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okujou_no_yurirei-san:1102

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阿野藤

あ、おはよ~、結奈~。

遠見結奈

おはよ、阿野。今日は忘れ物はない?

阿野藤

ある!

だから、なんでそう、堂々としていられるのかな。

ほんとに、なにかの病気なんじゃないかと疑いたくなってくる。阿野の忘れ物癖は。

とにかく、毎日なにか必ず忘れ物をしてくる。忘れ物をしなかった日がない。

阿野と親しくなったきっかけだって、忘れ物だった。一年の時、同じクラスで、入学して早々のある日。

阿野は、その日の最初から最後まで、全部の授業の教科書教材を忘れて、隣の席に座っていた私に、見せてくれと頼んできたのだ。

1時間目は、まぁ、普通に。2時間目は、こんなこともあるだろうと。3時間目ともなると、あきれてなにも言えず、4時間目以降は黙って机を寄せるしかなかった。そして。

さすがに、放課後、聞かずにはいられなかった。曜日を間違えたの、と。

それに対して、阿野の答えは。

「用意しておいた教科書、全部忘れてきちゃってさ~」

いや、忘れないだろう、そんなの。だって、それってカバンに教科書丸ごと入ってなかったってことでしょ? 気付くでしょ、普通。

そう重ねて問いただしそうになった私に、阿野は。

「えへへ~、ミッションコンプリート!」

と言って、親指を突き出して見せた。その瞬間、なんかわかった。ああ、この人、本当に忘れてきたんだって。

その後もたびたび、忘れ物をしてきては頼られることがあって、そしてついに、私は悟った。

無理、人付き合いは避けたいと思ってたけど、この子は無理、と。

悟るしかなかった。その日。

阿野は、なにも忘れ物をしてなかった。

教科書、ノート、教材、ケータイ、手帳、お弁当、お財布、定期、ハンカチ、ナプキン、その他諸々、貸すと約束してくれた本まで、ちゃんと持ってきていた。もちろんカバンも。

すごい、こんな日もあるもんだって、私は思った。知り合ってから初めて、阿野の忘れたって言葉を聞くことがなかった。

そして、なんとなく平穏な気分で迎えられた、5時間目、たまたまその日にあった体育の授業の直前に、気付いた。

この子、ブラしてくるの、忘れてた……。

なんでそんな大きなものがついてるのに、忘れられるのよ! 慌てて私は、阿野に体育を見学するように言った……。

そんな阿野だから、私も今さら、彼女の忘れ物で騒いだりしない。

遠見結奈

はぁ……、自分でなんとかできる?

阿野藤

うん、解決済み!

遠見結奈

そう。あ、そうだ、阿野。

阿野藤

ん、なに?

遠見結奈

テスト前に、比奈と勉強会するんだけど、阿野も来る?

阿野藤

ほんと? もちろん参加を希望するぅ! やった、結奈のご飯、楽しみ~。

遠見結奈

ご飯は作ってあげるけど、勉強するためなのよ? いい? 教科書と筆記用具は貸してあげられるから、ノートだけは忘れてこないでね?

阿野藤

わかったわかった~。

阿野藤

前にやったのは、ひなちゃん、この学校に入る前だったよね。

遠見結奈

そうね、受験する直前だったわね。

阿野藤

そのひなちゃんがもう一年か~。時がたつのは早いな~。あたしたちも入学して一年たつわけだ~。

遠見結奈

なに言ってるのよ。

遠見結奈

ん、一年っていえば、ねぇ、阿野、一年生の牧聖苗さんって知ってる?

阿野藤

ふぇ? ん~、さすがに入学したての一年生にはまだ知り合いはいないな~。

遠見結奈

そっか、そうだよね。

阿野、意外と交友関係広いみたいだからもしかしたらと思ったけど、やっぱり知らないか。

阿野藤

誰? 結奈の知り合い?

