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okujou_no_yurirei-san:1407

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合宿もいよいよ七日目。明日の最終日は、午前中に解散式があっておしまい。

陸上部も今日は午後の練習は休みで、いよいよ終わりなんだって感じがする。

一週間ずっと学校に泊まり込むなんて初めてのことだった。だからかな、この一週間がすごく忙しかった気がする。

まぁ、陸上部の食事当番以外にもいろいろやってたからってのもあると思うんだけど。園生先生たちの手伝い、それにサチさんたちの手伝いと、いろいろ。

働くってこういうことなのかな。だとすると、お父さんやお母さんって大変なんだな。

遠見結奈

あれ……、剣峰さん?

そんなことを考えながら歩いていたら、ちょうど階段から降りてきた剣峰さんを見つけた。

剣峰桐

あ、遠見ちゃん。

夏合宿の間中にいつの間にか、私、剣峰さんから「遠見ちゃん」って呼ばれるようになってる。前は遠見さんだったと思うんだけど。

毎日、手伝ってるからかな。有遊さんといい、他の人の中での、親しくなる段階っていろいろなんだな。

遠見結奈

どう? ゆっくりできてる? 昨日まで忙しかったから、今日はのんびりできるでしょ?

昨日、いろいろ手を尽くしたから、今日は剣峰さんも園生先生もお休みのはず。はず、なんだけど、ちょっと不安もある。

二人が、特に園生先生がこっそり働いてないかってこと。別に、それはそれで、私が文句を言うことでもないんだけど……、二人の関係をお手伝いしてる関係もあるし。

剣峰桐

え? あ、う、うん……。

あれ? 剣峰さん、今、目をそらせた。もしかして……、ほんとにこっそり、仕事してるのかな?

遠見結奈

どうしたの? もしかして、なにか急な仕事、できちゃった? 手伝おうか?

剣峰桐

あ、ちがうちがう。なにもないって、ほんとに。

剣峰桐

遠見ちゃんと有遊さんのおかげで、ちゃんと休めてるって。まぁ、ちょっと……、休みすぎっていうか……。

遠見結奈

休みすぎ?

剣峰桐

いや、月代ちゃん、熱出して寝込んじゃって。

遠見結奈

え、ほんと!? 大丈夫なの?

剣峰桐

あ、たいしたことないんだ。ちょっと熱があがっちゃっただけだから。

剣峰桐

月代ちゃん、よくこういうことあるんだ。テンパりすぎると、熱、出しちゃうんだよね。

剣峰桐

お子様みたいで、かわいいんだけどさぁ……。だから今、部室で寝てるんだよね。

遠見結奈

保健室、行かなくていいの?

剣峰桐

行きたくないんだって。保健室行くと、そっから休んでる先生に連絡行くかもしれないからって。そうすると悪いからって。

遠見結奈

でも……。

剣峰桐

ちゃんと寝て休んでれば、すぐに熱、ひくんだ。風邪とかそういうのじゃないから。

剣峰桐

私がちゃんと見てるから、大丈夫だよ。あんまり心配しないであげて? 月代ちゃん、気にしちゃうからさ。

遠見結奈

そう? まぁ、そう言うなら……。

剣峰桐

冷えピタとかも部室にあるから、大丈夫だよ。ちゃんと買い置きしてあるんだ。

そういう備えが部室に万全なのもどうかと思うけど。

遠見結奈

でも、剣峰さん、どこか行くの? 園生先生についてなくていいの?

剣峰桐

あ、今、月代ちゃん、寝てるんだよね。だから、飲み物、買ってこようかと思って。

遠見結奈

そうだったんだ。あ、そうだ。

遠見結奈

私、これから仕度とかで学食に行くから、おかゆ、作ってあげる。

剣峰桐

え、ほんと? 助かる!

