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okujou_no_yurirei-san:1406

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合宿も六日目。あとちょっと。

そろそろ、残りの材料をうまく使い切る計算をしながら、メニューを組み立てて行かなきゃ。朝ご飯の準備を終えた後、そんなことを考えながら、私は校庭に出た。

特に、なにか用があるわけでもなくて、ただの散歩。ちょっと時間が余ったから。

まだ、朝の7時。そろそろみんな、起き出してくる時間だけど、まだ、外を出歩いている人はほとんどいない。校舎の中、廊下も静かで、中庭にも人はいなかった。

校庭もまだ、誰もいないだろうなって、思ってたんだけど。

遠見結奈

あ……。

一人だけ。トラックを走っている姿があった。少し、遠くからでもわかる。

小さな体、短い髪、見慣れた走り方。

遠見結奈

比奈……。

誰もいない校庭のトラックを、比奈が走っていた。

遠見結奈

どうしたのかな……。今日は朝練の予定、ないって聞いてたんだけど……。

比奈はただ、トラックを回ってる。ジョギングよりもちょっと早いくらいのペースで。なんていうんだろう、ランニングなのかな?

小柄な体だけど、手も足も細いんだけど。応援に行った大会とかで見た比奈の走り方は力強くて、子犬や子猫が全力で駆け回るのを想像させた。

駆け回るのがうれしくて、全力でこちらに向かってくるような、投げたボールに向かっていくような、そんな走り方だったはず。

今の比奈は、そんな全力のじゃないけど、それでも、足が地面を蹴るたびに、腕を振るたびに、髪が揺れて、ジャージの上着がひるがえる。

遠見結奈

………………。

それは、とてもきれいな姿だった。まっすぐに前を見つめて、走る比奈の顔、姿が、とてもきれいに見えて。

遠見結奈

比奈……。

なぜだか、私は比奈の走るその姿から、目が離せなかった。トラックに沿って、ゆっくりと私の視界の中を移動していく姿を、ただ、ずっと見つめていた。

ずっと。校庭の端っこに立って。比奈から、私の方は見えているのかな。

気付いてくれるかな。あんなにまじめに走ってる比奈の視界に私が写った時、その一瞬で、比奈が私に気付いてくれたら、いいのに。

そんなこととかぼんやり考えながら、ずっと。

遠見結奈

あ……、時間……。

そんなに、長いこと、見ていたわけじゃないと思う。でも、なぜかぼーっと見てた。なんでだろう。

ケータイの時計を見ると……、よかった。たぶん10分くらい? でも、その間、ずっと走ってる比奈を見てたんだ。

稲本美夕

結奈ちゃん。

遠見結奈

ひっ!? い、稲本先輩?

いつの間にか隣に立ってた稲本先輩に声をかけられて、思わず声が出た。

稲本美夕

え、ずいぶんびっくりするのね。そんなに大きな声出したつもりなかったんだけど。

遠見結奈

あ、いえ、すみません。ちょっとぼぉっとしてて。

稲本美夕

そう? 比奈のこと、見てたの?

遠見結奈

あ、はい。えっと……、今日って、朝練、なかったですよね?

稲本美夕

ええ。比奈のあれは自主トレね。

遠見結奈

自主トレ……。ああ。

稲本美夕

比奈の走り方、見てた? すごいきれいでしょ?

遠見結奈

え? あ、ああ、そうですね。私、詳しいことはわからないけど……。

稲本美夕

わからない結奈ちゃんがみてもきれいだってことでしょ。比奈のフォームがきれいなのはね、あれがいちばん速く走れるってことを、体がわかってるからなの。

遠見結奈

え?