遠見結奈

あ、えっと、比奈の隣の席の子なんだって。

阿野藤

へぇ~。んじゃ、代わりと言ったらなんだけど、放送部の三人組なら、今朝、一緒の電車だったよ。

遠見結奈

え? そ、そう。

阿野藤

今日も三人一緒だったよ。朝からいいコントを見せていただきました。

遠見結奈

失礼な言い方ね。まぁ、わかるけど。

阿野藤

あら、なんか反応冷たい。音七なら友達だから、結奈がよければ紹介してあげようと思ったのに。一年の時のクラスメイトを改めて紹介ってのも変だけど。

遠見結奈

え? あ、え、えっと……。

ど、どうしよう。……でも、紹介してもらったって、どうにかなるわけじゃないし……。それに、仲良くなったらかえってこっそり動きにくくなるかもしれない。

遠見結奈

ううん、いいわ。

阿野藤

あ、そう? こないだ、三人のこと聞いてきたから、興味あるのかと思った。

遠見結奈

ん、あの時は、ちょっと、ね。でもいいの。ありがと、ごめんね。

阿野藤

ひゃ、いいよいいよ、お礼なんて~。

阿野藤

なんか、結奈がああいうふうに他の人のこと、聞いてきたの初めてだったからさ! つい気を回しちゃいましたー! グルグルって、空回り!

遠見結奈

空回りさせて悪かったわよ。でも、初めてってことはないでしょ。どんだけ人間嫌いだと阿野に思われてるのよ、私。

阿野藤

いや、初めてだと思うよ? 阿野さん、びっくりしたもん。

そ、そんなにひどかったかな、私。……まぁ、ちょっとひどかったかもしれない。

阿野藤

そんで、ね、あたしを頼ってきたのも初めてだったし。

遠見結奈

そ、そう?

阿野藤

まぁね~。感動しましたよ?

遠見結奈

……なんか、ごめん。

阿野藤

気にすんな! このお礼は三時間目の教科書を見せてくれればそれでOK!

遠見結奈

……忘れ物は解決済みなんじゃなかったの?

阿野藤

忘れ物がひとつだとは言ってない!

遠見結奈

はいはい、見せてあげるわよ。

阿野藤

わーい、結奈大好き~。

昼休み。いつものように、私はお弁当を持って屋上に。

でも。いつもとちがって、待っていたのはサチさんだけだった。

遠見結奈

こんにちは、サチさん。あれ、恵は?

榎木サチ

こんにちは、結奈さん。恵には、放送部の子たちの様子を見てくるよう、お願いしてるの。

遠見結奈

あ、そうですか……。

私は、ベンチに腰を下ろして、お弁当を広げる。昨日、比奈に作ってあげると約束した通り、今日はバケットサンド。

私がお弁当を食べ始め……、ようとした時、ポケットのなかで、ケータイが震えた。

遠見結奈

あ、ごめんなさい、ケータイ鳴ってる。

私は、ポケットからケータイを取りだした。あ、なんだ、メールか。

お母さんから。職場で急に休まなくちゃいけない人が出たから、今日はそのまま準夜勤に入るって。

つまり、帰りは遅くなる、その連絡だった。

私は、内容だけ確認して、返事は出さずに、指をすべらせてメールボックスを閉じた。

榎木サチ

それってなぁに? 「けーたい」じゃないの?

うわっ、サチさんがすぐ後ろから私をのぞき込んでた。視線は、私のケータイにまっすぐに。

遠見結奈

え、ええ、ケータイだけど……。

遠見結奈

あ、ケータイってのは、携帯電話のことで……。

サチさんが生きてたころって、電話って普通にあったのかなぁ。

榎木サチ

あら、私だって「けーたい」くらいは知ってるわよ。最近の子はみんな持ってるもの。

遠見結奈

あ、そっか、そうですよね。

榎木サチ

でも、結奈さんのって、ボタンがついてないわ。

遠見結奈

ああ、これ、スマートフォンだから。

榎木サチ

すまーとふぉん?

遠見結奈

ボタンの代わりに、こうやって操作するんです。

と、私は指をすべらせて、適当なアプリをいくつか、動かしてみせる。

榎木サチ

まぁ!