遠見結奈

園生先生が起きたら、ケータイで教えてくれる? 作っておくから。

剣峰桐

ありがと! 私もさ、なんか用意してあげたいって思ってたんだよね。

剣峰桐

それじゃ、月代ちゃん起きたら連絡入れるから。

遠見結奈

ええ。

園生先生、熱出しちゃったんだ。剣峰さんも言ってたけど、がんばって熱出すなんて、ほんとに子供みたい。

でも、がんばりすぎたってのもあるんじゃないのかな? どう見ても、仕事を抱えすぎだったと思うし。

それにしても、せっかく休みを作ったのに、寝て過ごすことになるなんて。まぁ、剣峰さんが付きっきりで看病っていうのも、二人っきりの時間になるのかな?

さっき聞いた園生先生のおかゆのために、小さな土鍋にお米とお水を入れて、準備しておく。

さっさとおかゆの仕度をすませてから、ここに来た本来の目的の方の準備を始める。

買ってきてある材料から、使うものを選んで、きちんと分量を量る。

使う器具を取ってきて、手順通りに使いやすいように並べていく。

これから作るのは、普通の料理とちがって、こういう手順と計量をしっかり守らないとちゃんとできないもの。

頭の中で段取りを確認しながら、こうして準備していくのは楽しい。手順通りに進んでいくのも楽しいし、ちょっとした思いつきを加えてみるのも。

遠見結奈

うん、こんなとこかな。

下準備はこれでOK。あとは……。

遠見結奈

ささっとやっちゃいますか。

手順の中にどうしても時間のかかる部分はあるけど、それは生地の寝かせと焼成の時。

手早くやってしまえば、それ以外のところはそんなに時間がかからないはず。

早く終わらせよう。誰にも見られないうちに……。

稲本美夕

あら、結奈ちゃん? もう夕ご飯の仕度、始めるの?

遠見結奈

うわっ!

不意に声をかけられて、私は声をあげるほど驚いてしまった。

遠見結奈

い、稲本先輩?

学食の厨房に入ってきたのは稲本先輩。え、なんで、どうして? 今日、午後からは陸上部は練習お休みのはず。

みんな、合宿所とかでのんびりしてるんじゃないの?

稲本美夕

仕度始めるんだったら、一年生のお手伝い当番の子、呼んでくるわよ?

遠見結奈

あ、い、いえ、これはその……。

稲本美夕

あら?

私のそばまで歩いてきた稲本先輩が、必死に背中で隠そうとしていたものをのぞき込む。

稲本美夕

これ、なに? 今日の夕ご飯? まるでお菓子作ってるみたいなんだけど……。

うわ、一目で見抜かれた。ちょっとお菓子作りやってる人には、一目でバレちゃうかな、やっぱり。

稲本先輩も、お菓子作りとかやったこと、あるのね……。

遠見結奈

え、えっと、その……。

どうしよう、どうやってごまかそう。これ、できれば内緒にしておきたかったのに。

でも、ここまで見抜かれてしまったら、もうごまかせないかも。特に、稲本先輩、鋭そうだから。

遠見結奈

その、お菓子です……。

稲本美夕

ああ、やっぱり。結奈ちゃん、お菓子とかも作れたのね。

遠見結奈

ええ、まぁ……。

もう一度、可能性を検討してみる。このまま、時間が余ったからちょっと趣味でケーキを作ってるだけですって言ってみようか?

遠見結奈

その、今日はちょっと時間があるから。材料を買ってきて、作ってみようかなって……。あ、あくまで個人的な趣味なんですけど。

稲本美夕

そうだったの。

あ、なんかうまくいきそう。と、思ったんだけど。

稲本美夕

でも、それにしてはちょっと量が多いわね。

ダメだった。これはごまかせてない。稲本先輩の顔に、笑みが浮かんでる。

稲本美夕

ケーキ型もたくさん出してあるし。趣味でちょっとってものじゃないわね。

遠見結奈

そ、それは……。

稲本美夕

ふふ、いい加減、ほんとのこと、言っちゃいなさい。

やっぱり……。途中から稲本先輩、感づいていたみたい。私の反応、楽しんでたんだ。

遠見結奈

はい……。

こういう余裕って、やっぱり一学年分のちがいからくるのかな。それとも、最初から状況が悪かったのか。

遠見結奈

今日の夕ご飯のデザート用です。

稲本美夕

やっぱり。でも、朝聞いた献立には入ってなかったわよね?

