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okujou_no_yurirei-san:2021

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窓から響いてくる雨の音。

けっこう強く降ってるのに、ガラスが一枚あるだけで雨音はずいぶん、柔らかく聞こえる。カーテンを閉じてるのもあるのかな。

今日は久しぶりに、放課後の仕事が早く終わった。だからこうして、下校の時間が来るまでの間、この休憩所で先輩と二人きり。

まぁ、早く終わらせたってのもあるんだけど。頼まれて積み上げられた仕事の最後の一つが終わった瞬間に、相原先輩の手を引っ張って、ここに誘った。

だって、あとちょっとでも、教室に残っていたら、また誰かに見つかって、なにか頼まれそうな予感がしたんだもの。

そんな小さな努力のおかげか、ここに来るまでの間も誰にも見つからず、声もかけられなかった。うん、ラッキー。

夕べのテレビのこと、朝ご飯の時にやっちゃったわたしの大失敗とか、そんなこと。先輩、笑ってくれて、楽しんでくれてはいたけど。

でも、せっかくの話のネタがちょっと空振り気味に終わっても、別に悔しくない。

だって今、こうして先輩と二人っきりでここにいられるんだから。

5月のテストが終わった日に見つけた、この休憩所。先輩と二人だけの秘密の場所。

ここに来ちゃえば、誰にも見つからない。誰からも、仕事を頼まれることもない。二人でお茶とか飲みながら、時々、お菓子を食べながら、ゆっくりとおしゃべりできる場所。

先輩も気に入ってくれたみたいで、今日みたいに早く仕事が終わった日には、どっちが誘うわけでもなく、ここに来るようになった。

そして、ソファに座って帰る時間が来るまで、ゆっくりおしゃべり。先輩のこと聞いたり、わたしのことを話したり。

うれしい。こんな場所が見つけられるなんて。学校の中の秘密の場所。大好きな学校の中で、大好きな先輩と一緒にいられる場所。

そう、ここなら、今みたいに雨の音を聞きながら、ゆっくりとした時間を過ごせる。

昼休みや放課後の大半は、先輩と二人といっても、それは仕事の時間。

整美委員会の仕事、先輩が頼まれちゃう先生や他の人の手伝い。

ほんとに、先輩とわたしがやらなきゃいけないこと? なんて思ったりもするけど、先輩が引き受けちゃうんだから仕方ない。

わたしだって、先輩に出会ったきっかけが似たようなものだから、文句言えないし。

そして、まだまだ新米のわたしは、足を引っ張らないように、ミスしないように、先輩の手伝いをすることしかできない。

おしゃべりしようにも、緊張してて、そんなことできない。おしゃべりしながらの手伝いでミスなんかしたら、先輩をがっかりさせちゃうかもしれないし。

そんなのやだから、手伝いの最中は、まじめにやってる。時々話すこともあるけど、やってることの質問だったり、先輩からの指示だったり。

ここでおしゃべりするようなこと、話せない。だから、ここがとても大事な場所になる。

気兼ねなく先輩も一緒に、いろんなおしゃべりができる場所。それがここ、二人の休憩所。

今日の話のネタはちょっと不発だったけど、それもきっと、天気のせい。雨の音、なんか落ち着くんだもん。

もうすぐ下校時間だけど……、もっとずっと、二人でこうして聞いていたいな……。

牧聖苗

ね、先輩……。

そんな自分の中でわき上がってきた気持ちを伝えたくて。うん、そうねって言ってほしくて。

隣に座る先輩の方に声をかけてみたら……。

牧聖苗

あ……。

相原美紀

………………。

え、いつからだったんだろう。

先輩、肘掛けを枕にして、眠っていた。ちょっと窮屈そうかも。ソファの真ん中くらい、座っていた場所から、そのまま横に倒れ込んで。

牧聖苗

先輩……?