稲本美夕

茉莉と似たタイプかな。スポーツ理論とかじゃなくてね、体がわかってるの。

稲本美夕

どうすれば自分がいちばん速く走れるかって。だからすごい自然に動いて、それできれいなのよ。ちょっと、うらやましいわね。

遠見結奈

そうなんですか。

稲本先輩の話を聞きながら、私は比奈の走ってる姿を見てる。確かに、小さいころからずっと、ああやって走っていた気がする。

体が自然に動くってそういうことなのかな。ずっと、ああやって走ってたもの。私の後を追いかけてきたりして。

稲本美夕

比奈も今ね、コーチから、長距離への転向を勧められててね。

稲本美夕

ちょっと悩んでいるみたい。本人は短距離の方が好きみたいだから。

遠見結奈

そうなんですか。

知らなかった。悩んでいた? そんなこと、気付きもしなかった。

稲本美夕

まぁ、だいたいのトラック選手って、短距離から入るから、当然なんだけどね。ほら、誰でも最初は、駆けっこが速くて、ほめられて、それで陸上、始めるから。

稲本美夕

私も、比奈は長距離の方が向いてると思うのよね。体の資質もそうだけど、走ることが好きで、没頭できるとこもそうかな。ほんとは長距離って駆け引きも大切なんだけどね。

稲本美夕

頭を空っぽにして走り続けられるのも、大切な資質だとは思うのよ。

遠見結奈

………………。

そう、小さいころから走るのが大好きな子だった、比奈は。だから、陸上部に入って、いつも楽しそうだった。だけど。

悩んでた? そうだったんだ。でも、私には気付かせなかった。それどころか、私のこと、ずっと気にしてくれていたなんて。

なんだか知らない間に……、しっかりした子になっていたんだな……。

稲本美夕

まぁ、まだ決めるのは早いかもしれないからね。まだ比奈も体ができている途中かもしれないしね。

稲本美夕

でも、もしなにかあったら、相談に乗ってあげてくれる? わからなくてもいいから。

遠見結奈

はい……。

稲本美夕

お願いね。比奈、結奈ちゃんにすごいなついているみたいだから。さて、そろそろオーバーワークかな。

遠見結奈

あ。そう言えば、あの子、ずっと走りっぱなし。

稲本美夕

大丈夫よ、茉莉がほら……。

遠見結奈

あ。

校庭の向こう側から、なにか声をかけながら、網島先輩が比奈の方に。

あ、比奈、逃げた。網島先輩が追っかけてる。

うわ、先輩、速い。比奈があっという間に捕まっちゃった。まぁ、比奈も本気で逃げたわけじゃないんだろうけど。

稲本美夕

そろそろ朝ご飯よね。

遠見結奈

ええ。

稲本美夕

今日もよろしくね。

稲本美夕

しかし、なにやってるのかしら、あの二人。茉莉までふざけてどうすんのよ。

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比奈が、しがみついてきてる網島先輩をひきずるように、まだ走ってる。えっと、網島先輩、ちょっとくっつきすぎじゃない?

稲本美夕

茉莉ー! いい加減にしなさい! 早く比奈、クールダウンさせてあげて!

隣の稲本先輩が声をあげると、トラックの真ん中の二人がこっちに気付いて。比奈、私に向かって手を振ってくれる。

笑いながら。その笑顔を見た瞬間、なぜだか、私は顔に血が集まってくるのを感じていた。

遠見結奈

うわ、けっこう時間たっちゃったかな……。まぁ、まだ大丈夫か。

ちょっとした散歩というか、時間をつぶすだけと思っていたのに。

朝ご飯の方は、あとは火を通すものだけすませればいいから、間に合うだろうけど。それでも、配膳の準備もあるし、私は学食へとちょっと急ぐ。その途中で。

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遠見結奈

あ……、一木さんと双野さん……。

まだ、校舎の中ならともかく、外にまで出歩いている人はほとんどいないから、向こうを歩いている二人にすぐに気付いた。

遠見結奈

大変だったみたいだけど、昨日は眠れたのかな?

あっちも散歩かな? 二人並んで、ゆっくりと歩いてる。

遠見結奈

おはよう、一木さん、双野さん。

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一木羽美

ひぅ!?

双野沙紗

うわっ!

え? そんなに大きな声、出した? 私。二人とも、背中を反らせるくらいびっくりして、慌ててばっと距離を取るようにお互いから離れて。

え……? あれ、今、この二人……。

一木羽美

と、遠見ちゃん? あ、お、おはよう。

双野沙紗

ああ、お、おはよ。

遠見結奈

ご、ごめん。そんなにびっくりするとは思わなかった。

一木羽美

あ、ううん、いいのいいの。ちょっとびっくりしただけだから。

双野沙紗

あ、ああ。

二人とも、顔が真っ赤だ。

一木羽美

え、えと、なんか用?

遠見結奈

あ、えっと……、挨拶に声、かけただけだから。えっと、二人とも、昨日はちゃんと眠れた?

一木羽美

え……? あ、う、うん……。

双野沙紗

い、一応……。

遠見結奈

そ、そう。じゃ、よかった。もうすぐ朝ご飯だから、ちゃんと時間に食堂に来てね?

遠見結奈

音七さんも、起こして連れて行くから。

一木羽美

う、うん。

双野沙紗

わ、わかった。

一木羽美

そ、それじゃ、ね。

双野沙紗

ま、また、後で!

そう言って、二人とも、顔は真っ赤のまま、そそくさと行ってしまった。

遠見結奈

………………。

え、えっと……。今、あの二人。声、かけた時……。

手、つないでたよね……。

永谷恵

結奈!

遠見結奈

うわっ、め、恵!?

今度は私がびっくりする番だった。恵がいきなり、後ろから大きな声をかけてきたから。

遠見結奈

な、なに? びっくりするじゃない!

永谷恵

見た! 見ちゃった!

遠見結奈

な、なにを?

永谷恵

今の二人! 羽美さんと沙紗さん! 今の二人がね!

遠見結奈

え、ええ……。

永谷恵

き、昨日、昨日の夜……。

遠見結奈

う、うん。

永谷恵

エッチしてたの! 放送室で!

遠見結奈

え……?

一瞬、恵がなにを言ってるのか、わからなかった。でも、耳から入ってきた言葉がゆっくりと頭の中に伝わってきて。

え? なんですって? えっと、あの二人?一木さんと双野さんが? 放送室で? え、H……? それって……?

遠見結奈

え!? え、な、なに……!? え、えっち……? う、うそ……!

永谷恵

見ちゃった! わたし、ついに見ちゃった!

榎木サチ

ほんと!? 恵!

永谷恵

あ、サチさぁん!

永谷恵

ほんとです! ばっちり見ちゃいました! ああもう、放送室じゃなかったら、サチさんも一緒に見れたのにぃ!

永谷恵

わ、わたし、初めて見ちゃいました。その、女の子同士のエッチって!

榎木サチ

ど、どんなだったの……?

永谷恵

え、えっとですねぇ、まず沙紗さんの方から羽美さんにキスして……。

遠見結奈

ま、待って! ちょっと待って! いきなりなに話し出してるのよ!

永谷恵

え? だ、だって、サチさんにもちゃんと教えてあげないと……。

遠見結奈

わ、私にまで教えることないでしょ! そういうのは二人っきりの時にしてよ!

永谷恵

えー。

遠見結奈

えーじゃないわよ! そんなのぞきの実況中継みたいなこと、私にまで聞かせないでよ! というか、なんでそんな、のぞき見みたいなことしてるのよ!