遠見結奈

今日まで合宿に参加してる人、みんなに用意しようと思って。ちょっとサプライズ狙ってみたんです。

稲本美夕

そうなの。

遠見結奈

陸上部の顧問の先生と、コーチさんには了解もらってます。その、材料費も出してもらってます。

遠見結奈

夕ご飯の後、デザートで出せたら、みんな喜んでくれるかなって思って……。

稲本美夕

はい、よく言えました。

はぁ、全部、話すことになっちゃった。せっかく、内緒にしておこうと思ってたのに。

稲本美夕

それじゃ、私もみんなには黙っておいてあげるわね。

遠見結奈

え?

稲本美夕

だって、せっかくのサプライズでしょ? 別に結奈ちゃんの計画を邪魔したりはしないわよ。おもしろそうじゃない。

遠見結奈

は、はぁ……。

稲本美夕

私もこういうのは大好きよ。まぁ、どっちかって言うと、驚くより驚かせる方が好きなんだけどね。

稲本美夕

だから、結奈ちゃんの計画を事前に知ることができてよかったわ。ひとつ、楽しみができちゃった。

遠見結奈

そうですか……。

はぁ、なんかこの人にはちょっとかなわないかも。話がわかるところはありがたいんだけど、迂闊にこっそりしたこと、できない感じ。

稲本美夕

それにしても、さすがは結奈ちゃんね。

遠見結奈

え?

稲本美夕

こういうこと思いついておきながら、しっかり先生の了解とか、お金のこととか、すませてあるんだもの。

稲本美夕

あとで問題にならないように、そういう手順、踏んでるってとこ。なかなかそこまで考えることってできないと思うわ。

稲本美夕

茉莉だったら、絶対に思いつきだけで行動して、あとはほったらかしよ。結奈ちゃんはたいしたもんだわ。

遠見結奈

そ、そんな……。

私としては、こういうみんなを巻き込むことって、いろいろ了解とか段取りとかつけておかないと大変って知ってるだけ。

料理部の部長やってた時の経験かな……。

稲本美夕

根回しもよし、気配りもよし。でも、結奈ちゃんって苦労性でしょ。

<01>結奈ちゃんって苦労性でしょ

<01>そ、そうですか?

<01>苦労とは思ってないです

遠見結奈

そ、そうですか?

稲本美夕

そんな感じ。ちょっと私と似てるかもね。

稲本美夕

余計なことかなって思っても、ついやっちゃったり。

稲本美夕

ちょっと自分ががんばればいい、みんなのためならって。自分で言うのもなんだけど、縁の下の力持ちってかっこいいかなって。

稲本美夕

まぁ、よかれと思ってやったことでも、誤解されちゃうことってあるけどね。

遠見結奈

………………。

遠見結奈

別に、苦労してるとか思ってないですけど。

稲本美夕

あらそう? ダメよ、そんなの。自分が苦労してるってことは自覚しておかないと。

稲本美夕

でないと、ちゃんと伝わらなかった時、つらいわよ。

遠見結奈

………………。

稲本美夕

自分はちゃんとがんばったって、自分のこと、認めてあげないとね。他の人に、責任転嫁しちゃうわよ。それで、あとで自己嫌悪したりね。

稲本美夕

まぁ、それも苦労性の仕方のないとこなのかもしれないけど。

稲本美夕

でも、結奈ちゃんみたいな子って、部活に一人いると、すごい助かるのよね。

稲本美夕

ねぇ、今からでも陸上部に入らない? マネージャーとして。

遠見結奈

ええ!?

それってスカウト? 何日か前にも、有遊さんから風紀委員にスカウトされたっけ。

なんでこんなに、この夏合宿に入ってから、そんな話が振られてくるんだろう。

稲本美夕

ね、どう? 私、けっこう本気よ? 私たちはもうすぐ引退しちゃうけど、結奈ちゃんみたいな子がいてくれると安心するし。

遠見結奈

え、あの、私、家の家事、手伝ってるんです。だから、部活とかはできなくて……。

稲本美夕

そうなの? それはちょっと残念。比奈も喜んでくれると思うのに。

遠見結奈

比奈が?

