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okujou_no_yurirei-san:1409

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夏合宿も終わった学校は、だいぶ人気も少なくなって、今日は部活もほとんどなく、お昼すぎの屋上に響いてくるのは蝉の元気な鳴き声ばかりだった。

永谷恵

ヒマになっちゃいましたねぇ。

榎木サチ

そうね。

私の隣で、ぼんやりと校庭の方を見おろしていた恵がつぶやく。

こんなに静かな学校は久しぶりかもしれない。

屋上がこんなに静かなことは今まで何度もあった。部活のない日曜日もあった。

でも、今年の夏休み、今日、こんなに静かに感じられるのはなぜだろう。

永谷恵

なんか、つまんないなぁ……。

榎木サチ

そうね。

恵の気持ちはよくわかる。私も、そう感じている。つまらないってわけじゃないけど、静かなのが、二人きりなのが、みょうに寂しい。

永谷恵

なぁんにもすることがないって、こんなにヒマだったかなぁ。つまんなかったかなぁ。

そう、ね。ほんとにそう。

静かな学校も私は好き。誰もいない学校、恵と二人きりの時間も好き。でも。

今年の夏休み、誰もいない学校はちょっと寂しい。夏合宿が始まる前の夏休みは、あんなに二人でわくわくして過ごせたのに。

そう、夏合宿も終わってしまったから。

永谷恵

もう、結奈も夏休みが終わるまで、学校来ないのかな……。

榎木サチ

……かもしれないわね。

そう、結奈さんがいないから。

結奈さんがいれば、来てくれれば、一緒に話ができる。

牧ちゃんと美紀ちゃんのこと、紗沙ちゃんと羽美ちゃんのこと、園生先生と桐ちゃんのこと、陽香ちゃんと愛季ちゃんのこと、茉莉ちゃんと美夕ちゃんのこと。

いろんな人のことを話せる。それが、とても楽しいことになっていた。結奈さんと出会ってから。

結奈さんがいたから、いろんな子たちのことを話せるようになって、その子たちのためにいろいろお手伝いできるようになった。

それが、今の私と恵にとって、どれだけ楽しくてうれしくて、充実した毎日を与えてくれたことだろう。

それだけに、結奈さんが来ない学校が、寂しい。結奈さんのいない屋上が、とても広く感じる。いない時間が、長く感じられる。

結奈さん。あの子も、この夏の間に新しい顔を見せてくれた。私にはとてもまぶしく見えた。

心に抱えていたものを、比奈ちゃんに吐き出してから、とても生き生きとしだした。

きっと、それは結奈さん、あの子が本来持っていた輝き、強さ。ええ、それはとてもまぶしい。抑えていたものを解き放っていく強さ。

まぶしすぎて……。変わっていく彼女を見るうちに、私は気付いていた。自分の心の中にできていく影に。

結奈さんにも、そして、恵にも、見せることのできない、自分の影に。

永谷恵

あ、サチさんと二人っきりなのがつまんないってことじゃないですよ?

榎木サチ

ええ、わかってるわよ。でも、寂しいわよね、結奈さんがいないと。

永谷恵

そういうわけでもないんですけど……。

かわいい恵。素直で、一途で。どんな時でも、私を慕ってくれる、大切な恋人。

でもね、恵。私、怖いの。

あなたにも見せられない自分の影を、もし、晒してしまったらどうなるのか。

それでも、あなたは私を好きでいてくれるのかしら。結奈さん、あなたはどうかしら。

本当の私を知った時、あなたはどう思うのかしら。

この迷いに答えは出ないかもしれない。今の私には、結奈さんのように誰かに吐き出す勇気は出せない。

でも、いつかは吐き出せるのかしら。告げることができるのかしら。恵に、結奈さんに。

勇気を持ちたい。勇気を。今までずっと出せなかった勇気を。

そんな想いに囚われていた時、この屋上への扉を開く音がした。

永谷恵

ん?

私と恵、同時に入口の方へと振り向くと、そこには。

遠見結奈

あ、よかった。二人とも、ここにいたんだ。

永谷恵

結奈!?

榎木サチ

え……? どうしたの、結奈さん?

屋上に現れたのは結奈さんだった。どうして?今日は学校に来る予定なんかなかったはずなのに。

永谷恵

どうしたの? なにか忘れ物でもしたの?

