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okujou_no_yurirei-san:1001

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今日もいい天気。

Nice weather today.

連休も明ければ、屋上のこの空気もすっかり夏らしく感じられるようになってきた。

With the end of the holidays, it really feels like summer here on the rooftop.

真上にまで昇った太陽はちょっとうんざりするほど元気いっぱいで、中間服に衣替えしたばかりなのに、ベストが少し鬱陶しく感じられるくらい。

And I just have changed into a spring clothes, yet the sun raised just above is so full of energy that vest becomes a little annoying.

それでも、市街よりは高台にあるこの学校のしかも屋上、吹き抜ける風が涼しく心地いい。

But still, here in located higher than city school and furthermore on it's rooftop blows a cozy cool wind.

小さな魔法瓶に入れてきたお吸い物を最後まで飲み干して、温かい汁物にして正解だったとほっと息をつく。

Drank dry all from a little thermos I let out a sight of relief. Filling it with a warm soup was a right choice after all.

手は自然に、食べ終えたお弁当を片付け始めていた。小ぶりで二段重ねの弁当箱のふたを閉じて、クロス代わりに膝の上に敷いていたスカーフに包む。

Hands have naturally started to clean up finished bento. After closing top on the smallish two-layered lunch box I start to wrap it in into a scarf laid out on top of my lap instead of a cloth.

それを魔法瓶と一緒にポーチにしまって、座っていたベンチの上に置いて。

Then put it alongside with a thermos into a pouch and placed on the bench I was sitting on.

立ち上がる。

I stand up.

遠見結奈

Toumi Yuna

ふぅ……。

Whew…

屋上のフェンスに肘をついて、私、遠見結奈(とおみ・ゆな)はいつものように息をついた。お弁当でちょうどよくいっぱいになったお腹から押されるように。

Put elbow to rooftop fence, I, Toumi Yuna taken a little breath to push bento from now full stomach.

身を乗り出さないように。屋上に出る学生にはそんな注意が告げられているが、1メートルほどのフェンスにこうして肘をついて景色を見渡せばどうしたってそうなってしまう。

Don't hang out from fence. That warning passed to all students who come on the rooftop, but have put elbow to this almost 1 meter tall fence and looking over a scenery I wander why it is so?

目に映るのは、下半分に町並み、上半分に青空。目の高さには、それを区切って周りを囲む山。なんて言ったっけ、そう、山の端。

Reflected in my eyes is streets in the lower part and sky in the upper. On the eye level it is separated by surrounding all vicinity mountains. If I have to put it into words it will be, yes, edge of mountain.

山の頂上がくっきり見える。かかっている雲もほとんどない。ああ、ほんとに今日は天気がいいんだ。

As there are almost no clouds, the top of the those mountains can be clearly seen. Ah, the weather is really good today.

背中側から、同じようにこの昼休みに屋上に出てきた人たちの声が聞こえてくる。なにを話しているかはしらないけど。

From behind I can hear the voices of over people who like me come to a rooftop during a lunch break. Not like understand what a they talking about.

声を出して話しているってことは……、誰かと一緒にここに来たんだろうな。

As they are speaking it means… they come here together with somebody.

今日の屋上は、いつもより少し、人が多いように思えた。

It seems that today there are a few more people then usual. (so I thought)

ひと月前に入学してきた一年生も、この学校に慣れてきたんだろうな。

There also now first-year students who entered here one month before

そして、こうしていい陽気の日には、この屋上が昼休みを過ごすのにちょうどいい場所だということにも気付いたんだろう。

And noticed that this rooftop is a good place to spend a lunch break on such a nice day.

もっと、どっと人が増えるかと思ったけど、それほどでもなかった。連休明けだからかな。教室で友達同士、連休の間の話で盛り上がった方がいいからかな。

I though number of people will suddenly increase to larger extent, but that wasn't the case. Is it because this is the end of holidays? And it is better to spend this time with friends in classroom talking about what happened during vacation?

不思議と、この屋上に来るのは、一人か二人組が多い。三人以上の大人数はあんまりない。

Strange but mostly here come in groups of one ore two people. And there is almost none of large groups with more then three members.

やっぱり三人以上になると、誰かが外でお昼を食べるのを嫌がったりするのだろうか。人数が多くなると、わざわざここまで移動するのも面倒だから?

It seems that really in group with more then three people somone will object to coming to eat outside. For big group it must be really troublesome to specially come all the way here?

二人組は……、まぁ、わかる。ここでお昼を食べるのは、なんかピクニックみたいで気持ちがいいから。どっちかが行こうって言い出したりするんだろう。

For two people… well, think I understand. To eat lunch here will feel nice like a kind of picnic. So someone will just invite the other. (say lets' go)

一人でここに来た人は……、たまたま、今日は友達が休みなんだろうか。

To come here alone… is just by occasion to rest for a day from a friends.

それとも、教室で一人でお昼を食べるのがいやなのかな。……私みたいに。

Or maybe because they just don't want to eat lunch all alone in the classroom. …Just like me.

私みたいに。教室は落ち着かない。人が多すぎて。友達がいて、クラスメイトたちがいて、話しかけてくる人がいて、そして、目につくことが多すぎて。

Just like me. I just can't relax in the classroom. Too many people. Friends, classmates, someone who will want to talk to you, and so you just attract too much attention.

とにかく、気を遣うことが多くなりすぎて。

Anyway, where will be too much concern for me.

だからこうして、昼休みは屋上に来るんだ。こうして、なるべく人の少ないところで、こうして、お弁当を食べ終わったら外に目を向けて。

So because of that I come like this here on rooftop during a lunch break. To place there as little people as possible, so I can like this finish bento and just look outside.

遠見結奈

Toumi Yuna

(ちょっと……、きんぴら、しょっぱかったかな……)

(Hm… maybe kinpira was a little salty?) (Kinpira - http://en.wikipedia.org/wiki/Kinpira)

声には出さない程度でつぶやく。

I muttered in a small voice.