う、比奈の名前が出た途端、なんだか落ち着かない気分。

稲本美夕

ええ。比奈ってちょっと今、伸び悩んでるけど、ここを越えたらいい選手になると思うのよね。

稲本美夕

あの子、素質だけじゃいちばんになれないけど、練習次第でどんどん速くなっていくと思うの。

稲本美夕

なにより、走るのが好きな子だからね。どんな選手になるか、とても楽しみなのよ。

稲本美夕

だから、大事に育ててみたいのよね。結奈ちゃんがマネージャーやってくれれば、比奈もいっそうやる気でると思ったんだけど。

遠見結奈

そ、そうですか……。でも……。

知らなかった。比奈ってそんなに期待されていたんだ。競技転向って話もきっと、期待されてるからこそなんだろうか。

陸上部の三年生、それも副部長で、全国大会にも進んだ人に、比奈がそうほめられて悪い気はしない。ううん、うれしい。

比奈、いい環境で好きな陸上をやれているんだと思うと、ほっとする。

稲本美夕

うん、まぁ、おうちの事情じゃしょうがないわね。それに、結奈ちゃんだったら毎日、比奈と顔あわせてるんだし。

稲本美夕

あの子にとっては、結奈ちゃんがマネージャーになってもならなくても、あまり変わらないかもね。

遠見結奈

はぁ……。

稲本美夕

比奈は後輩の中でも特にかわいいからね。やっぱり気になるのよ。ちょっと変わってるけど、あんなに楽しく真剣に陸上に向き合ってる子ってそうはいないから。

遠見結奈

そうですか。

稲本美夕

ええ。ひいきするわけじゃないけど、お気に入りなの。

稲本美夕

もうちょっと背が高ければ、もっと好みだったかもね。なんてね。

遠見結奈

え?

今、稲本先輩、なんて言った? 好み?

え、えっと、稲本先輩って網島先輩とずっと付き合ってるんだよね。ということは、当然、同性を恋愛の対象に見ているわけで……。

今の好みってそういう意味なの?

稲本美夕

それじゃ、邪魔しちゃ悪いから、私、もう行くわね。夕ご飯、楽しみにしてるわ。みんな、どんな顔するかしらね。

稲本美夕

じゃあね、結奈ちゃん。がんばってね。

遠見結奈

は、はい……。

「え、うそ、なにこれ!」

「え、これ、食べていいの? わたしたちも?」

遠見結奈

ええ、どうぞ。たくさん作ったから、遠慮なく。アイスクリームと一緒にどうぞ。

一木羽美

遠見ちゃん、ほんとにいいの? わたしたち、陸上部じゃないんだけど?

遠見結奈

ええ。量はたぶん、十分にあるから。

双野沙紗

うわ、すげぇ。こんなの合宿やる前は考えてもなかった。

三山音七

ん、起きててよかったぁ。

一木羽美

でも、わたしたち、この分の材料費、出してないよね?

遠見結奈

材料費は、陸上部の先生から出してもらってるから大丈夫よ。

「ホント!? やるじゃん、陸上部!」

「あれ? なんで陸上部まで一緒になって驚いてるの?」

網島茉莉

いやだって、あたし、こんなの聞いてなかったもん……。

稲本美夕

ふふ、サプライズってやつね。

ちゃっかり驚く側に混じりながら、稲本先輩、まわりの反応を楽しんでる。けっこういい性格してるなぁ。

園生月代

こんばんは。呼ばれたから来たんだけど……、うわっ、どうしたの、この人数!

剣峰桐

なに? なにが起こってるの?

あ、園生先生と剣峰さんも来たんだ。園生先生、ちゃんと熱、下がったのかな? 顔色見る限り、大丈夫みたいだけど。

園生月代

あ、遠見さん? これ、どうしたの?