永谷恵

なんでって……。

永谷恵

そりゃ確かに、のぞき見だけどさぁ。でも、もともと、女の子同士のエッチを見るために、今までやってきたんだし。

遠見結奈

そ、そうだけど……。

永谷恵

わたしとサチさんだけじゃ、やり方わからないんだもん。結奈だって知らないんでしょ?だったら、他の人の見て勉強するしかないでしょ?

遠見結奈

そ、そうだったけど……。

永谷恵

邪魔するわけじゃないもの、わたしたち。ちょっと見せてもらうだけだもん。いいでしょ、そのくらい。

遠見結奈

うう……。

永谷恵

あら、結奈、顔が真っ赤よ? もしかして、恥ずかしがってるの?

遠見結奈

あ、当たり前でしょ!

永谷恵

気持ちはわかるけど、こういうのって、ちゃんと知ってないと大変なのよ。あれ? 結奈には前に言ったっけ?

永谷恵

よく知識もなくて、心の準備もできてないと、とんでもない目にあうんだから。

永谷恵

わたし、そういうのヤだもん。サチさんとの初エッチは、ちゃんと気持ちいいものにしたいもん。

永谷恵

だから、もっともっと、いろんな情報が必要なの! これからもどんどん、お手伝いして、いろんな子のエッチを見たいんだもん!

永谷恵

だから、これからも結奈にはもっともっとがんばってもらうからね!

永谷恵

わたしとサチさんのユリトピアのために!

遠見結奈

やめて~!!

ああ、耳を押さえて逃げ出したい。逃げても、この人たちには無駄だけど。

え、えっと、一木さんと双野さん、ほんとにしちゃったんだ……。しかも、学校で。

確かに、これまでいろんな人のお手伝いをしてきたのは、恵の言う目的のためだってわかってたけど……。

友達や知り合いのそういうことなんて、聞きたくなかった……。

永谷恵

結奈、顔真っ赤。

遠見結奈

真っ赤にもなるわよ!

永谷恵

けっこうウブなのね、結奈って。耳年増なのかと思ったけど、そうじゃないんだ。あのね、あの二人ねぇ……。キスした後は……。

遠見結奈

ちょ、ちょっと、だから!

永谷恵

欲を言えば、もうちょっとしっかりやってほしかったな、あの二人~。

遠見結奈

お願いだからやめてってば!

榎木サチ

ほら、恵、あまり結奈さんをからかっちゃダメよ。

榎木サチ

やっぱり、他人のこういうことって、おおっぴらに話したりするものじゃないわ。

永谷恵

え~。でもぉ~。

榎木サチ

あとで、私にはちゃんと教えてね。

永谷恵

はい!

ああ、サチさんもやっぱり興味あるんだ。まぁ、もともとそういう目的があった人たちだし……。

永谷恵

今回はサチさん、見れなくて残念だったけど、きっとまたチャンスありますよ!

榎木サチ

そうね、楽しみね。

ど、どうしよう。私、とんでもないことに手を貸しているような気がする。

永谷恵

ねね、結奈もほんとはちょっとくらい興味があるでしょ? 教えてあげよっか?

遠見結奈

ない!

私は、耳を押さえたくなるのをこらえて、二人のそばから離れる。

永谷恵

あ、どこ行くの?

遠見結奈

食堂! もう朝ご飯の時間だから! お願いだから、ついてこないで!

永谷恵

えー、つまんない。

榎木サチ

ほら、結奈さんの仕事の邪魔したらダメよ、恵。

永谷恵

はぁーい。

もう……! のぞき見するのは幽霊だからあんまりよくないけどいいとして!

それを私が知る必要はないわよね! ああもう、顔が熱い!

恥ずかしい、のかな? ちがうかな? なんて言ったらいいかわからない。ただ、鼓動がすごく早くなってる。

それにあわせるように、急ぎ足で私は食堂に戻った。

いつも通りの忙しい朝ご飯がすんで。

私はその忙しさでなんとか、恵たちの言ってたことを頭から追い払うことができた。もちろん、一木さんたちの方を見ることはできなかったけど。

後片付けがすんだころには、なんとか落ち着きを取り戻すこともできたみたいで。

一息つくと同時に、合宿対策本部できっと大忙しの剣峰さんと園生先生を手伝うために、数理部の部室へと向かう。

この手伝いも、剣峰さんと園生先生の負担を減らして、少しでも二人が仲良くなってもらうため。

でも、その結果として二人が……、ああもう、今はこのこと、考えないようにしよう!

古場陽香

よう、結奈!

遠見結奈

あ……。

食堂を出て、玄関ホールからの渡り廊下のそばで。声をかけてきたのは陽香だった。

古場陽香

おはよ! どうしたんだ、そんなに急いで。

遠見結奈

え? いや、そんなに急いでないけど……。

古場陽香

そっか? なんかすげぇ早足だったからさ。

遠見結奈

そ、そう? 陽香は今日も補習?

古場陽香

おう! やっと最終日だぜ!

古場陽香

いや、ほんと退屈でつまんねー補習だったぜ!ゴホービがなかったらとてもじゃねぇけどやってらんねぇって。

遠見結奈

ご、ご褒美、ね。

陽香は、ほんとにまじめに補習に通ってる。

それというのも、陽香と有遊さん、両方から聞いた話によると、補習中毎日、二人でお昼を食べたり、補習後にちょっとおしゃべりしたりしているそう。

それが陽香の言うご褒美。陽香が遅刻したら、それがなくなってしまうんだとか。有遊さん、風紀委員だけあって、時間にはすごく厳しいみたい。

遠見結奈

それにしても、今日はずいぶん、早く来たのね。

補習が始まるまで、あと30分近くあるんだけど。こないだ会った時はけっこうギリギリだったんだけど。

古場陽香

おう! それがさ、今朝はもう、寝てる場合じゃなくってさ! すぐにでも学校に来たかったんだ。

遠見結奈

へぇ。

古場陽香

もしかしたら、結奈に会えるかもと思ってさ。へへ、予想通りだぜ!

