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okujou_no_yurirei-san:1504

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大きな榎の木。思えばこの木も大きくなったものね。

今は、星館の新しい校舎と同じくらいにまで、その幹を延ばしている。もう80年近くもたっているのだから、当然かしら。

植えられた時は、1メートルくらいの苗木だったのにね。年ごとに少しずつ背を伸ばしていくのを、私はずっと見てきた。

私の同級生が、この学校を卒業する時に植えていった記念樹。そう、本当は彼女たちの卒業の記念。

それがいつのまにか、慰霊樹なんて言われるようになったのかしら。彼女たちが植える木に榎を選んだことに、その意味はあったのかしら。

少しは、私を、この学園での生活の途中で死んだ私を思い出して、選んでくれたのだろうか。

こんな、私を。そう、こんな私を。

永谷恵

あ、サチさぁん!

遠見結奈

ちょっと恵、あんまり引っ張らないで。

永谷恵

だって結奈、歩くの遅いんだもん。

遠見結奈

体まで操るのはやめてって言ってるでしょう!

結奈さんと、その肩に手を回した恵がこちらにやってくる。素敵な友人と、大切な恋人。

榎木サチ

ごめんなさい、すぐに屋上に戻ろうと思ってたんだけど。

永谷恵

いいですよぉ。それで、美紀さんと牧ちゃん、どうでした?

榎木サチ

……心配いらないみたいね。二人とも仲良くしていたわ。

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昨日、三年生相手にケンカ騒ぎを起こした牧ちゃんの処分が今日、決まって。

牧ちゃんは三日間の停学処分になった。学園祭がそのまま、停学期間になってしまって、参加できないのはちょっとかわいそう。

職員室から出た牧ちゃんは、待っていた美紀さんと二人で休憩所に向かった。二人のことを見届けて、屋上に戻る途中だった。

この榎の木の下で。

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遠見結奈

この木……。サチさん、一度、聞いてみようと思ってたんだけど。

遠見結奈

この木って、やっぱり、サチさんの慰霊樹なんですか?

永谷恵

え、そうだったの!?

遠見結奈

なんで、30年も学校にいる恵が知らないのよ……。

永谷恵

サチさん、ほんと?

榎木サチ

ええ、まぁ……、そういうことになっているみたいね。

永谷恵

うわ、サチさんって、やっぱりすごぉい!

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無邪気な、恵の声。でも、それは私には、賞賛には聞こえず、胸に痛みを与える針のよう。