遠見結奈

Toumi Yuna

(でも、朝練とかしている比奈にはちょうどいいと思ったんだけど。今日はいっぱい汗もかくだろうし)

(But for Hina who is doing morning training today it should be just fine. She'll sweet a lot anyway.)

遠見結奈

Toumi Yuna

(ゴボウは少なめにしてあげたんだから、ちゃんと食べてくれるだろう。まぁ、今まで残してきたことなんてほとんどないんだけど)

(As I've tried not to put to much burdock she'll propably eat it all. Well, until now it was pretty rare for her to leave anything behind.)

遠見結奈

Toumi Yuna

(ほんとに、今日はいい天気だな。日差し、けっこう強いや)

(Really, the weather is good today. The sunlight is pretty strong, too.)

遠見結奈

Toumi Yuna

(UV対策してきて正解だったな。比奈にももっとちゃんと日焼けに気をつけるように言ってあげないと。あの子、ほんとに気にしないんだから)

(Good that I took a measures against a UV. Have to tell Hina to be careful and not to get a sunburn. She just don't care about it at all!)

遠見結奈

Toumi Yuna

(あ……、だから今日は人がそんなに増えなかったのかな……?)

(Ah…. It's because of this that number of people today here doesn't increased?)

遠見結奈

Toumi Yuna

(……心に浮かぶ、よしなしごと、かぁ……)

(…So come to my mind, some random thoughts…) / Kokoro ni ukabu, yoshinashigoto

ぼんやりと景色を眺めて、頭の中でいろんなことを考える。考える? 思いついてるだけ。そしていつも、こんな古文の授業みたいなことで終わってしまう。

Absent minded gazing upon the scenery and thinking about different things in my head. Thinking? It is just coming to my mind. And like that, this classic literature lesson like thing comes to an end.

いつの間にか、このフレーズが出てきたら、外を見るのにひと区切りつける癖、みたいなものが身についてしまっている。

So before I have noticed, this habit of putting phrases into stanza while looking outside, start getting to me.

遠見結奈

Toumi Yuna

(なんか、年寄りくさいなぁ……。古文の園生先生に怒られそうだけど)

(Somehow, it feels like I some granny… Thought classic literature teacher will probably get angry for this one.)

フェンスに今度は背中を預ける。これも先生たちからは禁止されていることだけど、誰もそんなのまともに守っていない。

そんなに事故が怖いなら、もっと高いフェンスを立てればいいのに。

まぁでも、心配? されているのをわざと無視することもないし。私は、フェンスから背中を離すと、さっきまで使っていたベンチに腰を下ろす。

手はスカートのポケットの中に。指先に小さな包みが触れたので、それを取り出す。

教室を出るときに、阿野がくれたもの。オススメの新商品だよって笑いながら。

見てみれば、『黒糖レンコンのど飴』だとぅ?あの子、おいしいことはおいしいからって言ってたけど。

遠見結奈

(おいしいだけじゃないってとこが、阿野らしいけどさぁ……)

蓮の香りがフレーバーになってるならわかるけど、なんでレンコンを持ってきたのかしら。しかものど飴? レンコンがのどにいいとか聞いたことない。

遠見結奈

(ま、甘いことは間違いないかしら)

袋から出してみれば、見事に真っ黒の飴玉。手のひらに転がったそれを、私は開けた口の中に、ぽいって放り込んで……。

「バカっ!」

「あなた、何をしようとしているの!?」

遠見結奈

んぃっ!?

危うく、それを飲み込んでしまいそうになった。その、不意に響いた声に驚いて。

「なに考えてるのよ! こんな天気のいいすてきな日に毒を飲むなんて!」

「早まっちゃだめよ。あなたにはまだ、これから先、きっといいことがいっぱいあるんだから」

なに、なになになに?

不意に背中から聞こえてきた声。誰? 二人?いつの間に私の後ろに!?

「きっとつらいことがあったのね……。でも、毒を飲むなんてだめよ!」

「あなたに、どんなにつらいことがあったのかしら……。そんな真っ黒な毒薬を飲むなんて……」

だからなに!? 毒? 私が今飲んだのが? いや、ちょっと待って……。

「毒を飲むなんて……。きっと苦しいわよ。すっごい吐き気がする。でも吐けないの」

「悩みがあるなら私が聞いてあげるわ。それで、少しでもあなたの気が楽になったなら、思いとどまってちょうだい」

「そして、そのうち立っていられなくなるくらい体がしびれて、目の前は真っ暗に……」

「なんの悩み? 恋? きっとそうね、誰か好きな女の子でもできたのね? どうしていいか、わからなくてつらかったのね?」

遠見結奈

ちがうちがう! これはただの、あめだ……。

そう言って、振り返って……。

遠見結奈

ま……。

私は、絶句する。

後ろを振り返ったそこには、二人の女の子が立っていたのだから。

遠見結奈

ただの……、飴玉で……、毒なんか、じゃ……、なくって……。

白いセーラー服の少女

……ぷ、あは、あはははは! そんなのわかってるもん!

黒いセーラー服の少女

ふふ、ごめんなさい。予想以上に驚いてくれたみたい。

見慣れない、制服を着た……、二人の女の子。ううん、一人は女の人って雰囲気で……。

白いセーラー服の少女

からかっただけよ。だって、そんな真っ黒なの、毒薬としか思えないじゃない。

黒いセーラー服の少女

ほんとに真っ黒だったものね。でも、最近は流行っているのかしら。よく見かけるわよね。どんな味なの?

遠見結奈

え……? え、えっと……、甘いけど、黒糖つかってるからちょっとまるい感じで、でも、レンコンのえぐみはそんなにないかな……。

いや、私はいったい、なにを答えているんだろう。

白いセーラー服の少女

黒糖ってサトウキビからとれるのよね。ああ、黒蜜の味ね!