うわ、目がまん丸。

榎木サチ

ど、どうなってるの? 結奈さんが指でさわっただけで動いたわ。

遠見結奈

えーと……、確かに、どうなってるんだろう……。

榎木サチ

最近の「けーたい」ってすごいのね。よかったら、今度、ゆっくりと見せてくれない?

遠見結奈

え、ええ、いいですけど……。

ちょっと意外。サチさん、こういうのにけっこう興味、示すんだ。

榎木サチ

恵だったら、もうちょっと詳しいんだけど。あの子、教室とかでよく、あなたたちが読んでいる雑誌、一緒に見てたりするのよ。

そうだったんだ。私たち、幽霊に盗み見されてたんだ……。

それはともかく。

私は、今度こそ、お弁当を食べ始める。比奈のリクエストに応えたバケットサンド。

その横で、サチさんがいろんな報告を始めてくれた。

榎木サチ

牧ちゃんってほんと、かわいいわね。

サチさん、昨日は、牧さんの様子をうかがっていたとのこと。

榎木サチ

あのね、あの子、昨日は相原さんが都合で先に帰ったから、一人でいたのね。なにをしていたと思う?

なんだろう? 相原先輩がいないなら、わざわざ学校に残る用もないと思うんだけど。

榎木サチ

牧さん、急に学校中をあちこち、歩き回っていたのよ。

へぇ……、なんでだろう。

榎木サチ

なにかを探していたみたい。なんだと思う?

榎木サチ

あの子ね、忙しい美紀さんと、もっとお話する時間を作るために、結奈さんと同じ結論にたどりついたみたいなの。

遠見結奈

同じ、結論?

榎木サチ

そう、「先輩と二人だけの秘密の場所」を探すんだって。

ああ……。

榎木サチ

ほんと、仔猫みたいに、あちこち探検して回っていてね。それを一緒に追いかけていたら、私までなんだか楽しくなってきてしまったわ。

榎木サチ

どこかに行くたびに、目を輝かせてって感じで、建物を見て回ってるの。ほんと、かわいいわね、牧ちゃんって。

榎木サチ

好きな先輩のために一生懸命で。いい恋、してほしいわね。牧ちゃんと美紀さんの恋、ちゃんと育ってほしいわね。

遠見結奈

ええ……。

うん……、まぁ、どんな恋なのかよくわからないけど、うまくいってほしいってのは、あるかな、少しは。

それにしても、牧さんもそういう場所を探し始めたんだ……。うん、これは好都合かな?

昨日の夜は、もし、場所を見つけたとしても、どうやって牧さんに知らせるかが思いつかなかった。

でも、もし、牧さんも同じような場所を探しているなら。目的はちがっても、目標は私と同じなんだから、うまく誘導できるかもしれない。

榎木サチ

今日も、休み時間のたびに、あちこち歩き回っているのよ。

榎木サチ

そんなにも、見つけたいんでしょうね。その、「二人だけの秘密の場所」を。

榎木サチ

いい場所、見つけてあげたいわね。でも、牧ちゃんの方が先に見つけちゃうかしら。

遠見結奈

その、場所なんですけど。

榎木サチ

え?

遠見結奈

私、何ヶ所か使えるかもしれないってとこ、心当たりあります。

榎木サチ

まぁ、そうなの?

遠見結奈

ちょっと、ちゃんと見てみないとわからないけど。

榎木サチ

すごいわ、結奈さん。そこはどこなの?

遠見結奈

奥校舎です。

榎木サチ

そう、それなら、放課後、私と一緒に行ってみましょう。

サチさんと……?

どうしよう……。別に、サチさんが邪魔になるとか、そんなことはない。でも、私、サチさんには……。

気になることが、ある。

遠見結奈

あの、サチさん。

榎木サチ

なぁに?

遠見結奈

サチさんって……、その、人の心が読めるんですよね?

榎木サチ

……ええ。

遠見結奈

それって……、どこまでわかっちゃうんですか?