遠見結奈

ううん、そういうんじゃなくて。その……。

結奈さん、ちょっと言葉を濁しながら、私たちのいるいつものベンチまで歩いてくる。手には、いつもの、お弁当箱を入れている袋。

遠見結奈

その、ちょっと合宿で慌ただしかったから、時期を外しちゃったんだけど……。

そう言いながら、ベンチに腰掛けて、袋の中からお弁当箱を取り出す。ううん、いつものとはちがう、大きさは同じくらいの樹脂製の箱。

永谷恵

なぁに、そのタッパ。

遠見結奈

ほら、こないだまでお盆だったでしょ。その、だから、なんとなくというか。

そう言って結奈さんは蓋を開ける。

永谷恵

なぁに、これ。

遠見結奈

おはぎ、作ってきたの。お彼岸じゃないけど、他に思いつかなくて。

榎木サチ

まぁ。

箱の中には、四つの、炭団みたいって言ったら失礼かしら、大ぶりのおはぎ。

永谷恵

おはぎぃ? ほんと季節外れね。

遠見結奈

いいでしょ、別に。けっこう自信作なのよ。

榎木サチ

ほんと、おいしそうね。

遠見結奈

……どうも。

確かに、本来はお彼岸の時に食べるもの。ひと月ばかり早いけど……、でも、なぜか、頬が緩んだ。恵も口ではああいってるけど、顔が笑ってる。

ああ、いつの間にか。すっかり結奈さんが私たちの間にいるのが自然になっている。さっきまで感じていた二人だけの寂しさがどこかに行ってしまった。

永谷恵

これをわたしたちに見せるために、わざわざ学校まで来たの?

遠見結奈

そうよ。サチさんも恵も、お盆に帰ったりできないわけでしょ。せめてもって思ったの。

遠見結奈

花壇の水やりを頼まれたって言って入ってきたんだから。文句があるなら、あげないわよ。

永谷恵

ほんと、結奈ってお節介なのね、わざわざ、そんな言い訳作ってまでこなくてもいいのに。

遠見結奈

もう、いいでしょ、そんなこと。

ああ、結奈さん、笑ってる。少し、恵の言葉に頬を膨らませているけど。

お節介なんて言われても、笑っていられる。夏合宿の日、比奈ちゃんにすべて吐き出して、きっとすっきりできたのね。

榎木サチ

ありがとう、結奈さん。

そんなあなたがうらやましい。そして、あなたの気持ちがうれしい。この感謝はきっと、恵も一緒よ。

遠見結奈

どういたしまして。でも、そんなにおはぎが不満なら、なにか食べたいものでも教えてよ。そしたら、今度、作ってきてあげるから。

永谷恵

ほんと!?

遠見結奈

ええ。なんでもいいわよ。

永谷恵

えっとね! 恵、カルボナーラスパゲッティ!

遠見結奈

カルボナーラ?

永谷恵

そう! 一度だけ、食べたことがあるの! すっごくおいしかったのよ! でも、できるの? 専門店でしか食べられないのよ?

遠見結奈

できるわよ。30年前とはちがうんだから。サチさんは? 好きな食べ物とかある?

榎木サチ

え? ええと、芋なますとか、好きだったけど。

遠見結奈

え? いもなます?

榎木サチ

ええ。芋なます。

遠見結奈

は、はぁ。えっと、ちょっと帰ったら調べてみます。

あら? 知らないのかしら。

永谷恵

あら、芋なますも知らないの?

遠見結奈

う。恵は知ってるの?

永谷恵

サチさんの好きな食べ物、知らないわけないでしょ!

遠見結奈

食べたことはあるの?

永谷恵

な、ないけど。

遠見結奈

じゃあ一緒じゃない! えっと、作り方は調べておきます。芋ってサトイモ?

榎木サチ

いいえ、ジャガイモよ。確か、お水で晒してから酢の物にするんだけど。

遠見結奈

わかりました。それで、だいたい見当つくかも。

永谷恵

ちゃんと調べておくのよ? カルボナーラもよ?

遠見結奈

はいはい、そのうちにね。

遠見結奈

でも、今日のところはおはぎでがまんしてよね。でも、どうしよう。私だけ食べても仕方ないのかな? また、お供えしておこうかな?