黒いセーラー服の少女

レンコンが入っているの? 変わってるわね。

片方は少し野暮ったい、白いセーラー服の同じ年くらいの女の子。茶色がかった、でも染めているふうでもない髪で。

遠見結奈

でも、こういう妙な組み合わせってけっこう多くて……。それが新商品のインパクトにつながるわけで……。

もう片方は、いかにもセーラー服って感じで、髪も服と同じで真っ黒で長くて。三年の先輩よりも大人びた雰囲気の。

黒いセーラー服の少女

よかったら一ついただけないかしら? ふふ、なんて、ね。私たちには味を確かめることなんて……。

黒いセーラー服の少女

できない、のに……。

白いセーラー服の少女

どうしたの、サチさん。……!

遠見結奈

………………。

な、なんだろう。いきなり、二人とも黙ってしまった。飴は一個しかないから、わけてあげることはできないんだけど。いや、そんなことじゃなくて。

なんでいきなり、二人して私の方をじっと見てるの? さっきまで笑ってたのに……。

黒いセーラー服の少女

………………。

白いセーラー服の少女

………………。

私の目の前で、笑っていたのに……。

目の、前で。そう、目の前。

黒いセーラー服の少女

あなた……。

遠見結奈

え? あ、はい……?

私の目の前は。

黒いセーラー服の少女

私たちの姿が見えているのね?

遠見結奈

は、はい……。

ベンチを背中越しに振り返ったそこには、屋上のフェンスしかなくて。

白いセーラー服の少女

声……、恵たちの声……。

白いセーラー服の少女

聞こえているのね!?

遠見結奈

う、うん……。

二人は、そこに立っていて。

白いセーラー服の少女

サチさん!

黒いセーラー服の少女

ええ、恵。

白いセーラー服の少女

恵たちの声が聞こえている人がいた! 恵たちのこと、見えてる人がいた!

黒いセーラー服の少女

ええ。

ベンチとフェンスの狭い隙間に? いや、そんなとこ、人が入り込めるほど広くない。

白いセーラー服の少女

ね、ねぇ、もしかしたら……。

黒いセーラー服の少女

ええ、そうね……。やっと私たちは見つけることができたのね。

白いセーラー服の少女

うわぁ、やったぁ!

なんでか知らないけど、うれしそうにしている二人の姿は、フェンスに重なって見えて。

白いセーラー服の少女

ね、ねぇ、あなた……。

黒いセーラー服の少女

聞こえているのよね? 私たちの声。それなら……。

三階建ての星館校舎の屋上。地面より10メートルもの高さのあるその端っこで、怖がるそぶりも見せず、フェンスにつかまることもせず。

黒いセーラー服の少女

私たち……。

まるで……、宙に浮いているみたいに、そこに立っていて……。その姿は……。

白いセーラー服の少女

あなたに……。

うっすらと透けるようで。遠くの山が、その姿の向こう側に見えるようで。見えていて。……見えてる!

黒いセーラー服の少女

聞いてほしい話が……。

遠見結奈

ぁっ……、っ! ──────!

絶叫が口から飛び出すのを懸命にこらえて、私はお弁当ポーチをつかんで、駆けだした。屋上への入り口のドアを目指して。

黒いセーラー服の少女

あるんだけど……、って、あ、ちょっと!

白いセーラー服の少女

あー! どこ行くの!?

どこって! ここから逃げ出す以外にどこに行くっていうのよ!

「あ、結奈、おかえり~」

教室に入って、自分の席へ戻ろうとした私を見つけて声をかけてきてくれたのは、阿野藤(あの・ふじ)だった。

この学校に入ってからできた友達。私にとっては、比奈を除くと数少ない、素のままの自分を出せる友達。

親しみやすい子、けれど学校に入って早々に、屋上で一人でお弁当を食べるようになった私にも、つきまとったりしない。それなのに、こうして戻ってくると声をかけてくれる。

ちょっと困った癖はあるけど、それがまた、私にとってはありがたいというか。

阿野藤

今日はずいぶんゆっくりしてたんだね。うたた寝でもしてたの?

遠見結奈

う、うん……。そうかも……。

うん、そうだ。きっと、そう。うっかり寝てしまって、変な夢、見ちゃったんだ。

阿野藤

うっわ、結奈、汗ダラダラ。そんな急いできたの? まだもうちょっと時間あるよ?

阿野藤

って……、どうしたの? 顔、真っ青だよ、結奈。

遠見結奈

え……。

真っ青、そうなのかな。見てわかるほどに。

阿野藤

もしかして……、屋上で、なにか、あった?

遠見結奈

え、あ、いや……。

どうしよう。話した方がいいのかな、変な夢、見たって。

うたた寝して、幽霊に会った夢を見たって。でも、気味悪がられるかもしれない。

だけど、一緒に気味悪がってくれた方がまだ、気が楽かも。ううん、阿野だったら、笑い飛ばしてくれるかな。この子、のんきだから。

遠見結奈

ちょっと……、変な夢を……。

見ちゃって。そう続けようとした時に、午後の授業が始まる本鈴が鳴った。予鈴、鳴ってたんだ。いつの間に。

遠見結奈

ううん、なんでもない。ほら、阿野、席に戻りなよ。

阿野藤

う、うん……。結奈、気分悪くなったら、保健室に行くんだよ?

遠見結奈

大丈夫よ。

なんとか笑ってごまかすと、阿野は自分の席へと戻っていった。

午後の最初の授業。

阿野と話したおかげなのか、なんとか落ち着いて私は授業を受けることができた。

先生の言葉が頭の中に入ってくるわけじゃないけど、板書をノートに書き写していくことはできる。

手を動かしながら考えてみると……。

やっぱりさっきのは夢だったのだと思うしかなかった。

幽霊なんているわけない、と言うわけじゃないけど、自分が幽霊を見るはずがない。そう考えるしかできない。

だから、あれは夢なんだ。やっぱり、ちょっとうたた寝していたんだ、きっと。目が覚めた時に動転して、駆けだしてしまっただけなんだ。

よかった。阿野に話さなくて。あのままだったら、夢だとごまかして話せなかったかもしれない。いや、夢なんだから、ごまかすもなにも……。

もういいや。もっと身を入れて授業を受けよう。

改めて、私は黒板を見た。

その時。耳元で。

「見つけた」

そんなかすかな声がして。

黒板に赤い字が浮かび上がっていた。

遠見結奈

ひっ……!

