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okujou_no_yurirei-san:1403

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夏合宿も三日目。

昨日からちょっと、食事を用意する人数が増えたけど、あまり手間的には関係なかった。

放送部の分の食事を用意することについては、網島先輩、陸上部の顧問の先生からの了解もとれて、問題なし。

一木さんたちの方も喜んでくれて、今日の朝も、眠い目をこすりながら、食堂に来てくれた。三人、おそろいのTシャツ姿。

ラジオドラマ作りが難航しているとかで、あまり寝てないって一木さんが言ってた。同じことは音七さんも言ってたけど、それはなにかいつものことみたいに聞こえる。

朝ご飯の片付けも終わり、これから、園生先生のところに顔を出そうかなっと思って、学食を出たところで。

古場陽香

よう、結奈じゃねぇか!

遠見結奈

あら、陽香。今から補習?

駆け寄ってきた陽香を見ながら、ケータイで時間を確認する。えーと、9時になるちょっと前。

古場陽香

おう! 今日もこれから、お昼まで4時間分、バッチリだぜ!

遠見結奈

なんで補習受けてるのに、そんなに楽しそうなのよ……。

古場陽香

え? だって、終われば好きな人と一緒にランチなんだぜ? ハッピーになれないわけねーだろ!

遠見結奈

ああ、そうだっけ。そんな不純な動機で補習受けてるの、きっと陽香だけね。

古場陽香

不純? そんなわけねぇだろ! オレは誰よりもジュンスイだぜ!

遠見結奈

はいはい……。

古場陽香

補習はクソつまんねーけど、終われば愛来と一緒に飯食って、話できるんだぜ! ああもう、こんなサイコーな夏休み、ありえねぇ!

遠見結奈

愛来って……、有遊さんも陽香って言ってたわね。よかったわね、仲良くなれて。

ほんと、いつの間に、有遊サマから愛来になったんだか。

古場陽香

ん? おお! これも全部、結奈のおかげだぜ! サイッコーに感謝してる!

遠見結奈

え? 私?

古場陽香

おう! だって、結奈のアドバイスのおかげだぜ? なにしていいかわからなかったオレに、まずはトモダチになってみろって言ってくれたべ?

遠見結奈

え? あ、ああ……、確かに言ったけど……。

遠見結奈

でも、それって当たり前のことでしょ?

古場陽香

それがありがたかったんだってば! 当たり前のことも考えつかなかったくらいだったんだからさ。

古場陽香

それに、あの歌、あれもどんどん完成に近づいてるしな! これも結奈のアドバイスがなかったらできなかったぜ!

遠見結奈

あ、ああそう、あの歌詞も、ね……。

古場陽香

まだ、結奈にOKもらえてねぇけどさ! 今、どんどんインスピレーション、降りてきてるんだぜ! 補習の最中とかもう、ガンガンキテるんだ!

遠見結奈

いや、補習はまじめに受けないさいってば……。

古場陽香

だって、降りてくるのは止めらんねぇべ? もうすぐ、完成するぜ! そしたらまた、見てくれよな!

遠見結奈

あぁ……、やっぱり見なきゃダメ?

古場陽香

あったりまえだろ!? 結奈が見てくれなきゃ完成しないんだってば!

まぁ、だんだんマシになってるみたいだからいいけど。

古場陽香

あのラブロックが完成すれば、あとは学園祭のステージでカマしてやるだけだぜ! 愛来の目の前で、オレの魂の叫び、響かせてやるのさ!

遠見結奈

ああ、そう……。

遠見結奈

って、学園祭!?

古場陽香

おう!

遠見結奈

陽香、あなた、学園祭のステージであの歌、歌う気なの!?

古場陽香

もちろん! 最高だろ? 学園祭のステージで、たった一人のために歌うんだぜ? これ以上のロックなこと、ありえねぇだろ!

遠見結奈

ほ、本気なの?

古場陽香

いつだって、本気だぜ!

確かに、学園祭の講堂でのステージ発表って、有志でも参加できたはずだけど……。

古場陽香

ほら! もう参加シンセーショだって書いてきたんだ!

自信満々で見せられた紙は、確かに学園祭のステージ使用申請書。って、ちょっと待った。

遠見結奈

待ちなさい、陽香。なにこれ、内容、ロックって。

古場陽香

なにって……、ロックだろ? オレがやるんだから。

遠見結奈

バカ! こんなんじゃ、落とされちゃうでしょ! 誰でも申請が通るわけじゃないのよ!?

古場陽香

ええ!? マジ!?

遠見結奈

当たり前でしょ! ほら、よく見せて! 少しでも不備があると、すぐに落とされるんだからね、こういうのって!