相原美紀

………………。

もう一回、声をかけてみるけど、返事はなくて。

牧聖苗

えっと……。

どうしよう。起こした方がいいのかな? でも……。

今、すぐに聞いてほしい話はない。ちょっと思いついたことに、うなずいてほしいだけだったから。

牧聖苗

疲れてたのかな……。

今日もいっぱい、仕事や手伝いがあったから。ここに来たかったから、がんばって片付けたから。

終わったら休憩所でゆっくりしましょうねってわたしが言って、先輩もそうねって言ってくれて、それで二人で一生懸命、仕事をしたから。

それに……、先輩は三年生だもん……。受験勉強とかもあるんだろうし……。

牧聖苗

受験、かぁ……。

先輩、言ってた。整美委員会の活動も秋には引退するって。受験勉強もあるからって。受験……、そして。

牧聖苗

卒業……。

どうしよう、急に寂しくなってきた。怖くなるくらいの寂しさ。

来年の春には、先輩は卒業してこの学校からいなくなっちゃう。

もう、あと一年も一緒にいられないんだ……。

牧聖苗

先輩……。

たった、それだけしか一緒にいられないのに。

いつの間にか、わたしは座っていた場所から立ち上がり、寝ている先輩のすぐそばに立っていた。

肘掛けに頭をもたれさせて眠っている先輩の顔のすぐそばに。床の上にぺたんと膝をつけば、先輩の顔はすぐそばで。

牧聖苗

あと、どれくらいの時間、ここで先輩と一緒に過ごすことができるのかな……。

さぁーっていう雨の降る音と、ガラスを雨粒がたたく音。その両方が、カーテンにつつまれてやわらかくなって、休憩所の中に響いている。

放課後ももう遅い時間の奥校舎は、人が少なくなってとても静かで、その中でわたしと先輩だけが、ここでその音を聞いている。

牧聖苗

ね、先輩……。

声はつぶやくほどの小ささ。起こしたくないから。ゆっくり眠っていてほしいから。でも。

そうしている間にも、先輩といられる時間は減っていく、そんな気がして。

少しずつ、減っていく時間の中で。

わたしと、先輩の関係ってどこまで進んでいけるんだろう。

友達からって言ってくれた先輩。その言葉はほんとで、今、わたしと先輩は友達。うん、委員会の先輩と後輩じゃなくて、それ以上に仲良くしてもらってる。

ここにいる時間は、いろんなおしゃべりをしてきてる。家でのこと、学校でのこと、いろんな話をわたしはして、先輩は聞いてくれて、先輩もいろいろ話してくれて。

そして、こんな。

相原美紀

………………。

まじめな先輩。しっかりしてて、大人っぽくて。絶対に授業中に居眠りなんてしないんだろうな。そんな先輩が、今、わたしの目の前で寝てる。

それくらい、気を許してくれてるんですよね、先輩……。

友達だったら、ただの友達だったら、こんなこと、ないですよね、先輩なら。

牧聖苗

わたし、それだけ、特別なんですよね?

牧聖苗

ね、先輩……。

床に座ったまま、ソファに肘をつけば、先輩の顔はもう、間近で。

そんなこと、するつもり、なかったんだけど、頭の中でいろいろと回ってることが止まらなくて。

牧聖苗

………………。

わたしは、ゆっくりと、顔を先輩に近づけていって。

牧聖苗

ん……。

その唇に、触れた。自分の、唇で。

目を閉じて、真っ暗な中、唇にだけ、自分のものじゃない、感触が伝わってきて。

やわらかい、先輩の唇。かすかな寝息が、頬のあたりをなでていて。

牧聖苗

(あ……)

牧聖苗

(わたし、今……)

牧聖苗

(キス、してる……、先輩と……)

牧聖苗

(キス……、しちゃってる……)

それだけ。

頭の中、グルグルしてて、それだけしか考えられない。心臓は痛いくらいに鳴ってるのに、すごく遠くの方から聞こえてくる感じ。

ただ、先輩とキスしてる。唇同士が触れ合ってる、その感覚だけがいっぱいに広がっていて。

牧聖苗

(先輩……、大好き)

もう、それだけしか残ってなくて。もう、ずっと……。

このまま、こうして、いたくって……。

相原美紀

……ん……。

かすかな、先輩の息づかいとか、それだけを感じていたくって。

相原美紀

……ぇ……?

他には、なにも考えていなくって。たとえば。

先輩が、目を覚ました後のこととか。

相原美紀

……牧、ちゃん……?