先生が書いたんじゃない。

だって、先生のきれいな字じゃない。丸っこい、字。それが、チョークの色とはちがう、もっとはっきりとした赤で。その字の。

端っこが、乾いてないペンキみたいに、ゆっくりと、たれて。

遠見結奈

っ……、ぅ……。

なんか、カタカタって音が頭の中に響いている。あ、これ、私の歯が鳴ってるんだ。そんな音を聞いている間にも。

黒板消しを使わずに、その字が書き換えられる。じんわりと消えて、また別の字が浮かび上がる。

遠見結奈

ひぃ!

とうとう、私は声をあげ、体は椅子を鳴らすほど、震えた。

「え、誰? 遠見さん? どうしたの?」

板書をしていた先生が振り返る。そして、腰を浮かし、立ち上がりかけた姿勢の私を見る。

「先生、なにか、間違えた?」

遠見結奈

あ……、せんせ、それ……。

「ん? なぁに?」

先生が黒板を振り返る。私が指さした方を、首をかしげて見ている。見ているじゃない、ほら。なんで……。

誰も、気付かないの!?

「……どこも、間違ってないよね?」

先生も、まわりのみんなも、誰も気付いてない。あんなに黒板に堂々と書かれている文字に。まるで、血で書かれたような、真っ赤な字に。

遠見結奈

ぁ……、あ……。

そうか。私は気付いた。あの文字は、私にしか見えていないことに。

「なにか、わからないことでもあった?」

遠見結奈

あ……、え……、えっと……。

混乱する頭の中で必死に考える。なんかもう、どうしたらいいんだろう。

それでも、黒板のあの文字が私にしか見えていないってことが、かえってなにかすっきりさせてくれる。おかしいのは私だけなんだ。

遠見結奈

その……、す、すみません……。め、目の前をなんか、虫が横切って……、びっくりしちゃって……。

「え? あ、ああ、そうだったの。びっくりしたのはわかったけど、あまり大きな声出しちゃダメよ」

遠見結奈

はい……、すみません。

教室の中に、クスクスと小さな笑い声が広がっていく中、私は椅子に座り直した。普段なら、恥ずかしさで真っ赤になっていただろうけど、そんな気分にはなれない。

阿野藤

ねぇ、結奈。大丈夫?

斜め前の席の阿野が振り返って声をかけてくれた。突発的なプチイベントをやらかした私を笑いもせずに、心配そうな声と顔で。

遠見結奈

え、う、うん。あ、あはは、やっちゃった。

もう、笑ってごまかすしかない。自分にしか見えない文字の存在を主張したところで、笑われるか、変に思われるだけだし。

阿野藤

気分悪いなら、保健室に行こうか? あたし、付き合ってあげるよ?

遠見結奈

大丈夫、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから。

阿野藤

ならいいんだけど……。

遠見結奈

ほんと、大丈夫。ありがと。

阿野が前を向いてくれたのに、ちょっとほっとした。私も、もう一度、黒板に目を戻す。さっきまでのが全部、目の錯覚だといいなって思いつつ。

でも。

遠見結奈

………………。

目の錯覚じゃなかった。しかも、書いてあること、変わってるし。

もう、最初ほどびっくりはしないけど、不気味さが消えない。怖いって感じるには、なんか、字が妙にかわいいし。

でも、血みたいにたれるのはやだなぁ。

遠見結奈

(……どうしろって、言うのよ……)

遠見結奈

はぁ……。

6時間目の授業終了のチャイムが鳴ると同時に、私はため息をつくと同時に、手で目を覆った。机に肘をついたまま。

散々な午後の二時間だった。あの後も、謎の文字、そう、もう血文字は、ひっきりなしに現れた。

黒板に。そして、最後にはノートの上にまで。

今こうして、机に突っ伏さないのだって、ノートの上に字が浮かんでるからだった。

ノートにあの字が現れても、ちゃんと板書の写しはできるし、怖々となぞってみても指に血はついたりしない。

突っ伏しても別に顔中、真っ赤になったりしないんだろうけど、なんか精神的にいやだ。

だから、どこも見ないように手で目を覆った。

阿野藤

結奈、大丈夫?

遠見結奈

ああ、阿野。うん、平気、大丈夫。

うん、平気。もう慣れた。さすがに、ノートに浮かんできた時はびっくりしたけど、それにも慣れた。とにかく気味悪いけど。

最後の方はもうなんか突き抜けてきて、笑いそうになるくらい。ノートに思わず、うるさいって返事を書き込みそうになるくらい。

私って、けっこう図太い?

阿野藤

ホームルーム終わったら、さっさと帰ろう? なんかそうした方がいいよ、結奈。

遠見結奈

んー……。

そうしたいのは山々なんだけど。ひっきりなしに呼び出されているからなぁ。このまま無視して帰ったら、どうなるんだろう。

呪うよって言ってたし。なにをどう、呪うのかわからないけど。

遠見結奈

ごめん、今日はちょっと用があるんだ。

阿野藤

そう……? でも、さっさと帰った方がいいと思うんだけどなぁ……。

遠見結奈

昼休みはちょっと具合悪いかもって思ったけど、気のせいだったみたいだし。平気よ、ありがと。

阿野藤

そう? ならいいんだけど。

阿野は、私が学校で付きまとわれるのが苦手なことを知っている。それなのに、こんなに心配してくれるなんて。

自分にしか見えてないことで、こんなに心配させるなんて申し訳ないな。

「ほーむるーむおわったら さっさと来てね 帰ったりしたら 呪うよ☆」

ノートに目を落としてみれば、こんなこと書いてあるし。はいはい、わかったってば。

ホームルームが終わった後、私はカバンを持って、教室を出た。

もちろん、屋上へ行くために。

わかった、もう、わかった。わかったってば。

昼休みに私が見たのは、夢でも幻でもない。あれは、現実のことだったんだ。

飴玉を食べようとした私に聞こえた声。振り返った後ろにいた二人。

あれは、本当のことだったんだ。つまり。

ここにいる……。

この二人は……。

本物の幽霊だったんだ。

黒いセーラー服の少女

ようこそ、よく来てくれたわね。

白いセーラー服の少女

もー、おっそーい!