遠見結奈

え? どういうこと?

聞き返しながらも、ちょっといやな予感がしていた。なんか、前にもこういうことあったなって感じ。そう、その時は……。

古場陽香

へへ、いよいよ、オレのラブロックが完成間近なんだぜ!

そうだった……。前もそうだった……。

遠見結奈

もしかして、それを私に見せたかったから、早く来たの……?

古場陽香

おう! まさかこうもタイミングよく会えるとは思わなかったけどな! やっぱ結奈はオレのロックの完成に欠かすことのできない存在なんだな!

遠見結奈

ああ、そう……。そうかしら……。

古場陽香

まだ、ちょっと思いつかないとこもあるんだけどさ。見てくれよ! これがオレのシュータイセーだぜ!

遠見結奈

え、ええ……。

どうせ断れないんだろうな、そう思った。どうも、陽香みたいな裏のない押しの強さには弱いのかな、私。

いや、なんか最近、押し切られること、多いのかも。単に……、こういうの、無視できなくなっちゃってるのかなぁ。

遠見結奈

わかったわ、見せて。

古場陽香

おう!

これで三回目。陽香の差し出してきたノート。けっこう扱いが悪いみたいで、端っこの方、ぼろぼろになっているのに、大事なものだってわかる不思議な感じの。

その、いちばん新しい折り目のついたページを開く。そして、そこに書かれていた詞を読んでいく。

遠見結奈

………………。

古場陽香

………………。

遠見結奈

………………。

古場陽香

……ど、どうかな? これでけっこう、イケると思うんだけど……。

遠見結奈

………………。

古場陽香

……や、やっぱダメか……?

遠見結奈

………………。

古場陽香

ゆ、結奈……? そ、その、あのさ、そろそろダメ出しされて書き直すの、しんどくなってきてんだけどさ……。

遠見結奈

……あ、ごめん。ダメってことじゃなくて。

古場陽香

へ?

古場陽香

や、だってさ、結奈、なんかマジメな顔で黙っちまうからさ。

遠見結奈

いや、ちょっとほんとにびっくりして、感心しちゃって。

古場陽香

カンシン?

遠見結奈

ごめん、いいと、思う。これ以上はちょっとうまく言えないんだけど。かっこいい? そういう感じもするし。

古場陽香

おお!?

そこに書かれていた詞は、確かになんていうか、きれいとか感動するとかそういうのじゃないんだけど。

とても、ストレートな言葉で。うん、そう。陽香らしいっていうのがいちばんふさわしくて、それはもう、悪口的な意味じゃない。

私にはロックなんて、特に陽香の言うロックってよくわからないけど、この詞が伝えたいことはすごくよくわかる。

古場陽香

マジ!? これならイケそう?

遠見結奈

え、えっと……。

それはちょっと、保証できないんだけど。だって、これ、有遊さんに向けて歌うんでしょ?あの、すごいまじめそうな人に。

そのスタート地点がまちがってる気はするんだけど、でも、この詞自体はいいと思う。

遠見結奈

少なくとも、すごくいい歌になるんじゃない?音楽のこと、私、詳しくわかるわけじゃないんだけど。

だって、特に好きなアーティストとかがいるわけじゃないし、私。たまたま聞いて気に入った曲とかを聴いたりするだけだし。

だから、判断基準なんて、陽香らしいかどうかしかわからない。それだけなら、この詞はいいんじゃない、そう思った。

古場陽香

よっしゃぁ! やっと結奈からオスミツキをもらえたぜ!

遠見結奈

ちょ、ちょっと待ってよ! 私がいいって言ったからって、有遊さんが気に入ってくれるかどうかは別問題でしょ?

古場陽香

ま、そうだけどさ。でも、結奈がいいって言ってくれないものだったら、愛来にも届かない気がしてさ。

遠見結奈

私と有遊さんじゃ、全然、センスがちがうかもしれないでしょ?

古場陽香

センスだけじゃねぇって。大切なのはロックだぜ! そこがブレちまったらなにも伝わらねぇんだよ!

古場陽香

結奈なら、そこに気付いてくれると信じてんだぜ、オレ!

遠見結奈

そ、そう?

うわぁ、まるっきり自信ない、その信頼のされ方に。

古場陽香

OK。あとはもっともっと、愛来に響くように、トギスマセテいくだけだな!

古場陽香

オレの魂はブチこんだんだ! あとは愛来のこと、もっとよく知って、愛来のための詞にするだけだぜ!

遠見結奈

う、うん、そう、がんばって。

古場陽香

よっし! 今日こそは、愛来のメアドゲットして、いろんなこと、メールで聞いたり伝えたりしてやるぜ!

遠見結奈

は? まだ、メアドの交換もしてなかったの?

古場陽香

え? あ、ああ、なんかすっかり忘れてて。イエデンの方は知ってんだけどさ。

遠見結奈

普通、逆じゃない? まぁ、いいけど。

遠見結奈

あ、ほら、そろそろ補習、始まるわよ。最後の最後で遅刻したら、もったいないわよ。

古場陽香

お、そうだった! そんじゃ、行ってくるぜ!

遠見結奈

はいはい、がんばってね。

古場陽香

おう!