書類の不備って怖いってこと、中学の部長時代によく知っている。ちょっとした記入漏れが命取りになったりするってこと。

遠見結奈

内容は有志による音楽演奏とかにしておきなさい。希望理由とかは、日頃の練習成果の発表とかにしておくの。

なんで、「イッセイイチダイの愛の告白」とか書いてあるのよ。

古場陽香

お、おう……。

遠見結奈

申請さえ通っちゃえば、あとは多少のことは気にしないはずだから。それらしいこと、書いておくの。

古場陽香

はぁー、さすがだな、結奈。

遠見結奈

これくらい当たり前でしょ?

古場陽香

いや、そーかもしんねぇけどさ。オレにはそんなこと、思いつきもしなかったからさ。

古場陽香

うん、ほんと、結奈はすげぇ! クールに体制と付き合えるくせに、中身はロックじゃねぇか!

古場陽香

うん、結奈も絶対、オレのステージ見に来てくれよ! いや、結奈にも見届けてほしいんだ!

古場陽香

オレの愛のジョージュをさ!

遠見結奈

はいはい……。

古場陽香

また、シンセーショ、出す前に見せるからさ、チェックしてくれよ!

遠見結奈

わかったわよ。それより、時間いいの?

古場陽香

うわっ、ヤベ! 絶対遅刻できねぇんだよ!

古場陽香

補習まで遅刻したら、愛来と一緒に昼飯食えねぇんだ!

遠見結奈

急ぎなさい。そろそろ、チャイム鳴るわよ。

古場陽香

おう、行ってくる! またな、結奈!

遠見結奈

はいはい、またね。

廊下を全速力で走っていく陽香の背中を見送る。なんというか、ほんと、一生懸命なんだな、陽香って。

有遊さんとは、それなりに仲良くなっているみたい。有遊さん、かなりしっかりしていてまじめそうな人だった。

正直に言うと、陽香との組み合わせって考えられないんだけど……。うまくいくのかな……。

愛の告白って。しかも、学園祭のステージで?有遊さんがそれを受け入れるのかな?

遠見結奈

まぁ、その心配してもしょうがないか……。

チャイムが鳴った。補習の始まりの合図。たぶん、陽香は間に合っただろう。

私も、園生先生たちのところに顔を出すために、数理部室へと向かった。

遠見結奈

よいしょっと。

4時を少し回ったところ。まだまだ暑いけど、こうして校舎の陰に回れば、少しは涼しく感じられる。

校舎のそばに置かれたベンチのそばに、持ってきた荷物を置いて、腰をかける。

持ってきたのは、今日の夕ご飯に使う野菜とポリバケツ。エプロンのポケットにはペティナイフ。

つまり、これからするのは、今日の夕ご飯に使う野菜の皮むき。

厨房でしてもよかったんだけど、なんとなく。暑いのはわかっているけど、天気がいい分、外の方が気持ちいいかと思ってここまで持ってきた。でも。

遠見結奈

ふぅ、やっぱりけっこう重かった……。

榎木サチ

あら、ジャガイモがいっぱい。どうしたの?

永谷恵

今日の夕ご飯? あ、わかった、カレーでしょ?

早速というか、サチさんと恵が寄ってきた。どこから見張っているんだろう。ほんと、目敏いというか。

遠見結奈

カレーは昨日。同じメニューにするわけないでしょ。

永谷恵

あ、そうなの? うーん、ニンジンがあって、タマネギがあって……。

榎木サチ

サヤインゲンがあるわね。肉じゃがかしら。

遠見結奈

サチさん、正解。これから、ジャガイモの皮むきです。

ダンボールの中に、ジャガイモは60個。小ぶりのメークインだから、一人二個で、陸上部と放送部、あわせて28人分。ざっくり一人200グラム。

私や放送部の三人には多めだけど、陸上部の人たちなら、このくらい食べれるでしょ。

あとは、鰯とナスの揚げびたし、バジルとトマトとチーズのサラダ、油揚のお味噌汁。デザートは桃をシロップにくぐらせて凍らせただけの簡単シャーベット。

榎木サチ

ずいぶんたくさん使うのね。

遠見結奈

これ、陸上部の人の、田舎から送られてきた差し入れなんです。せっかくだから、いっぱい使わせてもらおうと思って。

あと、ダンボールにもうひと箱分、ある。メニューが偏りそうだけど、まぁ、せっかくいただいた物だし。

永谷恵

これ、全部、皮むくの? 大変そう。

遠見結奈

そうでもないわよ。一時間ちょっともあれば終わるでしょ。

一個むくのに、1分かかるかそのくらい。ニンジンとあわせても、たいして時間はかからない、はず。

永谷恵

ええ!? そんなに早く終わる!? わたしだったら、三時間くらいかかりそう。

遠見結奈

それはさすがに時間かかりすぎでしょ。まぁ、こういうの、慣れてるから。

さて、そうは言っても無駄話してる暇があるわけでもないし。さっさととりかかろうと、私はジャガイモを一個、取り上げたところで。

狛野比奈

結奈ねぇ、ここにいたんだ。

かけられた声の方を向くと、比奈がこっちに駆け寄ってきた。

遠見結奈

あら、比奈。どうしたの?