榎木サチ

そう、遠見結奈さんって言うの、あなたは。

そう私の名前を確認した声まではっきり聞こえる。姿だって、今ははっきりと見える。

永谷恵

ふぅん……、なんかちょっと変な名前。

普通の名前だと思うけどなぁ……。

私も、二人の名前を教えてもらった。簡単な自己紹介と一緒に。

榎木サチ

あら、いい名前だと思うわ。

この黒いセーラー服の方が、榎木サチ(えのき・さち)さん。亡くなったのは80年前、三年生の時。

永谷恵

そうかなぁ……。まぁ、サチさんがそう言うなら、いいかもって思うけど……。

こっちの白いセーラー服の子が、永谷恵(ながたに・めぐみ)さん。亡くなったのは30年前で、一年生の時。

そう、二人とも、正真正銘の幽霊さんだった。サチさんは事故死、恵さんは病死。それぞれ、お葬式もちゃんとあげてもらっているとのこと。

じゃあ、なんで幽霊なんかになってるの?

榎木サチ

私たちはね、二人とも、この学校に通っていたの。そして、卒業する前に死んでしまったの。

永谷恵

気付いたら、この屋上で幽霊になっていたのよね。そして、恵はサチさんと運命の再会を果たせたのよ。

それは運命って言うのかしら。

榎木サチ

私も、恵も、強く想い残したことがあって、それで成仏できなかったのね。

榎木サチ

だから、その想いに深く結びついたこの学校で幽霊になってしまったの。

永谷恵

地縛霊ってやつだよねー。まぁ、恵はサチさんと一緒にいられるようになったから、よかったんだけど。

だから、その想いってなんなんだろう。

榎木サチ

私たちね、二人とも……。

榎木サチ

女の子が好きだったの。

……はい?

榎木サチ

女の子が好きで、大好きで……。その想いを強く抱えたまま死んでしまったから、こうして幽霊になっているの。

永谷恵

恵も、サチさんのことが大好きで幽霊になったのよ!

榎木サチ

ありがとう、恵。私も恵のことが大好きよ。

遠見結奈

………………。

え、なに、なにこの人たち。

遠見結奈

……えーと、あなたたちって、その……。………………レズの人?

永谷恵

そういう、いやらしい言い方しないでほしいな。恵とサチさんはもっときれいな関係なんだから。

榎木サチ

れず?

永谷恵

女性同士の同性愛者のことですよ、サチさん。そうじゃなくて、もっと他に言い方あるでしょ。ほら、エスとか。

榎木サチ

えす?

永谷恵

シスターのエスですよ。

遠見結奈

へぇ、そうなんだ。初めて知った。

永谷恵

え? あれ? なんで知らないのよ!

榎木サチ

ええと、最近はもうちょっときれいな言葉があったはずよ。なんだったかしら、ほら、花にたとえて……。

遠見結奈

……百合?

榎木サチ

そう、それ! そんなふうに言っていたのを聞いたことがあるわ。

最近はって……、ああ、そうか。この人たちが死んだのは、けっこう前なんだっけ。

榎木サチ

百合……、ふふ、いいわね、きれいな花よね。

榎木サチ

ふむ……、ああ、そうね。

榎木サチ

私たち、幽霊じゃなくて、百合霊だったのね。

………………え?

永谷恵

……わぁ、すてき、サチさん!

……ほんとに? それでいいの?

遠見結奈

ま、まぁ、なんとかだいたいわかったけど……。

遠見結奈

つまり、あなたたち二人は、恋人同士なんでしょ?

永谷恵

うん!

榎木サチ

そうね。

遠見結奈

それなのに、なんで、まだ二人とも幽霊やってるの?

榎木サチ

百合霊よ。

いいから、そういうの。

遠見結奈

めでたく、その、女の子の恋人ができたんでしょ? それで成仏できなかったの?

榎木サチ

………………。

永谷恵

………………。

あれ、黙っちゃった。

榎木サチ

……そうね、確かに私には、恵というかわいい恋人ができたわ。

榎木サチ

でも、本当はそれだけじゃ満足できなかったみたいなの。

遠見結奈

なんで?

榎木サチ

確かに、想いの通じ合う恋人はできたけど……。やっぱり、この想いを確かめ合うことを知らずには、成仏できないのよ。

遠見結奈

え……? そ、それって……?

永谷恵

も、もう、はっきりと言わせないでよ。恵はサチさんと、心も体も一つになりたいの!

遠見結奈

え、えええっ!? そ、それって……。

永谷恵

あ、なに考えてるのよ、エッチ!

遠見結奈

か、考えてるのはあなたの方でしょ!

さっき、きれいな関係だって言ってなかった!?

榎木サチ

でもまぁ、そういうことなの。私も恵も、体まで一つになってやっと、思い残すことなく、この空の高いところまでいける気がするのよね。

あー、なんか頭が変になりそう。でも、二人とも一応、このまま幽霊やってるんじゃなくて、ちゃんと成仏したいって思ってはいるわけだ。

遠見結奈

あ、あぁ、そうなの……。それじゃ、さっさと成仏できるように、その……、や、やっちゃえば、いいじゃない。

榎木サチ

それがねぇ……。

永谷恵

だって恵たち二人とも、やり方がわからないんだもの。

遠見結奈

っ!

や、やり方って……。

榎木サチ

あなたは、知らない?

遠見結奈

し、知るわけないでしょ、そんなこと!

榎木サチ

やっぱり……。いつも一人で屋上に来ているから、恋人なんていないだろうと思っていたけど。

余計なお世話よ! そりゃ、恋人なんていないけど! というか、ここは女子校でしょ! 恋人いても連れてこれるわけないじゃない。

女の子の恋人なんて、考えたこともないし!