もちろん、恵にそんな悪意はない。恵の言葉をそのまま受け止められないのは……、私の弱さと、嘘のせい。

弱さを隠すために、私の全身を覆った嘘。でも……、そろそろ、その嘘も脱がなくちゃいけない。

恵と出会って、恋人として付き合うようになってから、30年。ずっと変わらずにいた、この姿。

でも、結奈さんと出会ってからのたった半年の間に、私と恵のまわりの時間は大きく動き出した。ただ、日々を眺めていただけの時間は終わった。

結奈さんと一緒に、秘めた恋心を見守り、勇気とともに打ち明けられた言葉でつながれた二人を、時には手伝って。

いくつかの成果を見ることができた。

変わり始めていた。いえ、もう変わっている。

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榎木サチ

そんなに……。

だから、私も。

榎木サチ

たいしたことじゃないの。この木だって本当は、私の慰霊樹なんかじゃない。

いつまでも、嘘をつき続けているわけにもいかない。

榎木サチ

これは、私の同級生が、卒業の記念に植えた木よ。ただ、それだけ。

榎木サチ

すごいことなんて全然ない。私は……、事故が起きたその日まで、大好きだったその子の手を握ることさえできなかった、ただの……。

榎木サチ

臆病者だったんだから。

言わなきゃ、本当のことを。本当の私のことを。

永谷恵

サチさん……。

遠見結奈

………………。

本当のことを伝えて、二人はどう、思うだろう。ううん、どう思われてもかまわない。

でも、伝えたい。これ以上、隠しておきたくない。だって。

あなたが、そうだったから。結奈さん。夏休みの合宿中、比奈ちゃんに自分の傷を告げていた。告げることで、向かい合おうとしていた。昔の自分に。

みんな、そうだったから。牧ちゃん、羽美ちゃんたち、桐ちゃん、園生先生、陽香ちゃんも、茉莉ちゃん、美夕ちゃんも、そして……、美紀ちゃんも。

ちゃんと、相手に自分を伝えていたのだから。特に、美紀ちゃんは、自分を乗り越えて、牧ちゃんに向かい合ったのだから。

私だけ……、自分を隠して、恵と向かい合うことはできない。恵には、ちゃんと知ってほしい。そして、結奈さんにも。私たちのために、がんばってきてくれたんだから。

榎木サチ

私はね……。

思い出そう、生きていた時のことを。もう、ずいぶん前のことだけど。ずいぶんと、あの日から時間はたっているけど。

榎木サチ

すごい、内気な人間だったの。同じ組の人にも、ちゃんと声をかけられないくらい。

榎木サチ

誰とも、打ち解けられなくてね、ずっと、一人でいたの。寂しかったけど、それでも、誰かに話しかけることもできずにいたの。

遠見結奈

サチさんが……?

榎木サチ

ええ。想像、つかない?

