことしてるじゃないですか。けっこう、学校の中で見かけますし。

相原美紀

そうかな……。なんだか、ちょっと恥ずかしいわね。

苦笑するしか、ない。どういう有名なんだろうって。遠見さんの顔を見る限り、いい意味ばっかりじゃない、それはわかってる。

遠見結奈

……これ、先生のところに届ければいいんですよね。私、持って行きますね。

相原美紀

あ、一人じゃ無理よ。ここまで持ってくるのだって、大変だったんだから。わたしも手伝うわ。

遠見結奈

でも……。

プリントも、ここまで山になれば、けっこうな重さになる。二人なら、そんなにつらくないだろうし。

それに、手伝ってくれた遠見さんに、全部運んでもらうなんてさせられない。

座っていた椅子から、立とうとして。プリント冊子を抱えるために、立とうとした、時。

遠見結奈

これ、相原先輩が頼まれる仕事じゃないですよね?

相原美紀

え……?

一瞬、遠見さんがなにを言ったのか、すぐにわからなかった。

遠見結奈

一年生の授業用のですよね? 先輩、関係ないじゃないですか。

遠見結奈

完全に、ただの雑用ですよね。……どうして。

遠見結奈

どうして、先輩がやらなきゃいけないんですか?

でも、少しずつ、なにを言ってるのか、伝わってきた。思ってもみなかった言葉。いきなり、そんなことを言われるなんて。あまり面識のない、遠見さんに。

相原美紀

え、えっと……。

相原美紀

ごめんなさい、手伝ってもらうの、大変だった?

遠見結奈

いえ、それは全然。ただ、聞きたいんです。

遠見結奈

どうして、先輩、毎日こんなこと、いろんな人のこと、手伝ってるんですか?

相原美紀

………………。

遠見結奈

整美委員会の仕事なら、わかります。でも、まったく関係ないことまで、押しつけられて。

遠見結奈

疑問に思わないんですか? 考えたりしないんですか? どうして、自分がやらなきゃいけないんだろうって。

遠見結奈

こんなの、先輩が引き受けなかったら、他の人に頼むなり、自分でやるなりすることですよ?

遠見結奈

先輩が引き受けちゃうから、みんな、頼むんです。頼っちゃうんです。簡単なことまで押しつけちゃうんです。

遠見結奈

いいように使われてるって思わないんですか……!?

相原美紀

………………。

わたしは、遠見さんの顔を見てた。

なんで、彼女がこんなこと、言うんだろう。そう、思って。なぜ、こんなことを言ってくるんだろう。そう、考えて。

相原美紀

………………。

そして、なんて答えればいいんだろうって。

遠見さんはきっと、当たり前のことを言っている。でも、なぜ、それを言わなきゃいけなかったんだろう。

たぶん……、きっと、わたしの答えを知りたいんだろう。そう、思った。遠見さんが言った通り、わたしはきっと、彼女の中では不思議な存在なんだろう。だから。

わたしがなんで、いつもこういうことをしてるのか、知りたいんだろう。

……どう、答えればいいのかな。考えたけど……、結局。

相原美紀

あの、ね……。

少し、迷いながらも。

相原美紀

そういうこともあるかなって、わかってはいるんだけどね……。

わたしは。

相原美紀

きっと、わたし、ね……。

素直に、自分のことを、吐き出した。

相原美紀

誰かの力になりたいとか、そんなんじゃなくて……。ただ……。

どうして? そんなのわからない。ただ。

相原美紀

もし、断ったりしたら、気を悪くするかな、とか……、わたしのこと、冷たい人間だと思われたりしないかな、とか……。

相原美紀

期待通りじゃなかったな、とか……。そういうふうに思われたくないだけなのかもね。

率直に聞いてきてくれた遠見さんに、聞いてほしかったのかもしれない。

相原美紀

わたし、きっと……。

相原美紀

誰かの手伝いをしたりすることで、よく思われたいんじゃなくて……。

相原美紀

断ることで、悪く思われたくないだけなんだと、思う……。だから、断れないんだと、思うの。

相原美紀

そんなこと、考えているんだから……、わたしを便利に使ってる人に、どうこう言えるわけ、ないかな、って……。

わたしのことを。

相原美紀

遠見さんの言ったこと、間違ってないと思うわ。でも、どうしても、引き受けてしまうの。断れないの……。

相原美紀

ほんとはね、時々、思ったりするの。

相原美紀

遠見さんが言ったことじゃなくて。なんで自分がってことじゃなくて。

相原美紀

わたしが、こういうこと、思って引き受けてるんだって、だれか、わかってくれないかなって……。

相原美紀

勝手なことなのにね。誰かに、自分のこういうところを、聞いてほしいなって、思うの。

相原美紀

ほめてほしいとか、間違ってるって言ってほしいとかじゃないの。ただね。

相原美紀

聞いてほしいなって、思ったりはするの。するんだけど、ね……。

遠見結奈

そんなこと……。

遠見結奈

言わなきゃ、わかんないんです。自分が、どう思ってるか、なんて。他人が、どう思ってるか、なんて。

遠見結奈

言わないまま、言ってくれないまま、なんて、きっとどうにもなんないんです。

相原美紀

あ……。

すごい、苦しそうな言葉、だった。そう、聞こえた。

それと同時に、遠見さんはプリント冊子の山を抱え上げた。椅子に座ったままのわたしが呆気にとられるくらい。

重たそうだったけど、持ち上げて。そして。

遠見結奈

言わないままでいるだけ、知ってしまった時に、つらくなるんだから……。

小さな声で、そう、言い残して、教室を出て行った。

わたしは……、すぐに立ち上がることができなかった。すぐに立ち上がれば、追いつくはずなのに。

なぜか、追いかけてはいけない気がして。そして、追いかけることができなくて、わたし自身が。

遠見さんの言葉に、傷つけられたという気はしない。むしろ。

言ってしまった遠見さん自身が、とても、つらそうだった。そんな声に、聞こえた。それは、きっと。

彼女もわたしと同じか、似たような、吐き出せない気持ちがあるんじゃないかな、そんなふうに思えた。

彼女の問いに、答えてしまった分だけ、きっとわたしはましだったのかもしれない。

わたしの答えを聞いてしまったぶんだけ、彼女の方が苦しさが増したのかもしれない。

一人、残された教室で、わたしはやっと立ち上がり、余ったプリントと、ホッチキスを片付ける。

相原美紀

言わなきゃ、わかんない、か……。それは、そうよね……。

でも、誰にも言ってこなかった。ただ、黙って、他人を受け入れてきた。

そんなふうにしてきてから、今日初めて、それを口に出したと思う。

でも、それは。

伝えたい人にでは、なかった……。

わかってほしい人にでは、なかった。

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okujou_no_yurirei-san/2023.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)