遠見結奈

ええとですね、夏合宿も最後だから、ちょっとデザートに作ってみたんです。

園生月代

そ、そうだったの? え? みんなに?

遠見結奈

ええ。材料費は陸上部の先生に出してもらいました。

園生月代

わ、私もちょっと出した方がいいのかな?

遠見結奈

それは、陸上部の先生と相談してください。

剣峰桐

ねぇねぇ、遠見ちゃん、私ももらっていいの?

遠見結奈

ええ。でも、後ろに並んでね。

剣峰桐

うわっ、もうこんなに列ができてる!?

うん、予想通りで期待通り。みんな、驚いて、そして喜んでくれている。

作ったのは、バナナとドライフルーツのプディング。といっても、ほとんどパウンドケーキと変わらないんだけど。

それに、アイスクリームを添えて。それほど手間もかからないし、たくさん作れるからと思って選んだメニューなんだけど……。

うん、うまくいったかな。私の目の前に、行列ができている。早く、みんなに切り分けてあげないと。

狛野比奈

結奈ねぇ。

遠見結奈

あら、比奈、もう夕ご飯は食べ終わったの?

陸上部の食事が始まってからちょっとして出したので、まだ、陸上部のみんなは食事中の人がけっこういて。

そわそわしながら、行列を眺めてる。一応、今日の合宿参加者の人数を聞いて作ったから、量は十分あるはずだけど。

狛野比奈

ん。急いで食べた。

遠見結奈

そう。アイスはどれがいい?

狛野比奈

バニラ!

遠見結奈

はいはい。

狛野比奈

これ、食べたら、おかずのおかわりしてくる。

遠見結奈

どういう順番よ……。まぁ、いいけど。はい。

狛野比奈

ん、ありがと、結奈ねぇ。

プディングを切り分けて、お皿に乗せて、リクエストのアイスをそれに添える。

私のその動作を見ているみんなの目。うん、やってみてよかった。稲本先輩じゃないけど、私もこういうことは、やる側に回る方が好きみたい。

全員に配り終えた時は、さすがにちょっと疲れたけど……。

みんなに、ありがとうって言ってもらえたのが、すごいうれしかった。

網島茉莉

やっほ、結奈ちゃん。あれ? まだ片付け終わらないの?

遠見結奈

あ、網島先輩。

時間はたぶん、9時くらい。さっき時計見た時、ちょっと前だったから。

もう学食の方にはほとんど人は残ってない。何人か、おしゃべりをしてる人がいるくらいで。

厨房の方に残っているのは私だけだった。そこに、網島先輩がやってきて声をかけてきた。

遠見結奈

いえ、もう片付けは終わりました。

だから、残ってるのは私一人。お皿洗い手伝いの陸上部の一年生はもう戻ってもらってる。

遠見結奈

明日の朝ご飯の下拵えがちょっとあるので。

網島茉莉

そっか、大変だねぇ。

茉莉先輩は、学食のカウンターから厨房の方に入ってきて、私のすぐ近くの調理台に腰を預ける。

網島茉莉

あーでも、明日の朝ご飯で結奈ちゃんのご飯も食べ納めかぁ。

網島茉莉

いや、ほんと、三年間、合宿やってきたけど、今年がいちばん、おいしかったもの。毎日、ご飯が楽しみでさ。

遠見結奈

え、ど、どうも。

網島茉莉

ほんと、比奈のお弁当、つまみ食いさせてもらってた時から知ってたけどさ、ほんと、結奈ちゃんの作るご飯っておいしいんだよね。

網島茉莉

それに、いつもメニューに気をつけてるでしょ? 同じもの、続けて出てこないし。品数も多いから飽きないしね。

遠見結奈

ありがとうございます……。

自分でもメニューを考えている時に気をつけていることだけど……。人に改めてほめてもらうと、照れる。

網島茉莉

結奈ちゃん、美人だし、頭もすごいいいみたいだし、おまけに料理もできるなんて最高だよね。

網島茉莉

ああ、どうしよう、あたしの好みにすごいストライク。ねぇ、結奈ちゃん、もう、あたしのお嫁さんになってよ。

遠見結奈

ええ!?