気になる。サチさんがどこまで、人の心を読めるのか。今も、どこまで私の心の中が見透かされているのか。

榎木サチ

そう、ね……。結奈さんには、きちんと説明してあげないとね。

榎木サチ

怖がらせてごめんなさい。でもね、安心して。

榎木サチ

私、そんなにたいそうなことはできないから。

遠見結奈

………………。

そう言われても……、ほっとしたとか、安心できるってわけにもいかなくて。

榎木サチ

私はね、誰かが、強く思ってることがわかるだけなの。それも、すぐそばにいる人の、ね。

榎木サチ

思考、よりも感情、かしら。だから、考えてること、じゃなくて、思ってること、なの。

榎木サチ

それに、すぐ近くにたくさんの人がいるとダメなの。こんがらがっちゃってよくわからなくなちゃって。二人くらいまでかな、聞き分けられるのって。

榎木サチ

もうちょっと具体的に知ろうと思えば、できるのよ。相手に手で触れてみればいいんだけど……、これはちょっと礼儀に反するから、あまりできないわよね。

榎木サチ

ね、あんまりたいしたものじゃないでしょう?

そう、かな。十分すごいと思うけど。幽霊ってそんなこともできるんだ。

でも、サチさんの言葉からすると、読めるのは感情だけで、思考は無理。それなら、記憶は……、無理なんだろうな。

ちょっとほっとした。やっぱり、誰かに見られたいものじゃないし。

榎木サチ

私が、誰かの恋心がわかるのはね、たぶん、いちばん私が感じ取りやすい気持ちだからだと思うわ。

榎木サチ

私がいちばん、知りたいと、わかってあげられたらいいなって思う気持ちだから。

榎木サチ

恵はすごいって言ってくれるけど、こんなものなのよ、私のできることって。

サチさんはそう言って、ちょっと笑った。

奥校舎の廊下、今日はサチさんと一緒。

放課後、屋上に一度集合してからここに来るまで、ひと悶着あった。

私とサチさんが一緒に行動することに、恵がものすごく反対したから。

恵は放送部の三人組の見張りにもどりなさいってサチさんに言われても、しばらくは収まらず、ずっと私をにらみつけてきていた。

私が屋上から星館校舎を出るまでの間、ずっと耳元でサチさんに変な気を起こしたら呪うからと囁き続けてくるし。

いや、変な気って。もう言い返すのもバカバカしいから、さっさと校舎を出てきたんだけど。

そうして着いた奥校舎の廊下。その一階に、相原先輩と牧さんがいた。

二人で一緒に、校内連絡用の掲示板の貼り替えをしていた。牧さんが紙の束を抱えて、相原先輩がそれを受け取って、画鋲で止めていく。

二人で貼り替え作業をしながら、仲よさそうになにか話していた。

と思ったら、通りかかった先生が、相原先輩になにか声をかけた。察するに、なにか頼み事をしているんだろう。

笑顔でメモを取り出して受け答えしている相原先輩に対して、牧さんの顔が少し不安そうで。

でも、ほんと、話には聞いていたけど、相原先輩ってすごいな。あんなにナチュラルに頼み事される人、見たことない。

そんな相原先輩を見ていて、私は……。

私は、どうだったんだろう。あの時の、私は。

ううん、いや、いいんだ。もう、そういうのは。

でも、相原先輩が、なんだかとても楽しそうに見える。増えていく仕事にもいやな顔もせず、笑顔で対応していくその姿。それが、とても……。

榎木サチ

美紀さんがうらやましいの?

遠見結奈

……!

読まれた!?

榎木サチ

いいえ、ちがうわ。結奈さんが、そんな目をしていたから。

そう言って笑ったサチさんから、私は顔を背ける。

遠見結奈

別に……、そんなことないです。

榎木サチ

そう? ちがってたかしら、ごめんなさい。

遠見結奈

……いいえ。いいです。

サチさんの言葉は図星だったのかもしれない。

そんなことはないと思っていても、サチさんに言われた瞬間、心を読まれたかとあせった。つまり、そんなことを考えていたってこと?