狛野比奈

手伝いに来た。当番だから。

遠見結奈

ああ、そうだったの。

夕ご飯の準備の時だけは、陸上部の一年生が順番で手伝ってくれることになっていた。

今日は比奈の番だったんだ。知らなかった。

狛野比奈

なに手伝えば、いい?

遠見結奈

うん、そうね……。

昨日までは、料理中は特に手伝ってもらうことはなかった。さすがに、配膳は人手があった方が助かるから、手伝ってもらったけど。

料理の下拵えとかは、正直、自分一人でやった方が早いくらいだったから。包丁の使い方も怪しいから、細かい指示も出しづらいし。

でも、今日は……、どうしようかな。比奈だったら、家でもよく手伝ってもらうから、頼めることもよくわかるし……。

狛野比奈

どうする?

遠見結奈

そうね。それじゃ、一緒に野菜の皮むき、しよっか。

狛野比奈

ん。

遠見結奈

厨房からぺティナイフ、持ってきてくれる?

狛野比奈

ん。取ってくる。

比奈が厨房の方へと駆けていくのを見送ってから、私はジャガイモで山盛りのボウルを持って、すぐ近くの水場に向かう。

皮についた泥を洗い落したところで、比奈が戻ってきた。よしよし、ちゃんとナイフは刃をタオルで覆ってる。

ボウルをベンチの真ん中に置いて、比奈と向かい合うように、背もたれのないベンチに腰をおろした。

遠見結奈

そんなにきれいにむかなくていいからね。

狛野比奈

ん。

遠見結奈

少しくらい、分厚くなっちゃってもいいから。たくさんあるから、スピード優先でね。

狛野比奈

ん。

そう言いながら、私は一個目の皮をむき終わり、芽をくり抜いていく。

狛野比奈

こんなもん?

遠見結奈

ん、そんなもん。芽だけはちゃんとくり抜いてね。

狛野比奈

ん。

比奈が見せてくれたジャガイモを見て、うなずく。

むいた皮は、足元のバケツに落とす。少しくらいこぼしても別にいい。後で拾っていけばいいんだから。

むき終わったジャガイモは、そのまま、空いた方のボウルへ。そして、次のジャガイモを取る。

比奈は、私が二個むく間に、一個終わるくらい。でも、私の手伝いをすることが多いから、これでも速い方じゃないかな。

二人して、次々にジャガイモをむいていく。

ベンチの場所は、ちょうど校舎の日陰。午後の強い日差しも、ここまでは届いてこない。風もほんの少しだけ涼しい気がする。

蝉の声が、響いてる。きっと、校舎や校庭の木にとまって鳴いているんだろう。少し、遠くから聞こえる。

なんていうんだっけ、こういうの。ああ、そうだ、蝉時雨。

狛野比奈

これで5個。

遠見結奈

私はこれが10個目。

別に競争してるわけじゃないけど、昔からこういうやりとり。比奈はこれで、やる気が出るみたい。私も、なんとなく手が早くなる気がするし。

狛野比奈

む、ダブルスコア。

遠見結奈

急がなくてもいいのよ。丁寧じゃなくてもいいから、雑になっちゃダメ。

狛野比奈

ん。

そう言っておけば、比奈はちゃんとやってくれる。

手先はけっしてすごい器用ってわけじゃないけど、私がこのくらいでやってほしいってあたりをちゃんとわかってくれる。

いつも、私の手伝いをまじめにやってくれる。

こういう時、ずっとおしゃべりしながらってことは少なくて、時々、どちらかが話しだして、それでちょっとだけ、おしゃべりして。

そしてまた、しばらく無言のまま、手を動かして、また、どちらかが話しだしてを繰り返す。

そういうペース。私と比奈の二人、ずっとそんな感じ。

今日もまた、しばらく、たぶん、ジャガイモ四つくらい、黙々と手を動かしていた後で。

狛野比奈

結奈ねぇ、ありがと。

遠見結奈

ん? なにが?