網島茉莉

うん、あたしのとこ、嫁においで? すっごい幸せにしてあげるから。毎日、おいしそうにご飯食べてあげる!

遠見結奈

ええ!? え、ちょっと、その……。

な、なにを言い出すの、この先輩。

だって、網島先輩って、稲本先輩と付き合ってるんでしょ? それなのに私を嫁にって。そんな簡単に言えることなの?

網島茉莉

なんてね、冗談だけどさ。

遠見結奈

………………。

うん、ちょっと言葉が出てこない。ほんとに冗談だったのかしら。冗談にしたのは、稲本先輩がいるから? それとも、本気だと思われたくないから?

どのみち、こんなこと、さらっと言ってくるなんて……。よっぽど言い慣れているのかな。

網島茉莉

まぁ、比奈が羨ましいかな。こんないいお姉さんがずっとそばにいるんだもんね。生まれた時からの付き合いなんでしょ?

遠見結奈

ええ。家が隣同士で、親同士も仲がよかったですから。

網島茉莉

そういう幼馴染みってなんか憧れるなぁ。幼馴染みって言うだけならあたしもたくさんいるけどさ。たいていは小学校くらいまでで仲がよかった子ってだけだもんね。

網島茉莉

この学校入ってからできた友達とかの方が、付き合い深くなるもんじゃん、普通。

遠見結奈

そうかも、しれませんけど。

この学校に来てから友達、ほとんど作ってないから、私にはちょっとわからないけど。

網島茉莉

比奈っていいなぁ。あんなに素直でかわいい上に、結奈ちゃんがついてるんだもん。

素直でかわいいってのは、まぁ、同意できるけど……。そっか、網島先輩も比奈のこと、気に入ってるんだ。

比奈から聞く陸上部の話も、網島先輩と稲本先輩の話が多い。それだけ、かわいがられてるってことなんだろうな。

網島茉莉

比奈はまだきっと、走るのも速くなるしね。美夕じゃないけど、伸ばしてあげたくなるんだよね。

確かに、稲本先輩も同じことを言っていた。将来を嘱望されているってわけじゃなく、もっと単純に。

先輩二人とも、比奈に期待してるんだ。

網島茉莉

比奈には、もっと速くなってほしいんだよね。今の比奈のまんまね。難しいこと考えなくていいからさ。

遠見結奈

………………。

網島茉莉

結奈ちゃんも、比奈に協力してあげてよ。おいしいご飯、作ってあげるのがいちばんいいかもね。

遠見結奈

……はい。

まぁ、私にはそれしかできないけど。

それで比奈が陸上を楽しんでくれるならいい。毎日、練習で疲れて帰ってきても、ご飯をしっかり食べておいしいって言ってくれればいい。

それだけなんだけど……。

ご飯を食べてる時の比奈を思い出すと、ちょっと顔が熱くなる。

網島茉莉

ま、比奈はそんなこと抜きに素直でかわいいとこがいいんだけどね。あのちょっと言葉少なめでぶっきらぼうな感じなのに、懐いてくれるのってたまんないよね。

遠見結奈

え?

網島茉莉

比奈みたいな女の子って、かわいくて仕方ないんだよね、あたし。あんな子が生まれた時からそばにいたら、絶対ほっとけなかったな。

ま、またなにを言ってるの、この先輩。

うん、そうだった。この人も、稲本先輩と付き合ってるんだから、女の人の方が好きなのよね。

網島茉莉

ま、うちの部の後輩はどの子もかわいいんだけどね。

楽しそうにそんなこと言われると、さっきまでの会話の流れから、変な意味にとってしまいそう。そして、それは誤解でもなさそうな気が。

この先輩、ほんとに女の子が好きなんだなって思っちゃう。

でも、その中に比奈が入っていて、特にお気に入りみたいなのは……。

不安というか。いやじゃないけど、落ち着かない。

明日の朝ご飯の準備もだいたい終わって。ちょっと網島先輩と話して、脱力したり、不安を覚えたり。

ようやく、学食の厨房から泊まっている部屋に戻ってみると、その比奈が私の布団を勝手にひいて、その上で横になってマンガを読んでいた。

狛野比奈

あ、おかえり、結奈ねぇ。

遠見結奈

ただいま。今日はゆっくりできた?