わからない。相原先輩のこと、どう思っていたんだろう。うらやましい? なんで? なんでそう思うの? どこが、そう。

うまく、考えがまとまらない。

榎木サチ

さ、行きましょう、結奈さん。今日は美紀さんたちの観察が目的じゃないんだから。

遠見結奈

あ……。

すっと、サチさんが私の前に出る。振り向いて、先に行こうって促してくれてるみたい。

……気を遣われちゃったかな……。

でも、ちょっと助かる。早くここから立ち去りたかったから。そういうの、わかってくれたのかな、サチさんは。

私より、大人なのかもしれない、サチさんは。三年生だったから? それとも、ずっと幽霊だったから?

わからない、けど。私はサチさんに追いついて、廊下を歩いて行った。

着いたのは、奥校舎の二階の、階段からいちばん離れた奥の部屋。資料室とは名ばかりの物置として使われている部屋だった。

榎木サチ

ここ?

遠見結奈

ええ。

鍵のかかってない扉を開ける。うわ、すごいカビ臭い。ホコリのにおい。扉を開けただけで、舞い上がったみたい。

榎木サチ

また物が増えたのね、ここ。

遠見結奈

知ってるんですか?

榎木サチ

ええ。私が生きてたころは、教室として使ってたわ。でも、いつの間にか資料室になって、今は、物置なのね。

遠見結奈

名前だけはまだ資料室みたいだけど。

私の心当たりは、この部屋の奥。ただ、ちょっとそこまで入り込むのは大変そう。壁や物を通り抜けられない、こんなとこを歩けば服にホコリがついてしまう身としては。

遠見結奈

えっと、このへんの物をどければ……。うわっ、けほっ、けほっ!

んーー! ホコリが思いっきり舞い上がった、吸い込んじゃった。うえ、気持ち悪い。

でも、がまんして物をどかす。

いくつかのダンボール箱と紙の束、丸めた地図を束ねて縛ったもの、なんであるんだ空っぽの灯油缶、ああこのストーブのためか、それらをどかしてみると。

遠見結奈

ふぅ……。

ようやく人が一人分、どうにか通り抜けられる隙間ができて。

遠見結奈

これで、棚の裏に行けるはず。

榎木サチ

ああ、ここね。

幽霊ずるい。私がこんな苦労して道を作ったのに、棚をすり抜けていくなんて。

そう、棚の向こう側には。

窓がある壁との間に、ほんの畳一畳分ほどのスペースがあった。

榎木サチ

ああ、確かにここ、こういうふうになってたわね。ずっと前に一度、のぞいただけだから、忘れていたわ。

遠見結奈

思ったより、広くないかな……。

榎木サチ

そうかしら。それにしても結奈さん、すごいわね。よくこんなとこ、知ってたわね。

遠見結奈

それは……、その、ここの校舎の外からの幅と、この部屋の中の棚のあるとこまでの距離が、なんとなく合わないなって思っていて。

遠見結奈

もしかしたら、隙間があるんじゃないかって。

榎木サチ

そう。

サチさんは、それだけしか言わなかったけど。なんとなく、もうちょっと言葉を促されているような気がした。

遠見結奈

静かな場所、探してて。

榎木サチ

そう。

榎木サチ

そうね、そういうのってほしくなるのよね。

……サチさんでも、そう思うことがあるのかな。それとも、また、気を遣われちゃったかな。

とりあえず、スペースがあるのはわかったけど……、でも、どうしよう。

いくら、人に見つからなさそうな場所だからといって、こんなとこで立って話をする気にもなれなさそう。

せめて、座ることができたら。椅子でも運び込む?

なにかないかな……、って。

まわりを見回した私の目に、そのスペースの奥に押し込められていたものが飛び込んできた。

遠見結奈

え、あれって、まさか……。

このスペースよりひとまわり小さいものが、立てかけてある。長方形の底面、破れているけど、布地が張られていて、四隅に木製だと思う突起、あれは、脚? つまり……。

遠見結奈

これ、ソファ!?