狛野比奈

合宿の料理係、引き受けてくれて。

遠見結奈

ああ、そのこと。ううん、いいの。私の料理の腕を買ってくれたんだし。

狛野比奈

ん。ねぇ、結奈ねぇ、楽しい?

遠見結奈

うん。いろんな料理を作れるしね。こういう大人数分の料理も久しぶりだし。

狛野比奈

ん、よかった。ほんとはね。

狛野比奈

もしかしたら、結奈ねぇ、断るかもしれないって思ったから。

遠見結奈

断る? なんで?

そんなこと、考えたかな? 網島先輩と稲本先輩から話を聞いた時、そんなこと、思ったかな?

たしか、これで合宿に参加できるし、ちょうどいいって思ってたはず。なんで比奈は、私が断るかもしれないって思ったんだろう。

狛野比奈

結奈ねぇ、もしかしたら、料理するの、嫌いになってるのかもしれないって思ってたから。

遠見結奈

え……?

比奈の言葉に、一瞬、言葉が詰まった。

料理が嫌いになったこと。小さいころからずっと続けてきた、料理。中学では、料理部に入って、部長までやったくらい、好きなこと。だったはず。

それを嫌いになったこと。……あった、確かに。嫌いになったわけじゃないと思う。でも、料理するのがつらかった時があった。

あの日の直後。それからしばらく。自分のしてきたことすべてに自信が持てなくなったから。

それでも。

狛野比奈

でも、よかった、頼んでみて。

狛野比奈

結奈ねぇ、今、とても楽しそう。

嫌いにはなれなかった。つらくてもずっと、家族や比奈のために料理を作り続けているうちに、だんだんそれは薄れていった。

比奈のために、料理を作っているうちに、嫌いじゃないってことに気付くことができた。

遠見結奈

比奈……。

気付いてたんだ。

私が、料理をするの、つらいって感じていたこと。

遠見結奈

知ってたの……?

狛野比奈

ん? なに?

遠見結奈

えっと、その……。

うん。きっと比奈は知らない。なんで私が料理をするの、つらいって感じていたか、その原因までは。知るわけがない。

でも、比奈は気付いていたんだ、私のこと。変わらずに、ご飯作ってあげていたはずなのに。

遠見結奈

私、変だったかな……?