ほんと、すごい気合いの入りよう。あの前向きさは見習った方がいいのかな。無駄に前向きすぎるような気がするんだけど。

遠見結奈

まずいわね、これは……。

有遊愛来

ああ……。

私と有遊さん、二人同時に、手は止めずに小さな声で、つぶやいた。

なにがまずいって、目の前の光景。数理部の部室の中、今やすっかり合宿対策本部と学園祭実行委員会の夏休み特別出張室になってしまっていた。

積み上げられた仕事の量もまずいと思うけど、なによりもそれを相手に奮闘している、園生先生と剣峰さん、二人の様子がまずい。

剣峰桐

ただ今~。中島先生、いなかったよ~!

園生月代

あれ? ごめんなさい、中島先生、お休みだったみたい。

職員室にまで、できあがった書類を届けに行った剣峰さんが戻ってきたんだけど。

二人とも、剣峰さんが出る前に、中島先生が今日は学校に来てないこと、確認していたはずなのに……。もう、そのことを忘れてる。それくらい、忙しさに圧迫されてるみたい。

微妙に、会話のテンションもおかしいし。

剣峰桐

ねぇねぇ、月代ちゃん! 次はなにすればいい?

園生月代

え、えっとね……?

そして二人とも、仕事に向かうのも、ハイテンション。これって、完全に仕事中毒者の症状じゃないかしら。しかも急性の。

遠見結奈

ねぇ、有遊さん、二人ともちょっとおかしくなってきてるわね。

有遊愛来

ああ。なにかまずいことが起こる前に、なんとかした方がいいな。

遠見結奈

そうね。

園生月代

それじゃね……。

でも、どうしよう。止めようと思っても、多分、今の二人、止まらないだろうし。

私がどうしようか考えていたら、隣の有遊さんが立ち上がった。

有遊愛来

ちょっと待ってください、先生。

園生月代

え? なに? なにかわからないことあった?

園生先生、びっくりしてる。うん、私も、ちょっとびっくりしてる。どうするつもりなんだろう。

有遊愛来

そろそろ一度、仕事を見直すべきでしょう。

園生月代

え? どういうこと?

有遊愛来

一度、現状の仕事を見直して、整理するべきです。そして……。

有遊愛来

明日は、仕事は休みにしましょう。

園生月代

ええ!?

うわ、思い切ったこと言うな、有遊さん……。

園生月代

え、えっと、有遊さん、明日は都合悪いの?

そして、先生の方は、有遊さんが明日は都合が悪いのかと思ったみたい。

有遊愛来

ちがいます。明日は、園生先生も剣峰さんも、仕事を休むべきだと言ってるんです。

園生月代

ええ、や、休む!?

有遊愛来

はい。どう見ても、二人ともオーバーワークです。このままずっと働き続けていても効率は落ちますし、ミスが出る可能性も高くなります。

有遊愛来

なにより、そろそろ休まないと、二人とも倒れますよ。

園生月代

え、えぇ……。

有遊愛来

そのために、仕事を整理するべきです。

園生月代

えぇ……。

剣峰桐

そんなぁ、せっかくノってきたのに!

有遊愛来

その状態がいちばんよくない。勢いだけで仕事していると、ミスは絶対に起こる。

有遊愛来

園生先生、土日もずっと仕事だったんでしょう?

園生月代

そ、そうだけど……。でも、夏合宿が始まったのは水曜日からだったし……。

有遊愛来

では、始まる前は休みを取っていたんですか?

園生月代

……ええと。

あ、これは園生先生、仕事してたな……。それじゃ、ほんとにそろそろ倒れちゃうでしょ。

有遊愛来

そろそろ、休みを取るべきですね。

園生月代

で、でも……。

有遊愛来

失礼ですが、見かねて言ってるんです。仕事をするなとは言ってません。ちゃんと休みは取るべきだと言ってるんです。

有遊愛来

必要な休みを取るのを怠ったせいでミスしたロスを取り返す、そんなことは時間の無駄です。

先生相手に、この言い方。かっこいいと思うけど、有遊さん、はっきり言いすぎな気もする。

園生月代

……はい。

園生先生、思いっきりへこんでるし……。

でも、有遊さんは間違ったことは言ってない。本人もそう思ってるだろうし。

なにより、有遊さんの提案は、私としてもいいタイミングのいい提案だと思う。

確かに、園生先生も剣峰さんも、この夏合宿の間中、ずっと仕事していたみたいだから。ほんとに休んだ方がいいと思うし。

それに、まぁ、私が夏合宿に参加した理由の一つに、この二人のお手伝いをするってのもある。

二人ともずっと仕事してました。それを手伝ってましたってだけじゃ、恵に文句言われそうだし。

遠見結奈

それじゃ、仕事の整理、始めましょ。園生先生。

有遊さんにはありがたく、乗らせてもらおう。

園生月代

あ、うん。

遠見結奈

わからないことあったら、質問させてくださいね。

園生月代

う、うん。

自分の手元の仕事、有遊さんのやってる仕事は、だいたい把握できてる。あとは。

遠見結奈

それから、隠している仕事があったら、出してもらえますか?

園生先生の仕事、それを全部見せてもらえば、整理、できるはず。

遠見結奈

それじゃ、こっちは9月に入ってから、調整すればいいですね?

園生月代

そ、そうね……。でも、ちょっとくらい準備しておいた方が……。

遠見結奈

9月になったら、追加の申請が来るんですよね? そうしたらまた、やり直しになっちゃいますよ。

園生月代

そ、そうね……。

遠見結奈

それから、こっちはもっと人手をかけて、やった方がいいです。

有遊愛来

それなら、やっぱり9月に入ってからでいいですね。

園生月代

えっと……。

有遊愛来

がんばれば終わらせられるかもというのは無しです。実行委員会の学生は他にもいるんですから。先生と剣峰さんだけでやる必要はありません。

園生月代

……はい。

そんな感じで。

私が今ある仕事の内容を把握して、すぐにやることとやらなくていいことを仕分けする。料理で培った経験かな。こういう手順の整理は私、得意な方だと思う。

ありがたいのは、私の仕分けしたことを、有遊さんが園生先生に納得させてくれること。押し通してるって感じもするけど。

遠見結奈

だいたい、こんなとこですね。

仕事の整理と、分担の再確認。ちょっと時間はかかったかもしれないけど、これならなんとか、今日中にみんな、終わらせられるかな?