すっと離れて消えていく唇の感触。そして、その声。

相原美紀

今……、なに、してたの……。

その瞬間、わたしの全身が凍り付いた。頭の中から心臓まで、全部。

牧聖苗

……!

閉じていた目を開いて、わたしは先輩から体を離した。顔を。勢いよく、浮かせていた腰で尻餅つくみたいに。

牧聖苗

ぁ……。

同時に、全身から冷や汗が噴き出した。先輩の顔を見ちゃったから。

びっくりしたみたいに。そうだよね、びっくりするよね。起きたらいきなり、わたしがキス、してたんだから。

目をちょっと見開いてわたしを見てる。気のせいかな、ちょっと青くなった顔色で。それだけ……。

びっくりさせちゃったんだ……。

牧聖苗

あ、そ、その……。

牧聖苗

わ、わたし……、その……。

どうしよう、なにを言えばいいんだろう。ごまかす? なにを? ううん、そんなことできない。

だって、自然にそうなっちゃったんだもん。そうなるくらい、キス、したかったんだもん。

牧聖苗

キス……、しちゃいました……、先輩に……。

でも、どうしてかな……。笑うことができない。うれしかったから、笑う? 照れて、笑う? ううん、どっちも、できない。

だって……。

牧聖苗

その、だって……。

だって、先輩……。

牧聖苗

すごい、気持ちよさそうに、寝てたから……。わたしの、隣で……、ほんとに、気持ちよさそうに……。

牧聖苗

その、顔が……。とっても、きれいで……。だから、わたし……。

牧聖苗

なんだか……。

それだけだったのに。ただ、すごい先輩が好きだから。その気持ちがいっぱいになっちゃったから。

牧聖苗

キス、したくなっちゃって……。

どうしてか、わからないけど、そうしたくて止まらなくなっちゃって。それだけなのに。

相原美紀

………………。

どうして……。

牧聖苗

キス、しちゃって……。

どうして、先輩、泣いてるの? 涙、出てるの?

相原美紀

………………。

もしかして、わたし……。

もしかして、しちゃいけないこと、しちゃったの?

牧聖苗

ご……。

どうしよう、なにを言えばいいんだろう。もう一度、そのことだけが頭の中いっぱいになる。でも、出てきた言葉はたった一つしかなくて。

牧聖苗

ごめんなさい……。

そう言って、もう、先輩の顔、見られなくて、うなだれた。床にぺたんと尻餅ついて、両手も床について。ああ、もうこれ、土下座だ。でも、それぐらいわたし……。

とんでもないこと、しちゃったんだ……。

牧聖苗

わ、わたし……、ごめんなさい……。ご、ごめ……。

言葉が詰まる時に歯を食いしばらないと涙が出てきそう。どうしよう、どんだけあやまればいいんだろう。

牧聖苗

わたし……、勝手に……。

勘違いしちゃってたのかな? しちゃってたんだ……。だって。

相原美紀

……あ、う、ううん、いいの、そうじゃなくて……。

先輩、泣いちゃうくらい、ショックだったもん。わたしが、キスしたから……。

相原美紀

あ……、こ、これは……。

いつもとちがう、戸惑った声。わたしがとんでもないこと、おしゃべりで言った時とはちがう、すごい、困った、声。震えている、声。

相原美紀

ちょっと、びっくりした、だけ、なの……。

ちがう、きっと、ちがう。それだけじゃ、ないんだ……。

相原美紀

………………。

牧聖苗

………………。

だめ、もう、言葉が出ない。あやまることもできない。ただ、顔を上げることもできない。先輩の顔を、見るのが怖い。

その、凍り付いた、顔を。今の、声、みたいに。

相原美紀

……今日は、もう、帰りましょう。

先輩の声が、頭の上から降ってくる。いつもと同じ、やさしい声なのに。

相原美紀

……ね? もう立って、牧ちゃん。

やさしい話し方、なのに。

牧聖苗

……はい……。

わたしには、まるで氷の塊みたいにぶつかってきてる。先輩の声が、耳のすぐそばで凍って、それがすべり込んでくる。頭の中に。

牧聖苗

(わたし……)

牧聖苗

(なんてこと、しちゃったんだろう……)

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okujou_no_yurirei-san/2021.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)