遠見結奈

それで、私への用って、そのことなの? だったら、お役には立てないってことだけど……。

永谷恵

サチさん、やっぱりって言ったでしょ。このことでは、あんたが役に立たなさそうってのはわかってたの。

遠見結奈

……悪かったわね。それじゃ、何の用なの?

榎木サチ

この学校にもね、私たちと同じように、秘めた恋心を抱えたまま、思い悩む女の子がいるのよ。

榎木サチ

でも、あと少しの勇気が、ほんのちょっとしたきっかけが足りなくて、踏み出せない子がいるの。

榎木サチ

私たちは幽霊だから、そういう子に、なにもしてあげることができなかった。でも。

永谷恵

やっと、わたしたちの声を聞いてくれる人ができたものねぇ。

え、それってつまり……。

榎木サチ

あなたには、私たちの代わりに、そういう子たちの背中をちょっと押してあげるお手伝いをしてほしいのよ。

永谷恵

キューピッドをやってほしいってことなの!

遠見結奈

え、えええ!

い、いや。そんなの絶対いや!

榎木サチ

あなたのほんのちょっとで、想いを通じ合える相手をつかまえることができる子がきっといるはずよ。

な、なんで私がそんなお節介なこと……!

永谷恵

今日もきっといるはずよ。この時間なら、まだきっと。

榎木サチ

ああ、あの子ね。

榎木サチ

うん、そうね。恵、私、ちょっと結奈さんをあの子のところに、案内してくるわ。

遠見結奈

ちょ、ちょっと! 私はこんなことに首を突っ込む気は全然……!

永谷恵

あら、断る気?

遠見結奈

あ、当たり前でしょ、こんなこと!

永谷恵

ふーん……。あんた、これから毎日、わたしからのメッセージを見ながら、授業を受けたいんだぁ……。

遠見結奈

あ、あれはあんたか!

永谷恵

あれだけじゃないよ? もっと本格的に呪っちゃってもいいんだけどぉ?

遠見結奈

く……。

なんて卑怯な……。

榎木サチ

まぁまぁ、恵。無理強いしてもよくないわ。そうね、今日だけ。

榎木サチ

今日だけ、私たちに付き合ってくれない? それから私についてきて、見てほしいの。

榎木サチ

私たちが見つけた、女の子の姿を。今日だけ、これからほんの少しの時間だけでいいわ。

永谷恵

ねぇ、それさえも断る気?

遠見結奈

う……。

わかった、観念した。今日だけ、ほんのちょっとだけなら。でも、それだけ。

遠見結奈

わかったわ……。でも、今日だけよ。

榎木サチ

それでいいわ。それじゃ、案内してあげる。ちょっと行ってくるわね、恵。

永谷恵

はぁい、行ってらっしゃい、サチさん。

サチさんが屋上への出口の方に歩いて行く。ふわふわと、幽霊らしく。あれ? 恵さんはお留守番なのかな?

永谷恵

ほらぁ、サチさんが待ってるでしょ。早く行きなさいよ!

遠見結奈

あ、うん……。

なんだろう。まぁ、いいか。私は、出口のそばで待つサチさんの方へ歩いて行く。

屋上への扉を開けると、サチさんはなぜかその場に立ったまま、私に声をかけてきた。

榎木サチ

行き先は奥校舎よ。先に、入り口で待っているわ。

遠見結奈

あ、はい。

一緒に行くんじゃないの?

榎木サチ

よく見てあげてね。私たちと同じ想いを抱えた子の姿を。そして、よかったらほんのちょっと手伝ってあげて。

手伝う気は本当に、さらさらないんだけど。

そう言ったサチさんの顔は、うれしそうで、そして、優しげだった。

榎木サチ

ほら、こっちよ。

入り口で合流したサチさんは、奥校舎の廊下を私の前に立って、進んでいった。

目の前を普通に歩いている。動きだけは。

でも、その足は床についてなくて、ほんの少し浮かんでいる。背は私と同じくらいなのに、浮いている分だけ、すらりと高く見える。

榎木サチ

ここよ。この角から見てみて。あ、あんまり身を乗り出さないでね、彼女に見つかっちゃうから。

そう言われて。階段から廊下につながる角のところで、私はそっと、その奥をのぞいてみた。

そこには。

三年生の教室の前、扉のすぐそばに立っている女の子がいた。

スカートの色が赤だから、一年生。ついこの間、入学してきたばかりの。知らない子だった。

榎木サチ

女の子がいるの、見える?

遠見結奈

ええ……。

サチさんは、たぶん、あの子に姿が見られるはずもないのだろうけど、私につきあってなのか、一緒に廊下の向こうをのぞき込んでいる。

サチさんの透けた体が微妙に私と重なっているのが、ちょっと不気味なんだけど……。

榎木サチ

あの子が、なにをしようとしているのか、わかる?

遠見結奈

え……?

なにをしているんだろう。ここから見ている間中ずっと、教室に入るわけでもなく、時々、開いた扉から中をうかがったりしている。

中にいる先輩に用があるのかな? だったらさっさと入っていけばいいのに。

榎木サチ

あの子が、手に持っているもの、わかるかしら?

遠見結奈

え、手に? ん、ちょっとよくわからない……。

言われてみれば、何かを大事に持っているみたいだけど、ちょっとここからじゃよくわからない。カバンじゃなさそう。もっと小さい。

榎木サチ

手紙、なの。

遠見結奈

手紙……? ああ……。

言われてみれば、そう見えるかも。

手紙……? えーと、放課後の教室で、手紙を手に、教室に入っていけない一年生……? このシチュエーションってまさか……。

榎木サチ

そう、あの子、あのクラスの女の子に、自分の書いた手紙を渡したいのよ。もちろん、手紙の中身はわかるでしょ?

遠見結奈

まさか……、ラブレター?

榎木サチ

そう。でも、今、教室の中には、渡したい子の級友が残っていてね。だからあの子はずっとあそこで中に入っていけず、困っているわけ。

遠見結奈

ああ……。

榎木サチ

あの子が手紙を渡したい子は、今はいないんだけどね。だから、カバンか机に手紙を置いていきたいみたい。

榎木サチ

でも、他の子が残っているから、入っていけないのよ。ねぇ、結奈さん。

遠見結奈

え? なに?