狛野比奈

んー。変じゃない、けど。

狛野比奈

あたしがこの学校に入る前、ちょっとちがってたから。

遠見結奈

そっか……。そうだよね……。

比奈、ずっと私のいちばんそばにいたもんね。

この学校に入ってから、深く人と付き合うのは避けていた。阿野は例外として。

家では、そんな素振り、見せたことはない。比奈にだって、もちろん。でも。

狛野比奈

らしくない感じ、ずっとしてた。あまり、学校のこと、話してくれなくなったし。

遠見結奈

うん……、そうかもね……。

狛野比奈

ここに入ってから、時々、学校で見る結奈ねぇ、いつも元気がない感じ、してた。アノちゃんと一緒の時以外、いっつも一人だったし。

遠見結奈

うん、そうだったね……。

そうしてきたから。他人と深く関わりたくなかったから。

狛野比奈

なにか、あったのかなって、思った。

だって、怖かったから。

狛野比奈

でも。

狛野比奈

最近は、ちがう。なんだか、楽しそうな感じ、するよ、結奈ねぇ。

狛野比奈

こないだの追いかけっこも、そう。合宿のこと、頼んだ時も、そう。

狛野比奈

結奈ねぇ、楽しそうだったよ。だから。

狛野比奈

よかったって思ってた。

遠見結奈

うん……。

狛野比奈

今も、そう。合宿の料理作ってる結奈ねぇ、楽しそう。だから。

狛野比奈

うれしい。

遠見結奈

うん……。

そうだね、比奈。楽しいよ、今。

ちょっと大変だけど、たくさん料理ができて、それ以外にもいろいろやって、楽しい。もう、わかってる。

私、今が楽しいんだ。ずっと、楽しんじゃダメだって、思ってたけど。

また、余計なこと、してるかもしれないって怖くなるけど、それでも。

楽しいんだ、今。

遠見結奈

ねぇ、比奈。

狛野比奈

ん。

遠見結奈

あのね、私……。

狛野比奈

ん。

遠見結奈

ずっと、ね……、怖かったんだ。

狛野比奈

ん。

遠見結奈

中学の最後の冬にね、最後の大会で優勝した時にね。

狛野比奈

ん。

遠見結奈

料理部のみんなが、話していること、聞いちゃったんだ。ほんとに、偶然だったんだけどね。

遠見結奈

みんながね、私のこと、ほんとは鬱陶しく思ってたってこと。聞くつもりはなかったんだけどね。

言葉が、出てくる。ずっと閉じ込めていた言葉が、記憶の奥底から。胸のずっと深いとこから。

遠見結奈

それを聞いた時、ね。すごく、ショックだった。

遠見結奈

みんなのためにがんばってきたつもりだったのに、それが伝わってなかったことが。

遠見結奈

一緒にがんばってきたって思ってたのに、それは私だけの思い違いだったってことが。

遠見結奈

私のやってきたことって、みんな、無駄だったのかなって。そう思ったの。それで……。

遠見結奈

怖くなったんだ。また、こんな思いをすることが。誰かと、深く関わって、いろいろしてあげたことが全部、余計なお世話だって、お節介だって言われることが。

狛野比奈

………………。

比奈は、私の言葉を黙って聞いていてくれる。私の顔、まっすぐ見つめながら。私は、少しうつむいていたから、目は合わせられなかったけど。

私の手はずっと動いてる。話しながら、ただ、ジャガイモをむき続けている。比奈の手は、かなりゆっくりになっちゃってるけど。

それでも、ずっと聞いていてくれる。私が、ずっと胸の奥にため込んでいたことを。誰かに伝えたかったのかどうかもわからない。

でも。

遠見結奈

比奈にバレちゃったのはそのころなんだろうね。しばらく、ちょっと料理するのも苦しかったから。でもね。

遠見結奈

今はもう、ちょっと平気になってるから。料理するのはやっぱり楽しいもの。

遠見結奈

だって、比奈がいっぱい食べてくれるものね。おいしいっていつも、言ってくれるから。

遠見結奈

料理まで、嫌いにならなくて、よかった。ありがとうね、比奈。

狛野比奈

ううん。

比奈は短い髪が広がるくらい、はっきり頭を横に振って。

狛野比奈

結奈ねぇの作るご飯、ほんとにおいしいよ。いつも、ずっと。

遠見結奈

……そっか。

狛野比奈

ん。だから、ありがとうって言いたいのは、あたしの方。

狛野比奈

結奈ねぇ、いつもありがと。

遠見結奈

うん。

今までずっと、言えなかった。比奈にだって、話すことができなかった、あの時のこと。だって、誰に話せばいいんだろう。

それがやっと、言えた。今、こうやって比奈に話したところで、なにも変わらないんだけど、でも。

確かに、気持ちは軽くなった。胸のつかえがおりたってきっと、こういう気分。

ボウルに残った最後のジャガイモを拾い上げて、私は皮をむいていく。ナイフを滑らせて、5回。芽をくり抜いて、おしまい。

遠見結奈

はい、これで終わり。比奈、それももういい?

狛野比奈

ん、あとちょっと。……ん、おしまい。

遠見結奈

はい、ありがと。

狛野比奈

他は? なにか手伝うこと、ある?

遠見結奈

後は大丈夫。配膳の時にまた、手伝ってくれる?

狛野比奈

ん。

遠見結奈

うん、それじゃ、練習に戻っていいよ。今日は肉じゃがと他いろいろ。デザートは桃のシャーベット。楽しみにしててね。

狛野比奈

ん。みんな、おいしいって言ってるよ。

遠見結奈

ほんと? よかった。

狛野比奈

結奈ねぇの料理、すごいって。ご飯が楽しみだって。

遠見結奈

うん、ありがと。

狛野比奈

ん。それじゃ、練習に戻るね。

遠見結奈

うん、がんばってね。

比奈が立ち上がるのと一緒に、私もむき終わったジャガイモを入れたボウルを抱え上げる。ついでに、比奈が持ってきたナイフも受け取って。

遠見結奈

比奈。

狛野比奈

ん?

遠見結奈

変な話、聞かせてごめんね? でも、聞いてくれてうれしかった。

狛野比奈

ううん。あたしもね、うれしかった。

遠見結奈

え?

狛野比奈

結奈ねぇが、話してくれたこと。その時は、なんにもできなかったけど……。

狛野比奈

今、話してくれたから、うれしかった。それで、結奈ねぇがありがとって言ってくれたから、もっと、うれしい。

そう言って、比奈は笑った。とても、うれしそうに。この子の、うれしそうな、顔で。

狛野比奈

じゃあね。

比奈が校庭の方に走っていく。その背中を見送りながら、私は気付いた。

いつの間にか、蝉時雨の中に、ヒグラシの声が混ざっていたことと。

私の頬が、なぜだかとても熱くて、たぶん、赤くなっていて。

そして、ちょっと鼓動が速くなっていたことに。

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okujou_no_yurirei-san/1403.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)