榎木サチ

あら、そうね。

例によって障害物を通り抜けたサチさんが確認してくれる。

いや、なにこれ、できすぎ。しかも、ちょうどこのスペースに置ける大きさじゃない。

遠見結奈

うわ、ラッキーなんだけど……。

榎木サチ

確かに、この長椅子、ここに置いたら、ちょっとした隠れ家ね。秘密の場所に、好きな人と並んで座って、おしゃべりできる……、牧ちゃんの希望通りだわ。

遠見結奈

ええ。

きっと気に入ってくれるだろうと思う。もうちょっとここがきれいなら。

遠見結奈

もう少し、ここまで入りやすくしないと、気付いてももらえないかな……。

うん、ここまでの通路はもっと整頓して通りやすくしなきゃ。でも、簡単には扉側から見つからないように。

このスペースも片付ければもうちょっとは広くなる。ソファを置いたら、脚も少しは伸ばせるくらいにはしてあげたい。

でも、あんまり片付け掃除をしすぎてもダメだろうな。

榎木サチ

ねぇ、結奈さん、このソファ、置いてみる?

遠見結奈

それは、ダメです。誰にも見つからなかった、牧さんが見つけた場所にしてあげないといけないから。

遠見結奈

ソファとかきちんと置かれていたら、誰かがここを使っているかもしれないって遠慮されるかもしれません。

榎木サチ

ああ、なるほど。そうね、そうよね。

サチさんがうんうんってうなずいてる。

それでも、いくらかは手を入れないといけない。整理、掃除、いっぺんにやると目立つかもしれないから、少しずつがいい。うーん、だいたい、一回2時間くらいで、三、四回?

うん、そのくらい。今日が16日。もうすぐ試験準備週間、そして試験が始まるから、掃除はできなくなる。

遠見結奈

片付けが終わるのは、試験の最終日くらいかな?

榎木サチ

お願いできる?

遠見結奈

ええ。

榎木サチ

ありがとう。素敵な場所にしてあげてね。

遠見結奈

はい。でも、あと残る問題は、牧さんにここを見つけてもらうことなんだけど……。

昨日、考えた限りでは、見つけてもらえる可能性は十分にある。でも、確実じゃない。

せっかく、いい場所が見つかったんだから、そこはちゃんと見つけてほしい。

榎木サチ

それなら、私にまかせてもらえない?

遠見結奈

え?

榎木サチ

牧ちゃん、学校の中を探し回っているんだもの。きっとこの近くまで来ることがあるわ。

遠見結奈

ええ、でも、近くまで来ても、気付いてもらえるかどうか……。

榎木サチ

大丈夫。牧ちゃんが近くに来たら……。

サチさんがにっこりと笑うと。

遠見結奈

ひゃっ!

不意の物音。私の背中側で、立てかけてあった干からびたモップが倒れた音だった。

榎木サチ

こうして呼んであげるの。

遠見結奈

今の、サチさんが……?

榎木サチ

ええ、私、「ぽるたぁがいすと」も起こせるのよ。これで、牧ちゃんを案内してあげるわ。

幽霊って芸が多いなぁ……。

そう、どことなく得意げに笑ってるこの人は、やっぱり幽霊だったんだ。

秘密の場所探しの成果は十分すぎて、私の他の当てはもう、見に行く必要もなかった。だから、今日できることはおしまい。

資料室、実は物置、もうすぐしたら秘密の場所からの帰り道、まだ仕事をしている相原先輩と牧さんを見つけた。

今度は、置き忘れられた傘の回収をしてるみたい。傘立てから傘を回収し、その一つ一つに、置いてあった場所をメモしたタグをつけ、まとめて縛っている。

榎木サチ

またお仕事しているのね、あの子たち。

遠見結奈

……ええ。

榎木サチ

大変そうね。

遠見結奈

そうですね。

榎木サチ

いいえ、あの子たちの仕事のことじゃないの。

榎木サチ

苦労の多い恋になりそうで。あの子、大変だろうなって。

遠見結奈

あの子? 二人じゃなくて。

榎木サチ

ええ。

榎木サチ

結奈さんは、どっちが大変そうだって思う?