永谷恵

あ、わたし、食べたい。ね、結奈、食べて食べて? 一緒に食べてあげるからさ!

遠見結奈

一緒にって……。

永谷恵

こうやって、一緒に。ね?

そう言って、恵は結奈さんの隣にぴったりとくっついて座る。ああ、そうか。恵なら、そうやって結奈さんと一緒に味わうことができるのね。

遠見結奈

サチさんだけ仲間外れにできないでしょ。

永谷恵

あ、そっか……。

榎木サチ

いいのよ、気にしないで。せっかく作ってくれたんだから、恵にもお裾わけしてあげて?

永谷恵

ん~、でもぉ。

永谷恵

あ、サチさんも、ほら、そっち側! 反対側に座って、一緒に、ね?

榎木サチ

でも、私は味がわからないし。

遠見結奈

……いいですよ、こっち側、座ってよ、サチさん。まぁ、せめて気分だけでも。

永谷恵

ね、サチさん!

榎木サチ

ええ、そうね。

そうね、気分だけでも。せっかく結奈さんが作ってきてくれたのだし。

私も恵にならって、結奈さんの座るベンチの空いている方に腰掛ける。そして、恵のように結奈さんに寄りかかって。

遠見結奈

なんか、暑苦しい感じ。まぁ、二人とも幽霊だから、そんなことないんだけど……。

遠見結奈

それじゃ、いただきます。

永谷恵

いただきまーす!

榎木サチ

ふふ、いただきます。

変な感じ。いただきますなんて、ずいぶん久しぶりに言った。

結奈さんが箸を取り出して、おはぎをまず半分に。そして、その片方を持ち上げて口に運ぶ。

永谷恵

田舎風のおはぎよね。おっきいの作ってきたのね。

遠見結奈

こし餡より粒餡の方が好きなの。私の家だと、こういうふうに大きめに作るから。

あ、そうなんだ。これって田舎風って言うのね。私にとっては当たり前のおはぎなんだけど。

遠見結奈

むぐ。

永谷恵

うわ、おいしい。でも、そんなに甘くないのね。

ええ、ほんと。お砂糖が控えめなのかしら。やわらかい小豆の自然な甘みが口の中に広がって……。

榎木サチ

え……?

永谷恵

どうしたの? サチさん。

榎木サチ

口の中、甘い……。

永谷恵

え?

榎木サチ

お餅じゃなくて、半分撞いたもち米なのね……。

遠見結奈

……?

永谷恵

サチさん……?

榎木サチ

うそ……、味が、わかる……。

永谷恵

ええええええ!? サ、サチさん!

どういうこと? 久しぶりに口の中に広がる、味覚、食べ物の感触。

小豆の粒の皮を奥歯が潰す感触、もち米の舌ざわり、そして、ほっこりとした甘み……。

榎木サチ

結奈さん、私、おはぎの味がわかるわ……。

永谷恵

サチさぁん!

遠見結奈

ちょ、ちょっと恵!

結奈さんの身体越しに、恵が抱きついてくる。

でも、これ、なに? これが恵が前に感じたことなの? 私、結奈さんに取り憑いているの?

ぴったりと結奈さんに身体をくっつけることで、感覚を共有できているの?

榎木サチ

でも、どうして……?

永谷恵

そんなのどうだっていいですよぉ! すごいじゃない、結奈! このおはぎ、すごい!

遠見結奈

いや、別におはぎのおかげじゃないでしょ……。

永谷恵

ほら、もっと食べて食べて!

遠見結奈

ちょ、ちょっと、急かさないでよ!

榎木サチ

え、えっと、その、結奈さん。私も、もっとおはぎ、食べたい、かな……?

遠見結奈

サチさんまで!?

榎木サチ

だって、久しぶりなんですもの。

どうしてだろう。こんなこと、今までできなかったのに。

遠見結奈

はいはい……。

また、結奈さんがおはぎを口に運ぶ。そして、また伝わってくる味。ああ、そっか、ものを食べるって、こういう感じだったっけ……。

それから、しばらくの間、結奈さんは私と恵に急かされながら、おはぎを食べていく。そして、私と恵は、結奈さんのお手製のおはぎをほおばって。

おいしいおはぎ、それを堪能させてもらって。

遠見結奈

ごめん、さすがに連続で三個は食べられない。けっこう重たいのよ、これ……。

永谷恵

もう! 若いんでしょ! もっとたくさん食べなさいよ!