剣峰桐

はぁ……、いや、二人とも何者? OLでもやってたの?

仕事の整理の出来映えに、ちょっと満足してたら、剣峰さんがそんなことを言ってきた。

遠見結奈

なによ、その言い方。

剣峰桐

いやだってさ、有遊さんも遠見ちゃんも、バシバシ仕事の整理していくんだもん。すごい、こんなに仕事が減っちゃった。

いや、確かに減ったことは減ったんだけど。

有遊愛来

今すぐにしなくてもいいことを、先送りにしただけだ。9月になったらやらなきゃいけないことには変わりはない。

種明かしは有遊さんの言った通り。先送りってあんまりよくないかもしれないけど、前倒ししすぎて無理するのもよくないと思うし。

有遊愛来

まぁ、その時は、他の実行委員に手伝ってもらえばいいと思うが。

なにより、この人数だけでやってしまおうってのが間違ってるものもあったから。

剣峰桐

なるほどねー。

遠見結奈

それじゃ、あとは分担した仕事を、各自やっていきましょう。なんとか今日中に終わるでしょ。

剣峰桐

うん、そうだね。

遠見結奈

それじゃ、これが園生先生と剣峰さんの分ね。

剣峰桐

うん。

遠見結奈

先生、これでいいですか?

園生月代

あ、う、うん。いいと思う。……ごめんね、二人とも。

ああ、園生先生、落ち込んでる。確かに、出しゃばりすぎたかもって自分でも思ってるけど。

有遊愛来

気にすることはありません。先生には先生のやり方があったんだと思いますから。

有遊さん、その言い方はなんかだめ押しっぽい気がする……。

園生月代

はぁ、自信、なくしちゃうなぁ……。

剣峰桐

月代ちゃんはちゃんとやってたよ! この二人がバケモノなんだって!

剣峰桐

てか、二人とも、月代ちゃんの自信奪ってどうする気? 教師にでもなる気?

<01>教師にでもなる気?

<01>ううん、全然

<01>それもいいかも

遠見結奈

ううん、全然。そんな気はないんだけど。

ついでに、園生先生の自信を奪う気もなかったってば。

遠見結奈

私は考えたこともなかったな。有遊さんはわからないけど。

有遊愛来

私も教師になろうと考えてはいないな。自分でも向いてないと思ってる。

教師、か。どうなんだろう。

一応、料理で仕事をしたいって考えてるけど、職業まで考えたこと、なかった。どんなのがあるかな。

調理師、栄養士……、いろいろあると思う。ああ、確かに家庭科の先生ってのもあると思うけど。

そうすると進路は……、家政科かな。そっか、そろそろ考えなきゃいけない時期なのかな……。

園生月代

向いてないってことはないと思うわ。有遊さんも遠見さんも、いい先生になれると思うわよ。

剣峰桐

私は? 月代ちゃん。

園生月代

もちろん、剣峰さんもね。みんな、興味があるなら、いつでも先生が相談に乗ってあげるからね。

遠見結奈

それもいいかも。考えたこと、なかったけど。

なんて答えてみたけど、ちょっと調子に乗り過ぎかも。

有遊愛来

私は考えてないな。自分でも向いてないと思ってる。教わる方がかわいそうだろう。

将来、か。一応、料理で仕事をしたいって考えてるけど、職業まで考えたこと、なかった。どんなのがあるかな。

調理師、栄養士……、いろいろあると思う。ああ、確かに家庭科の先生ってのもあると思うけど。

そうすると進路は……、家政科かな。そっか、そろそろ考えなきゃいけない時期なのかな……。

園生月代

向いてないってことはないと思うわ。有遊さんも遠見さんも、いい先生になれると思うわよ。

剣峰桐

私は? 月代ちゃん。

園生月代

もちろん、剣峰さんもね。みんな、興味があるなら、いつでも先生が相談に乗ってあげるからね。

有遊愛来

先生、進路相談はまたの機会に。今は、今日の仕事を終わらせてしまいましょう。

遠見結奈

それじゃ、私たち、隣の部屋で仕事しますね。なにかわからないことあったら、聞きに来ますから。

園生月代

うん、よろしくね。

遠見結奈

はい。

確かに数理部の部室は広いんだけど、机の数が少ないから、私と有遊さんは隣の部屋でってことにした。

剣峰さんと園生先生を二人っきりにするってのも考えて。まぁ、仕事しかすることないと思うけど。

私は、有遊さんと一緒に、自分の分担の仕事を抱えて、数理部を出た。

遠見結奈

これで少しは楽になるかしら、園生先生。

有遊愛来

大丈夫だろう。先生にしかできないことも多いから、少し、分担が多めになってしまったけど……。

有遊愛来

ありがとう、結奈。お見事だった。

遠見結奈

えっと、どういたしまして? 私の方こそ、勝手に出しゃばってごめんね?

有遊愛来

気にすることはない。私だって、ああ提案はしたが、結奈ほど見事に仕事を減らせるとは思ってなかったから。

有遊愛来

すごい助かった。

遠見結奈

お互い様かもね。私も、有遊さんが先生を納得させてくれたから、やりやすかったわ。

有遊愛来

それならよかった。あとは、それぞれ、この仕事を片付けるだけだな。

そうね。まぁ、有遊さんなら問題ないかもしれないけど、念のため。

遠見結奈

ええ。じゃ、これ、もらっていくわね?