榎木サチ

あの子、もうどれくらい、こうしているか、わかる?

遠見結奈

え、ええと……。

今日の授業が終わってから、もうどれくらいたっていただろう。

遠見結奈

さ、30分くらい……?

榎木サチ

はずれ。先々週の月曜日から、ずっとなの。もうずっと、放課後毎日、ああしているのよ。

遠見結奈

え、先々週って……。そんなに!?

榎木サチ

ええ。直接、渡す勇気はまだ持てないから、そっと手紙を置いてくるチャンスをずっとうかがってるの。

榎木サチ

ねぇ、結奈さん。

遠見結奈

あ、はい。

榎木サチ

あの手紙を書くことだって、あの子にとってはとても勇気を振り絞ってのことだったんじゃないかしら。

榎木サチ

こうやって毎日、ここに来ることだって。

榎木サチ

そしてもし、あの手紙を置いてくることができたら、あの子は次にどんな勇気を出すのかしら。

榎木サチ

私はね……、ああいう子たちの、ほんの少しの勇気を後押ししてあげたいの。手伝ってあげたいの。

榎木サチ

あそこにいる子の、あの真剣な顔……。あれを見たらなにもできない自分がとても歯痒く思えるわ。

遠見結奈

………………。

確かに……。教室の中に誰もいなければ、あの子はきっと、意を決して中に入っていくんだろうか。

誰もいなければ。誰かが残っているばっかりに、あの子は入っていくことができず、ああして教室の前で中をうかがっているしかできないんだ。

もう、二週間もずっと……。

遠見結奈

……つまり、教室の中に残っている人たちが出てくればいいわけよね。

榎木サチ

え? ええ、そうだけど……。

遠見結奈

……ちょっと、試してみるわ。

私は息を吸い込んだ。これから口に出す言葉を頭の中でまとめながら。

そして。

遠見結奈

ねぇ、ちょっと誰かぁ! 校舎の中に犬が入ってきてるーっ!!

思いっきり、ちょっとだけ声をつくって、叫んだ。

榎木サチ

え、ちょっと結奈さん!?

目を丸くしたサチさんをよそに、私はもう一度、廊下の向こうをのぞき込んだ。うまくいったかな……?

榎木サチ

あら……?

遠見結奈

やった……!

考えた通り、今の私の声に興味を引かれたのか……、その教室から、三人ばかりの三年生が出てきた。話しながら、ちょっとした小走りで、こちらに向かってくる。

扉のそばで硬直しているっぽい一年生の子を、気にもかけずに。

遠見結奈

うまくいった……。ちょっと隠れましょう、サチさん。

榎木サチ

え、ええ……。

最後に一瞬だけ、私は廊下をもう一度、のぞき込んだ。

あの子が、ちょうど、教室の中へと入っていくのがちらっとだけ、見えた。

遠見結奈

なんとか、あの子、教室には入れたみたい。

榎木サチ

ええ、ええ、すごいわ、結奈さん!

遠見結奈

別に、たいしたことじゃ……。

たいしたことじゃない、本当に。でも、なぜか。

胸の奥がすっとした感じがする。……きっと、大声を出したからだ。そう、思い込むことにした。

教室を出てきた人たちが、何か話しながら下の廊下を歩いて行く。あの人たちをやり過ごすために、こうして階段を上がっていた。

遠見結奈

はぁ……。

知らずにため息が出た。なんでこんなことしちゃったんだろう。すっとした感じはもう消えていて、なにか、胸の奥が重たく感じる。

榎木サチ

ありがとう、結奈さん。また、屋上に戻ってきてくれる?

遠見結奈

え、あ、はい……。

もう帰りたい。でも、うっかり返事をしてしまった。

榎木サチ

じゃあ、また後でね。

そう言って、サチさんは窓をすっと通り抜けていってしまった。とても、幽霊らしく。

遠見結奈

はぁ……。

私はもう一度、ため息をついて、階段を降りた。その時。

あの一年生の女の子が、廊下の向こうから走ってきた。入っていった教室のある方から。

私と、すれ違う。その一瞬。

一瞬だけ見えた、彼女の顔は。

真っ赤で、どこか、泣き出しそうで……、それでいて。

とても、うれしそうだった。

「やったぁ……」

小さな声を残して、星館校舎への渡り廊下の方へと走っていった。

永谷恵

あ、やっと戻ってきた。もう、遅いじゃない。

そんなこと言われても。こっちは歩いてここまで戻ってこなきゃいけないんだから。

サチさんは、すでに屋上に戻ってきていた。

榎木サチ

お帰りなさい、結奈さん。

階段をここまで上がってくるのって、まぁそれなりに疲れるんだけど。サチさんは平気な顔をしている。幽霊ってちょっとずるいなぁ。

榎木サチ

あの後、ちょっとだけ、あの教室をのぞいてきたの。あの子、ちゃんとカバンに手紙を入れることに成功したわよ。

永谷恵

やったね、サチさん! すごい!

榎木サチ

ええ、よかったわね。それにしても……。

榎木サチ

素晴らしい機転だったわ、結奈さん。

遠見結奈

はぁ……、どうも……。

ほめられても少しもうれしい気分になれない。

榎木サチ

やっぱり、私の目に狂いはなかったわ。結奈さん、あなた、とてもすごい人なのね。

遠見結奈

え、ええ……?

榎木サチ

これからもずっと、お手伝いをお願いできるかしら。

遠見結奈

ええ!? きょ、今日だけって話だったじゃない!

なに言い出すの、この人。目に狂いはなかったってそんな、自分たちが見えるなら誰でもよかったくせに!

榎木サチ

今日だけなんてもったいないわ。ぜひ、明日からもお願いしたいの。

遠見結奈

ちょ、ちょっとそんなの……。

永谷恵

断る気……?

遠見結奈

お、脅さないでよ! わ、私、本当にあんな手伝いなんてするつもりなくって……!