遠見結奈

お砂糖はそんなに使ってないけど、おにぎりくらいのカロリーはあるのよ!

永谷恵

わたしは気にならないもーん!

遠見結奈

あなたは幽霊だからでしょ!

うん、ほんとにおいしかった。そんなはずはないんだけど、お腹がふくれた感じ。ううん、今はほんとにそう感じているのかも。結奈さんがお腹いっぱいなんですものね。

あ、でも……。今なら……。

榎木サチ

あ、あの、結奈さん……。

遠見結奈

え? なに?

長年の夢が、かなえられるかも。

榎木サチ

あの、私、ずっと味わってみたいものがあって……。

遠見結奈

え、ええ? な、なんです?

榎木サチ

その……、ずっと、あの、ね?

榎木サチ

こぉらっていうの、飲んでみたくって……。

遠見結奈

コーラ? あのコーラ?

榎木サチ

ええ。黒くて、しゅわしゅわしてる飲み物。ここでみんな、よく飲んでいるわよね?

遠見結奈

え、ええ。

榎木サチ

その……、みんな、おいしそうに飲んでるから、ずっとうらやましくって……。どんな味なのかなって……。

遠見結奈

はぁ……。おはぎの後にコーラ……。うわ、すごいことになりそう……。

榎木サチ

そ、そんなに大変なものなの? ごめんなさい、無理を言うつもりはないんだけど。

遠見結奈

あ、いえ。ただちょっと、ほんとカロリー的に……。

永谷恵

いいでしょ! サチさんが飲みたいって言ってるんだから! 買ってきてよ! 今すぐに!ほらぁ!

遠見結奈

なんであんたに言われなきゃならないのよ。まぁ、いいです。ちょっと自販機で買ってきます。待っててください。

そう言って、結奈さんは立ち上がって屋上の入り口の方へ。

ああ、言ってみてよかった。長年の夢がかなうなんて。

遠見結奈

お待たせ。

ほんの数分ほどで、結奈さんは戻ってきた。屋上の手すりに三人、結奈さんをはさんで、私と恵が両脇に並ぶ。

永谷恵

わぁ、コーラも久しぶり!

榎木サチ

うふふ、楽しみね。

待ちきれなくて、私と恵は結奈さんにぴったりと寄り添って。

遠見結奈

はぁ……。いい? 飲みますよ?

結奈さんが蓋を開けると同時に、プシュっと空気の抜ける音。ああ、思い出した。これって、ラムネと同じ音。とても懐かしい。

そして、夏の日を思い出させる。今日みたいな太陽の下での記憶。

結奈さんが口につけた缶を傾ける。日差しを吸い込んでも黒い液体が、小さな泡をきらめかせて、結奈さんの口に流れ込んでいく。

榎木サチ

わっ!

永谷恵

くぅ~!

しゅわしゅわと舌の上に広がる刺激。これは、炭酸水が弾ける感覚。そして、口の中に満たされていく甘み。少し、くせがある。

榎木サチ

はぁ……、これがこぉらなのね……。

永谷恵

おいしい~!

遠見結奈

えっと、満足した?

永谷恵

もっと!

榎木サチ

もっと!

遠見結奈

あ、やっぱり……。

ごめんなさい、でも、もう少し。恵と二人、同時に結奈さんにせがむ。

ため息をついて、また、結奈さんがこぉらを口に含む。ふふ、しゅわしゅわとした感触が少し痛いくらいで気持ちいい。

こんな体験ができるなんて、思ってもみなかった。おはぎ、こぉら。ずっと幽霊として過ごしてきた80年間、忘れかけていた感触、かなった夢。

ああ、この夏はほんとに、特別な季節になった。恵と二人、一緒にずっと、変わらずに過ごしてきた時間が、大きく動いている。

結奈さん、あなたのおかげね。あなたが私たちに気付いてくれた瞬間から、私と恵の時間が動き出している。

私たち自身さえ忘れていたお盆。霊が帰る季節。少しだけ遅れたけど、きっと、あなたが思い出してくれたから。

今、こうして感じられる、口の中で泡が弾ける感触は、そんなお盆の小さな奇跡なのかしらね。

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okujou_no_yurirei-san/1409.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)