そう言って、有遊さんが持っているファイルのいちばん上のを自分の仕事の上に。

遠見結奈

有遊さん、さりげなく自分の分、増やしていたでしょう? これくらいでちょうどいいんじゃないかな?

有遊愛来

……ふふ。ほんとに、結奈をスカウトしたくなるな。

遠見結奈

さ、がんばりましょ。私、お昼前には一度抜けなきゃならないし。

有遊愛来

私もだ。

ええ、知ってる。今日は確か補習の最終日で、陽香ももちろん、学校に来てるはず。

有遊さん、この仕事の進み方次第じゃ、陽香と会う時間、減らしそうだから。そんなことさせたら、やっぱりあの二人に文句を言われてしまう。

……うん、まぁ、がんばるか。集中してやればなんとか、夕ご飯の仕度までには終わるはず。

園生先生ほどじゃないけど、私もけっこう、仕事中毒なのかもな……。

お昼ご飯がようやく終わって、後片付けもだいたい終わって。

これから、夕ご飯の仕度までは、ちょっと時間が空くことになる。たぶん、園生先生のところに手伝いに行くと思うけど。

でも、ちょっとくらいは、休憩してもいいかな。さすがに、食事当番に手伝いにってことになると、休む間がなくて。

そう思って、ちょっとだけ散歩。暑いけど、ずっと学食の厨房にいたから、少し外の空気が吸いたいし。

榎木サチ

お疲れさま、結奈さん。

永谷恵

今日のお昼もおいしかったよぉ。

遠見結奈

はいはい。

恵はご飯時になると、学食に現れる。私にぴったりくっついて、料理の味をチェックしてる。

榎木サチ

恵から、結奈さんの料理の話を聞くの、私も楽しみなの。

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なんてサチさんも言ってるけど。恵の感想はとにかく自分の好み優先みたいで、参考にならない。

これは好きとか、これは嫌いとか、味がちょっとしょっぱいとか。あのね、夏だから少し塩分多めにしているの。

夜寝るときとか、シャワーとかトイレとか、ほんとにプライベートな時は出てこないけど、それ以外はほんと、いつ現れるかわからないというか、どこにでも出てくるんだから。

……ちがう。いちばんプライベートな時でものぞいてたりしてたのよね。その、一木さんと双野さんの時とか……。

永谷恵

結奈、顔真っ赤よ? 日射病じゃない?

遠見結奈

ち、ちがう! だ、大丈夫!

ちょっと想像しちゃっただけだから! まったく、なんでそんなとこ、見てたりしてるのよ。

まぁ、それがこの二人の目的だってことはわかってるんだけど……。なにも、わざわざそんなことまで教えてくれることないじゃない。

あれ以来、ちょっと一木さんと双野さんのこと、まともに見られないのよ……。

これからも、そういうことがあったら、教えられるのかしら。相原先輩たちとか、剣峰さんたちとか……。

永谷恵

あ、サチさん、あそこにいるの!

榎木サチ

あら、陽香ちゃんと愛来ちゃんね。

……あの二人とか。ちょっとあの二人は想像つかないけど。

二人の声に見てみれば、記念樹の木陰に、陽香と有遊さんの姿が。二人で、なんだか楽しそうに話してる。

そう言えば、陽香の補習って今日までだったかな?

朝、見せられたあの歌も、もうすぐ完成するみたいだし。補習も終わって、有遊さんと話もできて。

陽香、今、ほんとに楽しそう。

永谷恵

なに、話してるのかな?

榎木サチ

なにかしらね。とても楽しそうだわ。

永谷恵

ちょっと、聞きにいってみましょうか、サチさん!

榎木サチ

そうね。

ああ、この二人、ほんとに楽しそうに……。女の子二人が楽しそうに話してるのが好きなのはわかるけど。お手伝いしてる二人だし。

でも、幽霊だからってなんでも許されるものなのかな。

永谷恵

結奈も行く?

遠見結奈

はぁ? なんでそんな盗み聞きみたいなこと、しなくちゃならないのよ。

永谷恵

盗み聞きじゃないわよ? 人聞きの悪い。ちゃんと堂々と近くに行って、聞かせてもらうんだもん。

遠見結奈

あなたたちは、見えないからじゃない。二人のいるとこ、まわりに隠れられる場所なんてないのよ。私が聞きにいったら丸見えじゃない。

というか、人の会話を盗み聞きに行くことに同意を求めないでよ。

永谷恵

不便ね、結奈って。

遠見結奈

当たり前でしょ!

永谷恵

じゃ、結奈は置いていこ。あ、サチさーん!先に行かないでくださいよぉ!

サチさん、もう、榎のそばにまでいってる。あの人も、大人っぽく落ち着いて見えるけど、こういうとこは幽霊なんだから。

二人が行ってしまって。私は、いつまでも陽香と有遊さんのこと、遠くから見てるのもどこか間抜けだし。

……散歩の続きでもするかな。

少し、そのへんを歩いて回ってから、もう一度記念樹のとこまで戻ってくると、もう、陽香と有遊さんの姿はなくなっていた。

帰ったのかな? 私もそろそろ、星館校舎に戻ろう。数理部に顔、出してみなきゃ。

そう思って、校舎の方に行こうとしたら。

永谷恵

あ、結奈、いた!

見つかっちゃった。

榎木サチ

いなくなっていたから、ちょっと捜していたのよ。

遠見結奈

陽香と有遊さん、もう帰ったんですか?