遠見結奈

え……。

<01>大変なのはどっち?

<01>牧さんだと思う。

<01>相原先輩だと思う。

遠見結奈

牧さん、かな……。

榎木サチ

あら、どうしてそう思うの?

遠見結奈

だって、牧さん、これから自分に対する相原先輩の気持ちを、友達から恋人に変えていかなきゃいけないでしょう。

遠見結奈

それって、簡単なことじゃなさそうに思えて。それにもし、相原先輩の気持ちが変わらなかったら? 牧さんの気持ち、無駄になっちゃうし……。

榎木サチ

そうかしら。

遠見結奈

ちがうんですか?

榎木サチ

ううん、私も牧さんの方だと思ってるの。でも、あの子、とても気持ちの強い子だわ。そして、美紀さんのためならいくらでもがんばれる子ね。優しくて強い子なのね。

榎木サチ

美紀さんがそれに気付いてあげられれば、きっと大丈夫。牧ちゃんの想いは伝わるわ。それに、もし……。

榎木サチ

美紀さんが牧ちゃんを友達としか思えなかったとしても、牧ちゃんの気持ちはきっと無駄にはならないわ。

榎木サチ

牧ちゃんにとって、ね……。

遠見結奈

………………。

サチさんの言ってること、最後はちょっとわからなかった。通じなくても、無駄にならない気持ちってなんだろう。

通じなかったら、無駄になってしまうんじゃないの? そうならないものがあるの?

遠見結奈

相原先輩、かな……。

榎木サチ

あら、どうしてそう思うの?

遠見結奈

だって、相原先輩は牧さんのことを、まだ友達って思ってるでしょう?

遠見結奈

牧さんのこと、恋人と思うようになったら、そのことに悩むかもしれないし、友達のままだと思ったら、牧さんの気持ちに応えられないことになるんだし。

榎木サチ

そうかもしれないわね。

榎木サチ

でも、好きな人のための悩めるのも素敵なことだと思うわ。美紀さんって、きっと、牧ちゃんのこと、よく考えてくれるわ。

榎木サチ

どんな答えになったとしても、牧ちゃんにちゃんと向き合って伝えてくれるでしょうね。

榎木サチ

美紀さんは、強くない人かもしれない。でも、寄り添って包み込んでくれる人ね。

遠見結奈

………………。

そうなのかな。サチさんには、相原さんは強い人には見えないんだ。

私には、相原先輩は、強い人に見える。押しとかじゃなくて、他人を受け止められる強い人に。

榎木サチ

いい恋をしてほしいわね、あの二人には。どんな結果になってもね。

榎木サチ

私は、できれば、みんなうまくいってほしいと思ってるわ。そのためのお手伝いをしてあげたい。でも、その子たちが出した答えを無理に変えたくはないわ。

榎木サチ

だって、相手のことを想って、想って、出した答えなんだから。

遠見結奈

………………。

榎木サチ

ふふ、さ、結奈さん、帰りましょう。

遠見結奈

……ええ。

サチさんと並んで歩く。もう夕方で、空は真っ赤で。

夕陽は幽霊のはずのサチさんの髪も肌も赤く染めていた。

榎木サチ

もうすぐ試験なのね。

遠見結奈

ええ。試験準備週間に入ったら、放課後、学校に残るのできなくなります。お手伝いするの、難しくなるかも。

榎木サチ

ええ、わかってるわ。大丈夫よ、みんな試験で頭がいっぱいになるから。

榎木サチ

結奈さんも試験勉強、がんばってね。学生なんだから、勉学を疎かにしてはダメよ。

遠見結奈

……はい。

なんかほんとに。

時々、サチさんはすごく大人びて見える。こういう時とか。

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