狛野比奈

んー……、ちょっと走り足りなかったかも?

遠見結奈

そう。せっかくの休みだったのにそんなこと言うなんて、元気ね、比奈は。

狛野比奈

ん。

他の陸上部の人たちは、それなりに午後の休みを喜んでいたように見えたんだけど。

夏合宿中、ここまで一週間、毎日練習ばっかりだったのに。ほんとに走るのが好きな子なんだから。

狛野比奈

結奈ねぇ、プディングおいしかったよ。

遠見結奈

そう? ありがとう。

狛野比奈

ん。でも、おかわりできなかったのが、残念。

遠見結奈

そうね。あっという間になくなっちゃったもんね。

比奈は真っ先に夕ご飯を食べ終えて、プディングを取っていったのだけど。

そのプディングを食べ終えた後に、おかずのおかわりをしていたら、もうその間にプディングはなくなってしまっていた。

予想以上の好評に、私も驚いているんだけど。みんな、合宿も最後だったから、ちょっと浮かれていたのかな。

遠見結奈

今度、また作ってあげるわね。

狛野比奈

ん、楽しみ。……あのね、結奈ねぇ。

遠見結奈

なに?

狛野比奈

みんな、今日、ほんとによろこんでたよ。結奈ねぇ、ほんとにすごいって。

狛野比奈

今日だけじゃないよ。毎日、ご飯おいしいって。結奈ねぇのご飯、すごいおいしいって。

遠見結奈

そ、そう……?

狛野比奈

ん。みんな、結奈ねぇのこと、ほめてた。あたしも、すごいうれしい。

狛野比奈

だって、ほんとに結奈ねぇのご飯、おいしいんだもん。みんながそれをほめてくれるんだもん。

狛野比奈

だから、すごいうれしい。合宿、楽しかったよ。

遠見結奈

そう……。

比奈が、私の作るご飯をおいしいって言ってくれるのはいつものことだけど……。

でも、今のおいしいとうれしいには、なにかとても心のこもったっていうのかな。そんな感じがして。

いつもよりももっと、私もうれしくなる。頬が赤くなるくらい。ほめられて照れてるんじゃない、これは。

比奈にほめられて、うれしい。比奈の言葉が、うれしい。

網島先輩と稲本先輩、それぞれが比奈を気に入るの、わかる。こんなに素直に言葉をくれる比奈だから。

遠見結奈

そ、そうね。網島先輩と稲本先輩からもお礼、言われたわ。

狛野比奈

先輩たちから?

遠見結奈

うん。そして、二人とも比奈のこともほめてたわよ。よくがんばってるって。

狛野比奈

ん、そっか。ちょっとうれしい。

遠見結奈

そう。

狛野比奈

二人とも、すごい、いい先輩だから。走るの速いし。

狛野比奈

茉莉先輩はおもしろいし、走るのきれいだし。美夕先輩はいつもアドバイス、くれるし。

狛野比奈

二人とも、頼りになるし、かっこいい。

遠見結奈

そっか。せっかく気にかけてもらってるんだから、比奈もがんばんなきゃね。

狛野比奈

ん、がんばる。

比奈にとっても、網島先輩と稲本先輩はいい先輩みたい。普段、話してくれることからも、今の言葉からも、それはわかる。

まぁ、今日、二人とそれぞれ話をした時に出た怪しい感じについては……。

聞かなかったことにしよう。

比奈も自分の泊まっている部屋に戻って、私もそろそろ寝ようかなって思っていた時だった。

榎木サチ

こんばんは、結奈さん。

永谷恵

もう寝るの? けっこう早いのね。

遠見結奈

私は幽霊じゃないもの。寝ないと疲れもとれないの。

永谷恵

あら、わたしたちだってちゃんと毎日寝てるわよ?