榎木サチ

ええ、さっきね。愛来ちゃんは星館校舎の方に行ったわ。

遠見結奈

そうですか。私もそろそろ、戻ろうかな。

榎木サチ

でも、ちょっとね。

遠見結奈

え?

永谷恵

あの陽香さんってどういう神経してるの? さっぱりわかんない。

遠見結奈

陽香がどうしたの?

榎木サチ

それがね。あの二人の話を聞いていたんだけど……。

永谷恵

陽香さん、愛来さんに学園祭のステージで告白すること、バラしちゃったのよ!

遠見結奈

ええ!? なんで?

永谷恵

わかんないわよ! わたしだって驚いたもん!今言っちゃってどうすんだって!

榎木サチ

ええ、なんでかはわからないけど……。たぶん、ただ、うれしくて話しちゃったみたいだったわ。

榎木サチ

本人も、秘密をバラしたってこと、気付いていないみたい。

遠見結奈

そ、そんなこと……。

あり得るのかしら。自分が計画していたことを、秘密にしている本人の前で話して気付かない?

遠見結奈

有り得る……?

かもしれない、陽香なら。私にだって、なんの注意も払わずに、話していたくらいだから。

久しぶりに会って、話をした時も。あの時から、相談してきたし、好きな人がいるってことも話してたし。

秘密を持つってことに、徹底的に向いてないって感じはする……。

遠見結奈

そ、それ、有遊さんも聞いちゃったんですよね?

榎木サチ

ええ……。

永谷恵

でもね、愛来さんは……。

有遊さんにとっては、寝耳に水なんじゃないかな? いくら陽香が隠し事できないタイプだってわかってても、まさかそんなことするなんて想像できるわけない。

そして、学園祭のステージで自分に向かって告白する? そんなこと言われたら……。

陽香、あの子、その場で有遊さんから拒絶されるってこと、考えないの!?

……考えもしないから、話しちゃったんだろうけど……。

永谷恵

笑ってたの。

遠見結奈

え? 笑ってた?

榎木サチ

ええ。そして、気付いてない陽香ちゃんには、楽しみにしてるって答えて。

遠見結奈

え、ええ……?

どういうことだろう。楽しみにしてるってことは、陽香の告白を聞く気があるってこと?

永谷恵

これって、どういうことだと思う?

遠見結奈

わ、わからない……。

脈があるってことなのかな? OKする気があるってこと? そんなとんでもない告白の計画、聞いておいて?

だって学園祭のステージよ? いろんな人が見ている前で、告白されるって……。

榎木サチ

愛来さんってすごい大物なのかしら?

遠見結奈

ど、どうなんだろう……。

確かに、あの陽香と友達になったことを考えると、度量はあるんじゃないかなって思う。風紀委員なのに、遅刻常連の陽香と友達になるなんて。

でも、陽香も女なのよ? 同性からこんなこと言われて、驚きもしなかったの? 楽しみにしてるの?

ああもう、ほんと、わかんない。

有遊さんもそうだけど。世の中ってけっこう、私の思ってた常識から外れているのかしら……。

三山音七

こんばんは~。

遠見結奈

あら、音七さん。どうしたの?

夕ご飯の片付け、明日の朝ご飯の準備を終わらせて、部屋に戻ってひと息ついたところだった。

遊びにというか、私が泊まっているこの部屋に当たり前のようにいる比奈と、それぞれ雑誌とかマンガとか読んでいると、音七さんが入ってきた。

遠見結奈

今日もここで寝てくの?

三山音七

ん~、どうしよっかな。いや、ちょっと顔出しに来ただけだったんだよ。

遠見結奈

そう?

三山音七

というより、なんか、羽美と沙紗がおかしくってさぁ。

遠見結奈

そ、そう?

おかしいって、やっぱり、あんなことしたからかな? それ以外に考えられないけど。

三山音七

ようやく台本ができあがって浮かれてるのはわかるんだけどねぇ。

三山音七

もう合宿でやることもなくなったからさ、今日は一日遊んでたんだけどさ。

三山音七

テンション高いかと思ったら、急に大人しくなったりさ。なんか、急にまったりするのさ。

遠見結奈

そ、そう……。

うわ、頭の中であの二人のこと、想像するのが止まらない。どんなことしたのか、サチさんたちから聞いたわけじゃないのに。

三山音七

あたしのことも、二人してかまってきてさぁ。前みたいに鬱陶しい感じじゃないんだけど。なに、あれ。

三山音七

結奈、なんかわかる?

遠見結奈

え!? さ、さぁ……、よくわかんない……。

知ってるとも言えないし! それに、ほんとにわかんないってば。あの二人が今、どういう気持ちなのかって。

あぁ、もう、ほんとにいろいろ想像するの止めて、私の頭。

狛野比奈

結奈ねぇ、どうしたの? 顔、まっか。熱でもあるの?

遠見結奈

え!?

うわっ、間近に比奈の顔がある。比奈の伸ばしてきたてのひらが、額に触れる。

狛野比奈

熱い、かも?

比奈の手が、ちょっと冷たい。それだけ、自分の顔が熱いってことがわかる。比奈がさわってるおでこからどんどん、熱が上がってる感じ。

狛野比奈

結奈ねぇ、熱あるんじゃない?

遠見結奈

だ、だいじょうぶ! なんでもないから!

慌てて、比奈から離れた。ごめん、比奈。ちょっと今、さわられるとマズいから。

なんでこんなに顔が熱くなるんだろう。一木さんと双野さんのことを想像していたから?

でも、真っ赤になって、一気に顔が熱くなったのは、比奈の手が触れてから。

心臓がほんとに、はっきりわかるくらいドキドキしだしたのも。

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okujou_no_yurirei-san/1406.txt · Last modified: 2013/06/01 22:49 (external edit)