遠見結奈

……ええ。

永谷恵

うん……。

無理もないわね。だって、今の私は、その時の自分じゃないから。今の、私は……。

榎木サチ

でもね、そんな私にも、声をかけ、手を差し伸べて、友達の輪に加えてくれた人がいたの。

榎木サチ

朗らかで、大人びていて、誰からも頼られていて。いつも、その人のまわりには、自然と友達が集まる、そんな素敵な人。

榎木サチ

私の、初恋の人よ。

永谷恵

あ……。

ごめんね、恵、こんな話をして。知っていたとは、思う。幽霊になった理由を話したことがあるから。あなたの前に好きな人がいたということは。

でも、苦しいわよね、こんな話、聞かされるのは。でも、ごめんね、もう少しだけ、話させて。

榎木サチ

もちろん、好きと伝えることもできなかったわ。その時の私は、ただ、その人のまわりにいただけ。友達の輪の隅っこで、ただ、その人を見ていただけ。

榎木サチ

それだけでも、よかったの。たまに、言葉を交わすだけでも。その場に、一緒にいられるだけでよかったの。

榎木サチ

そして……。

榎木サチ

あの事故が起こったの。なんでもない、普通の日だった。昔の星館の校舎の屋上で。

榎木サチ

壊れた手すりの向こうに、あの人が落ちていきそうになるのを見て、私はとっさに手を伸ばした。

榎木サチ

そして、運良く、その手を握ることができた。たぶん、無我夢中だったわ。思い切り、引き寄せて。

榎木サチ

その人が、どうにか、他の友達の手にすがりついた時。

榎木サチ

私の体は、宙に浮いていたの。あとは、落ちていくだけ。そこで、記憶が途切れて、気付いた時には、ここにいたのよ。

榎木サチ

ここで、幽霊になっていたの。

それからずっと、ここで学園の様子を見る毎日が続いた。幽霊になったことは、戸惑いもなく、自分でも受け入れていて。

ただ、その人が無事だったことに、ほっとして。卒業する、その人を見送って、友達を見送って。そして、新しく入学してきた子たちを見てきた。

入れ替わる子たちが、この学園で過ごす様子を、ここから見てきた。

榎木サチ

ずっと、その人への憧れを抱えたまま、ね……。

榎木サチ

そうしているうちに、あなたが来てくれたのよ。恵……。

榎木サチ

あなたが、好きって言ってくれたのよ、恵……。

永谷恵

サチさん……。

榎木サチ

幽霊になる前の私は、臆病だった。意気地無しだった。言い過ぎかもしれないけど、勇気の持てない自分をそのままにしていたのは、確か。

榎木サチ

恵、あなたに会って、幽霊になったあなたに、告白されて、私は気が付いた。今までの自分のままではけして、この子に好かれるわけがないと。だから。

榎木サチ

偽った。大好きだった人の姿を真似た。あの人の、話し方、態度、憧れていた姿を、そのまま自分のものと偽ったの。

榎木サチ

そして、もう、本当の自分を言い出すことができなくなってたの。恵に嫌われたくなくなっていたから。恵を失いたくなかったから。ずっと、この姿を続けていたの。

榎木サチ

それが、今、あなたたちが見ている、榎木サチなのよ。でも、本当は。

榎木サチ

本当の私は、ちがうの。内気な、臆病者だったの。そして、ずっと嘘をついてきた。恵、あなたを騙していた卑怯者だったのよ。

永谷恵

っ……。

榎木サチ

ごめんね、恵。今まで、騙してきて……。

永谷恵

………………。

騙してきたことを許してほしいとは思わない。そして、あなたと別れたいわけでもない。

ただ、本当の私を隠したままにしておくことはできない。

榎木サチ

ずっと、言えなかった私を……。

許して、そんな都合のいいこと、言えない。だけど……。

永谷恵

……ぅ……。

永谷恵

……ちがう……。サチさんが、あやまることない。

榎木サチ

恵……?

永谷恵

だって、サチさん、ずっとかっこよかったもの、素敵だったもの。わたしの見てきたサチさんは、ずっとそうだったもの……。

榎木サチ

でも、それは……。

永谷恵

だから、わたしはそれでいい。だって、サチさん、言ったもの。恵に嫌われたくないからって。ねぇ、サチさん。

永谷恵

恵のこと、好き?

榎木サチ

……ええ、好きよ。大好きよ。

永谷恵

だったら、わたしは、それでいい。サチさんが、なにを隠してたって、いい。だってサチさん……。

永谷恵

今だって、そうだもん。かっこよくて素敵な、恵の大好きなサチさんのままだもん。

榎木サチ

恵……。私は、そんな……。

永谷恵

ううん、そうなの! サチさんは、素敵なの!わたしの方こそ……。

永谷恵

ずっと、不安だったの。サチさんが、わたしの死んだ理由を気にして、わたしと付き合ってくれてるんじゃないかって……。

永谷恵

好きって言ってくれるのは、わたしが死んだ理由に責任を感じているからだって、思ってたんだから……。

永谷恵

わたしの方が、サチさんの気持ち、信じてなかったんだから……。嘘でもいいって、思ってたんだから……。

榎木サチ

恵……。

今、恵が言ったことは、なんとなく気付いていた。無邪気な笑顔の隙間に、言葉のすみに、時々、忍び込むものがあることには、気付いていた。

気付いていたけど、言葉にはできなかった。言えば、私が抱えていたものさえ、えぐり出してしまいそうだったから。

あなたが好きだから、嘘をついた私。私が好きだから、言い出せなかった恵。

ああ、打ち明けても、変わらないのね、私たちは。同じ気持ちを抱えたまま、秘密を持って、今、打ち明けて。

あなたを、もっと、好きになる。

榎木サチ

大好きよ、恵。嘘もなにもなく、あなたが好きよ。

永谷恵

わたしも、サチさん、大好き……。

その伝う涙を、指先でぬぐってあげる。抱き締めて、頭をなでてあげる。私の、かわいい恋人。

榎木サチ

こんな私でも、いつまでも好きでいてね。

永谷恵

はい……。

そして。大切な恋人を離さずに、私は。もう一人、大切な友人に目を向ける。

榎木サチ

結奈さんも……、ごめんね。がっかりした?

あなたも、いろいろ辛い過去を越えてきた人だから。特に、他人の隠れた気持ちに傷ついてきた人だから。

遠見結奈

………………。

榎木サチ

騙してきて……、ごめんね。

遠見結奈

……いいえ。騙された気は、してないです。

遠見結奈

私、昔のサチさんがどうだったかとか、気にしない、から。だって……。

遠見結奈

私の前にいるの、今の、サチさんだから。大人っぽくて、優しくて、恵じゃないけど、かっこよくて素敵なサチさんだから。

遠見結奈

その……、自信、持っていいと思う。サチさんってもう、そういう人だから。昔を気にして……、今のサチさんがいなくなったら、その方が、ヤです。

遠見結奈

気にしないで、今のままでいてください。……私が言えるのは、それだけ。

永谷恵

そうですよぉ……。

ああ、二人とも。そんなに優しくなくていいのにと、思う。

同時に、あなたたちに出会えてよかったとも。本当のことを話して、そして、あなたたちに今、そう言ってもらえて、私はやっと、変われたと思う。

榎木サチ

恵……、結奈さん……。

憧れていた、あの人のような、自分に。

榎木サチ

ありがとう……。

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okujou_no_yurirei-san/1504.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)