寝る必要、あるんだ?

遠見結奈

なにか用? ほんとにそろそろ寝たいんだけど。

榎木サチ

用ってわけじゃないの。明日で夏合宿も終わりでしょう?

永谷恵

結奈も帰っちゃうんでしょ? ちょっと顔を見せてあげに来たのよ。

別に見たいわけじゃないんだけど。まぁ、いいか。

榎木サチ

夏合宿は楽しかった? 結奈さん。

遠見結奈

ええ、まぁ。久しぶりにいっぱい料理もできましたし。

大人数用の料理の仕方を体験できたのはおもしろかったし、いろんなメニューに挑戦できたのも楽しかった。

なにより、みんなに満足してもらえたようなのが、うれしい。料理を通じてこんな充実した気持ちになれたのは、本当に久しぶりだったから。

榎木サチ

そう、よかった。私も、生き生きとしてる結奈さんを見てるのは楽しかったわ。

永谷恵

ずいぶん、ヒョーヘンした感じよね。

遠見結奈

……別にいいでしょ。

恵の言うこと、否定できない。料理している楽しさにつられて、いつの間にかテンションが上がってたかも。勢いで夏合宿を乗り切ってしまった感じはする。

榎木サチ

それに、お手伝いもいっぱいしてもらったし。ほんとに大活躍だったわよ。

遠見結奈

……どうも。

けっこう疲れたんだけど、サチさんにそう言ってもらえるなら、まぁ、いいか。

ほんと、食事当番以外にも、園生先生たちの手伝いもしたし。忙しい夏合宿だった。充実していたって言ってもいいのかな。

榎木サチ

桐ちゃんと月代先生、陽香ちゃんと愛来ちゃんも、それぞれ仲良くなれたみたいだし。

永谷恵

なにより、羽美さんと沙紗さんよね!

あ、またその名前を出す……。ほんとに思い出させないでほしい。

榎木サチ

ええ、あの二人の夏こそ、私たちのお手伝いの集大成よね。ほんとに私も見たかったわ。

永谷恵

もう、すっごいラブラブだったんですよぉ!

遠見結奈

お願いだから、その話を私の前で詳しく言うのは止めて……。

永谷恵

ほんと、結奈ってこういう話、ダメなのねぇ。

遠見結奈

これが普通の反応なの! あなたの方が変なのよ!

永谷恵

失礼ね。恋する女の子の正当な好奇心よ。

遠見結奈

ちがう!

幽霊になったからって、慎みとかそういうの、なくすのはどうかと思うのよ。言っても聞いてもらえない気はするんだけど。

榎木サチ

まぁ、とにかく、この夏合宿は大成功だと思うわ。

永谷恵

ええ、そうですね、サチさん!

遠見結奈

……はぁ。

榎木サチ

羽美ちゃんと沙紗ちゃんのことをのぞいてもね。

遠見結奈

……はい。

榎木サチ

夏休みが終わって、9月になってもよろしくお願いね、結奈さん。

遠見結奈

……ええ。

永谷恵

いよいよ学園祭もありますもんね、サチさん!学園祭って言ったら、恋のステップアップのチャンスいっぱいですよぉ!

榎木サチ

そうね、きっとみんな、素敵な思い出を作れるわね。

永谷恵

ええ! その思い出の中に、きっとまた……。今度は誰かしら。すっごい楽しみ!

榎木サチ

ええ、ほんとに。楽しみだわ。

そこまでの楽しみは、私は求めていない。そう言いたかったけど、きっと右から左に流されるんだろうな。

充実した夏合宿だったことに異議はないけど。確かに、楽しいこともいっぱいあった。

9月、学園祭か……。

きっと、まだまだお手伝いをがんばらなきゃいけないんだろうな。この二人のために。

でも、これ以上、お手伝いしてる相手の人たちがエスカレートしませんように。

そう願いながら、百合霊の二人を追い払って、私は布団に潜り込んだ。

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okujou_no_yurirei-san/1407.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)