榎木サチ

でも、手伝ってくれたでしょう?

遠見結奈

あ、あれは、仕方なく……。

本当に、仕方なく。いや、なんであんなことしちゃったんだか、自分でもわからないくらいなのに。あんなお節介みたいなこと、なんて……。

榎木サチ

お願い、結奈さん。

永谷恵

ね、こんなに頼んでるんだよ?

遠見結奈

わ、私にも都合ってものが……。その……。

榎木サチ

そう、仕方ないわね……。

あ、あきらめてくれるのかな……?

榎木サチ

それじゃ、一晩だけ、よく考えてくれないかしら。そして明日、答えを聞かせてくれない?

あきらめてないなぁ、これ……。でも、考えるだけならいいか……。

遠見結奈

わかったわ……。一晩だけ、考えさせて。

永谷恵

ほんと!? 心変わりしない!?

遠見結奈

考えさせてって言ってるの! それでダメだったらあきらめてよ、ほんとに!

榎木サチ

ええ、それでいいわ。ゆっくり考えてね。

永谷恵

明日、いい返事してね。でないと……。

呪ってきそうだなぁ、この子……。でも、考えさせて、本当に。

狛野比奈

結奈ねぇ、おかわり。

遠見結奈

はいはい。

なんかもう、いろんなことがいっぱいありすぎてわけわかんないくらいになっても、なんとか日常生活は送れるんだなぁ……。

比奈からお茶碗を受け取っておかわりをよそいながら、私はそんなことを考えていた。

生まれて初めて幽霊を見て、その人たちと話をして……。おまけに、妙な頼み事までされて。

なんとかそれを保留して学校から帰る間も、頭の中はぐちゃぐちゃ。整理して考えるのも面倒なくらい散らかっていたから、それがかえってよかったのかな。

結局、いつも通りに帰り道に買い物をすませ、こうして夕飯を作って、今、比奈と一緒に食べていられる。

私からおかわりをよそった茶碗を受け取った比奈は、また、元気よくそれを口の中にかきこんでいく。

比奈、幼なじみの狛野比奈(こまの・ひな)。家は隣同士で、生まれた時からの付き合い。

私のお母さんも比奈のお母さんも二人とも、看護師で同じ病院で働いているから、夜勤が重なった時はこうして、比奈は私の家でご飯を食べていく。

私の一つ年下で、比奈もこの春から、私と同じ、商科九ツ星女子学園に入学した。早速陸上部に入って、今日も元気にお腹を空かせて帰ってきた。

狛野比奈

どうしたの、結奈ねぇ。

遠見結奈

え? なぁに?

狛野比奈

なんか今日、黙ってばっか。

遠見結奈

そ、そうかな?

確かにそうかも。考え込んでるわけじゃないけど、頭の中がちらかったまま。比奈に向かってなにか声をかけた記憶もあまりない。

遠見結奈

え、えと、今日は部活、どうだった?

狛野比奈

ん、いっぱい走った。

遠見結奈

そ、そう。ええと、味付けどう? 失敗してない?

狛野比奈

ううん、おいしい。

遠見結奈

そ、そう。

だめだ、なんか会話が続けられない……。

遠見結奈

ごめん、ちょっと今、考え事をしていて……。

狛野比奈

ううん、平気。気になっただけだから。考え事してるなら、あたしのこと、気にしなくていいよ。

遠見結奈

うん、ごめん。食べ終わったら言ってね。デザート出してあげるから。

狛野比奈

うん。

根掘り葉掘りと聞いてこない、比奈のこういうところは助かるなぁ。

比奈に感謝して、私は改めて、今日のことを思い出した。幽霊さんたちのこと、頼まれたこと、そして……。

あの一年生の子のために、したこと。

なんであんなことをしてしまったんだろう。あんな……、余計なことを……。

あんな、ただのお節介みたいな、こと。

でも。

それでも、あの廊下ですれ違ったあの子の顔……。

泣きそうで、うれしそうで。二週間、ずっとチャンスをうかがってきたことが、やっとできたのよね、あの子……。

一年生……、比奈と一緒か。もしかしたら、知り合いなのかな?

あの幽霊さんたちの手伝いをするってことは、今日みたいなことをいろいろやらされるのかな。

女の子同士の恋愛を取り持つために。

本人たちに、頼まれても、いないのに。

でも……。

狛野比奈

結奈ねぇ、ごちそうさま。

遠見結奈

あ、ああ、もういいの?

狛野比奈

うん、お腹いっぱい。

テーブルの上を見れば、きれいにたいらげてくれた。量もちょうどよかったみたい。

遠見結奈

じゃ、デザートだしてあげるわね。イチゴ、安かったの。どうやって食べたい?

狛野比奈

そのままでいい。

遠見結奈

はいはい。

冷蔵庫から、洗って冷やしておいたイチゴを取り出す。私もそのままでいいや。

狛野比奈

結奈ねぇ、考え事してるの?

遠見結奈

え、うん、ちょっとね。たいしたことじゃないんだけど。

遠見結奈

ちょっと面倒なお願いされてね……。手伝おうかどうしようかって。

狛野比奈

そうなんだ。……やっちゃえば? 考えるよりまずやっちゃえば、いい。

遠見結奈

ふふ、比奈らしいわね。

狛野比奈

ううん、結奈ねぇらしくだよ。

遠見結奈

え?

狛野比奈

結奈ねぇ、いつもそうしてたもの。中学の時とかは。

遠見結奈

………………。そうだったかな。

狛野比奈

うん。

そうだったかな、前までは。悩む前にやってしまえ、で、やってきたかな。

狛野比奈

結奈ねぇが思った通りにやればいいんだよ。

遠見結奈

そう、かな……。

思った通りに、か……。

どうしたいんだろう、私は。

あの人たちのお願い、あの一年生の子の顔、大声を出した瞬間に感じたこと……。

頭の中は、いつまでもぐるぐると回ったままだった。

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okujou_no_yurirei-san/1001.txt · Last modified: 2018/05/22 17:15 (external edit)